第6話「二人の過去」
数十年前、ルナが働いていたクイーンズレストランに葛城夫妻が訪れていた。
「ルナ!ルナは、いるか!」
料理長が厨房で、ルナを呼んでいる。
「はい、なんでしょう」
「タイヨウ・カツラギ様が、お前の料理を気に入ったらしくてな、ルナと直接話したいそうだ」
ルナは、料理の腕には自信があったが、初めて直接話しがしたいと言われたので驚いた。
「わかりました」
ルナは、厨房を出て葛城夫妻の座っている席へ向かった。
「お待たせいたしました、私、ルナ・トニトルスと申します」
「おお、このローストルを作ったのは君か、肉の焼き加減が絶妙で、口の中で肉汁が広がり、とても美味しかった、素晴らしい料理だ」
「カツラギ社長のお口に召したようで、とてもうれしい限りです」
ルナは、タイヨウに褒められ顔を赤らめながらお礼を言う。
「ええ、とても美味しい料理でした、また食べてみたいです」
タイヨウの隣に座っていたアヤカも、ルナの料理を気に入ったようだった。
「それで、よければなんだが、君の料理の腕を買いたい、私の所で働いてほしい」
タイヨウは、ルナの目を見て真剣な眼差しでスカウトの話を持ちかけた。
「社長の元で働けるのは、すごく光栄なことだと思います。ですが、私にはこのレストランでの仕事がありますし…」
ルナが、返答に困っていると厨房から料理長がやってきた。
「いいじゃないか、経済の英雄と呼ばれたタイヨウ社長の元で働けるんだ、いい経験になると思うぞ、店のことは心配するな、お前の教え子も活躍しているんだ。安心して行ってこい」
料理長がルナの背中を押してくれた。
「そうですね、ぜひ、社長の元で働かせてください」
ルナは、新たな環境で自分の腕を磨くためタイヨウのスカウトを受けた。
その後、ルナは太陽と共に和国へ向かい、葛城家のメイドとして働くことになった。メイド長からメイドの仕事を学びつつ、料理担当として他のメイドにも料理の指導をしながら働き始めた。
葛城家のメイドの業務は、普段仕事で忙しい太陽や彩翔のサポート、館全体の掃除、洗濯、食事の準備、そして館に不審者が侵入して来た時のための戦闘訓練などがあり、メイド達で役割分担をしていた。また、情報漏洩を避けるため、太陽の自室や工房、書斎への進入禁止と館に在中することが決められていた。
そして、ルナが働き始めてから3年後、葛城家に翔太が生まれる。彩翔のサポートをする形でメイド達も育児に参加し、日々の激務の中、翔太の笑顔が癒やしとなっていた。
料理をメインに行っていたルナが仕事の合間に、積極的に翔太の面倒を見ていたため、翔太はルナのことを気に入り、よくルナの後ろをついてまわっていた。
「ねぇ、ルナ、おにごっこ!おにごっこしよ!」
「すみません、ぼっちゃま、私はこれから夕食の準備をしなくてはいけないので」
「えぇー」
翔太が少しがっかりしていると、翔太の後ろから彩翔がやってきた。
「だめだよ、翔太、ルナはこれからお仕事なんだから、また明日、遊んでもらいましょ」
「はーい...」
翔太は、不服そうな顔をしていたが、そのまま彩翔に抱きかかえられて彩翔の部屋の方へと戻っていった。
それから、翔太が3歳になった頃、太陽の仕事や彩翔の過去に興味を持ち始め、廊下の掃除をしている時、よく話しているのを聞くことが増えた。
「おとうさん、これは?」
「この石か?こいつは、浄化石って言ってな...」
工房からは、翔太と太陽の会話。
「ねぇ、おかあさん、おかあさんってぼうけんしゃだったんだよね?」
「うん、そうだよ、すっごく強かったんだから!」
「ききたい!おかあさんのはなし!」
「ふふっ、そうね、それじゃ始めてクエストを受けたときなんだけど…」
彩翔の寝室からは、翔太と彩翔の会話が聞こえてきて、家族仲の良さにルナたちは、幸せを感じていた。
しかし、翔太が魔導具を完成させた日から、葛城家は、壊れ始めた。
「ねぇみて!おとうさん!これ!おれがつくったんだよ!」
翔太は、太陽の仕事を側で観察し、見様見真似で魔炎灯を完成させ、太陽に見せた。
「お!見せてみろ、どれどれ」
太陽は、例え出来が悪くても自分から興味を持ち作った物を褒めようと思い魔炎灯を受け取った。
「!?これは!」
しかし、翔太が作った魔炎灯は太陽の予想を遥かに上回る完成度だった。
「へへ!すごいでしょ!」
「ああ、すごい、とても素晴らしい出来だ」
「やった!おかあさんたちにもみせてくるー」
翔太は、太陽から魔炎灯を受け取り、彩翔やメイド達に自慢しに行った。
「翔太の年であの完成度、もしかしたら俺が出来なかったアレが翔太には作れるかもしれない」
太陽は、不敵な笑みを浮かべていた。
それから数日後、太陽が翔太を工房の前に呼び出した。
「翔太、少しお願いがあるんだ」
「なに?」
「今日から、この工房でたくさん魔導具を作って欲しい、そして、翔太が思う、人の役に立つ、新しい魔導具を作って欲しいんだ」
翔太は、太陽からの提案をお父さんの力になれるんだと思い快く受けた。
「わかった、おれがんばるよ!でも、ひとのやくにたつものって、どういうのがいいんだろう」
「そうだな、まずは身近な人のことを考えるといいかもしれないな」
「みぢかなひとのやくにたつもの…」
その日から翔太は、工房に籠ってひたすら魔導具を作り、完成した物を太陽に見せてを繰り返していた。だが、太陽が納得いく物を作れず、だんだんと翔太に対して強い言葉で返すようになっていった。
「駄目だ!こんなんじゃ駄目だ!もう一回だ!全く新しいものが出来るまで、工房から出るな!」
翔太は、太陽の言葉を聞き号泣する。その様子を見ていた彩翔がまた、太陽のもとに向かっていく。
「あなた!いったい何がしたいの!この子の気持ちを踏みにじってどういうつもりなの!」
「これも、翔太のためなのだ」
「違うわ!あなたはこの子のことを何も考えていない!道具としてしか見てないのよ!翔太は道具なんかじゃない!」
「うるさい!だまれ!」
太陽が彩翔の頬を殴る。太陽と彩翔の怒号を聞きつけたルナがさすがにやり過ぎだと駆け寄る。
「落ち着いてくださいお二人とも!ぼっちゃまの前です!せめて、ぼっちゃまの前では仲良く─」
「ルナか、そういえばお前、俺に黙って翔太に料理を持っていってるようだな」
「それの何がいけないのですか!ぼっちゃまはまだ子供です!このままにしておけば本当に死んでしまいます!」
その様子を見ていた翔太が大声を上げた。
「いやだよ、もういやだ!こんなのおれのだいすきなおとうさんじゃない!」
翔太は、館の外へと走り出した。
「まって!翔太!」
「ぼっちゃま!」
彩翔とルナが翔太を静止しようと追いかけたが、無我夢中で走る翔太には届かなかった。
翔太は無我夢中で走り続け、気が付けば森の中に入っていた。
「ここどこだろう、うぅ…お母さぁん…ルナぁ…」
翔太は涙をぽつり、ぽつりと流しながら森の中を彷徨い、森の奥深くへと進んで行った。
数時間、森の中を彷徨っているとあたりはすっかり暗くなり、不気味な雰囲気に包まれていた。
「うぅ…こわいよぉ…だれかぁ…」
翔太の小さな声に反応したのか、ガサガサと草木が揺れ、暗がりからゴブリン達がぞろぞろと姿を現した。
「ひっ!モンスター!」
翔太は、振り返りその場から逃げようとしたが後ろにもゴブリンが行く手を阻んでいた。
「うっ…うわぁぁあぁあ!」
ゴブリン達は一斉に翔太に襲いかかる。長い爪で翔太の体を引っかき、体中から出血する。
「ぐっ!痛い!誰かぁ!助けてぇ!」
翔太が大声を上げるとザシュッと剣で切りつけた音が聞こえて、数体のゴブリンが倒れた。
「おい!大丈夫か!しっかりしろ!」
翔太の目の前に、白く輝く剣を構えた銀髪の青年が立っていた。その青年は、次々とゴブリンの群れを撃破していく。
「武器スキル!横一閃!」
青年は、ゴブリンの群れを撃退して翔太の元に駆け寄る。
「おい!大丈夫か!ひどい傷だ…」
青年は、懐から傷薬を取り出し翔太に飲ませる。
「これで、なんとか治ればいいが、すまねぇあまり良い傷薬を持ってなくてな」
翔太は、ありがとうと口を動かしたが、声がでなかった。
「無理するな、大丈夫だから、近くに俺の仲間が来てるからそいつに回復してもらうといい」
翔太は、こくりと頷いた。
「ぼっちゃまー!どこですかー!ぼっちゃまー!」
翔太が来た方向からルナの呼ぶ声がする。
「はっ!ぼっちゃま!」
ルナが、傷だらけの翔太の姿を見つけて駆け寄る。
「そんな、私がもっと速く動けていれば」
「この子の知り合いか?さっき、ゴブリンの群れに襲われてたんだ、申し訳ない、俺がもう少し速く気付いていれば…」
「あなたが、ぼっちゃまを助けてくださったのですね、ありがとうございます」
ルナは、お礼を言った後、翔太の傷口に手を当てる。
「魔法スキル、回復」
ルナの手の平から流れ出た緑色の魔力が翔太の傷口を癒やしていく。
「回復スキル持ちか、良かった」
「いえ、これは私のスキルではないのです。この腕輪は、回数制限はありますが誰でも回復魔法を使えるようになる魔導具なのです。ぼっちゃまの身に何かあった時の為に常に身につけております」
青年は、なるほどと軽く頷くと立ち上がる。
「あなたが来てくれて良かった、俺は仲間のもとに戻るから、その子と一緒にここから離れて、周りのモンスターは俺が引き付けるからその内に」
「ありがとうございます!」
青年は、ルナと翔太に手を軽く振った後、剣で木を叩いて大きな音を出しながら森の中へと消えていった。
「大丈夫ですよぼっちゃま、すぐに治療致しますから」
ルナは、翔太を抱えて、治療をしながら来た道を戻っていく。
「翔太ぁー!どこにいるのー!」
「あ…おかあさんのこえだ…」
翔太を探しに森に来た彩翔とも合流した。彩翔の周りには、彩翔が撃破したであろうモンスター達が倒れていた。
「!?翔太!」
彩翔は装備していた剣を腰の鞘にしまい、傷だらけの翔太を抱えたルナに駆け寄る。
「翔太!大丈夫?」
「うん、おかあさん…ルナになおしてもらったから…」
「はぁ、良かったぁ、ありがとうルナ」
「いえ、それより奥様、速く館に」
「そうね、あの人に見つからないように、私しか知らない裏口から地下に向かいましょう、そこで身支度を整えて館を出ましょ、もうあの人と一緒にはやっていけない」
彩翔達は、太陽に見つからないよう移動した。しかし、裏口の前に太陽が立っていた。
「翔太を連れ戻したようだな」
「なんで、あなたがここに」
太陽は、彩翔の靴を指差した。そこには小型の魔導具がくっついていた。
「それは、まだ開発段階のものだが、付けた物の追跡ができる魔導具だ」
「くっ!あなたって人はどこまでも!」
「さぁ、家に帰るぞ、翔太を休ませておけ」
そう言うと太陽は館に入っていった。彩翔は悔しさのあまり下唇を噛みしめた。




