わたしは間違っていません
※導入のみ存在する未完作品です
「そんな……こんなことは、おかしいわ!」
言い放たれた言葉に、きょとん、と首を傾げる。
「そうですか?」
おかしい。まあ、そうかもしれない。わたしたちの行いが完全に正しいなんて、そんなことは決して思っていないのだから。
でも。
「あなたから、あるいは、一般的な常識から見て、わたしたちの行いがおかしかったとして」
目を細めて、微笑む。
「それに、なんの問題がありまして?」
周りの意見など、わたしは求めていない。
「問題って、そんな、だって」
大きな瞳。白い肌。苦労なんて知らなそうな、柔らかな指先。きっと身体中調べても、傷などひとつもないのだろう。
守られるべき、可愛らしい、お姫さま。誰からも愛される、心優しき乙女。
「愛するひとが誤っているならば、正してあげるのが当然でしょう!?」
愛されることしか知らないからこそ、彼女の言葉には根拠が存在しない。恵まれた彼女にはわからないのだろう。きっと。感情論では動かないもののことなど。
「愛するひととは?」
「あなたは、摂政さまの、婚約者でしょう」
「えぇ……?」
どこをどう見たら、そんなおめでたい勘違いが生まれるのだろうか。
「わたしは閣下の手駒ですよ?婚約者などと、畏れ多い」
「手駒なんて、ひどい」
ひどい?なにが?
ずかずかとひとの領域に踏み込んで来る目の前の女にさすがに不快感を覚えて、きゅっと眉を寄せる。
「なんにせよ、あなたにとやかく言われる筋合いはありません。わたしと閣下の問題です」
「あなたはそうやって、ひとを拒絶するんですね。そうして、摂政さまを孤立させて、ひとから逸脱させて」
「なんのお話ですか?」
世間知らずの子供にしても、看過しかねる傍若さだ。
なにも知らないくせに、なにをほざいているのだろうか。
「とぼけても無駄です!そう言うあなたの態度が、摂政さまを!」
「っ」
「なにを騒いでいるのです」
「摂政さま!」
反射的にひざまずいたわたしの視界に、よく磨かれた革靴が入り込んだ。
「お騒がせしてごめんなさい。少しお話ししていただけなんです」
「そうですか」
頭の上から降る声に、耳を澄ませる。
「鏡歌」
「はい」
「行きますよ」
「かしこまりました」
顔は上げないまま立ち上がる。
「摂政さま?」
「失礼。彼女に用がありましてね。少し話していただけと言うことであれば、問題ないでしょう?連れて行きます」
「えっ、あ、」
歩き出す革靴を黙って追う。言葉は必要ない。駒にそんなもの、求められていないからだ。
「待って」
呼び止める声に、前を行く革靴は止まらない。振り返りもしない。そんな義理は、ないからだ。
そのまま無言で歩き続け、着いたのは摂政閣下の執務室だ。
人間嫌いの摂政閣下の執務室に、人影はない。振り向いた革靴。頭の上から、声が降る。
「顔を上げて、そこに座りなさい」
「はい」
示された椅子に腰掛け、顔を上げる。
亜麻色の髪、花色の瞳。天女のような瓜実顔は、相も変わらず美しい。
わたしの前の椅子に腰掛け、摂政閣下は長い脚を組む。この国の政の、実質頂点に立つにしては、あまりに若い青年。天才と言う言葉は、彼のために存在するのだろう。
「それで?」
組んだ脚を肘置き代わりに、頬杖を突いた閣下がわたしを睥睨する。
「あの小娘になにを?」
「……いまひとつ、要領は掴めなかったのですが」
椅子を勧めるのは、駒ではなくひととして扱う合図。綺麗な顔を見ながら話す間は、主人と猟犬ではなく単なる少し年の離れた幼馴染同士になる。
「わたしと閣下の関係性がおかしいと」
「下らないな」
閣下が、はん、と鼻で嗤う。
「そもそもあの女にそんなことを言われる筋合いがない」
「そうですね」
天皇ですら彼の言葉には逆らわない。いや、逆らえない。そんな彼に返答返しなど、愚かでしかないのだ。
ましてや、彼の隣に立とうとするなど。
「嗤っているね。なにか愉快なことでも?」
「いえ」
「言いなさい」
「……彼女が、わたしのことを、閣下の婚約者だと」
「あなたが?わたしの?」
目を見開いたあとで、閣下は盛大に噴き出した。
「どこをどう見たらそう思えるのですか。そんな邪推、宮廷の誰ひとりとしてしていないと言うのに」
「さあ。わたしは閣下の手駒だと言ったらひどいと激昂されて」
「手駒がひどい、ですか」
「ええ。わたしがひとを拒絶し、閣下を逸脱させているのだと」
閣下はそれはそれは、愉快そうに笑った。
「本当にそうなら、お前はずいぶんと能のある人間と言うことになりますね。この私を、手の上で転がしていると」
くすくすと笑いながら、閣下がからかうような目をこちらへ向ける。
「本当になってみますか?私の、婚約者」
「まさか」
肩をすくめ、首を振った。
「わたしはあなたの手駒です。ほかのなにものでもなければ、なるつもりもない」
「つまり、手駒として必要であれば、この化け物の婚約者にもなると」
「化け物はわたしでしょう、あるじさま」
閣下が笑う。楽しげに。
「そうですね。あなたは化け物です。私以外には御せない」
「ええ。あなたの手駒の化け物です。あなたと言うひとに操られているから、存在が許されているだけの」
「私に感謝していますか?」
「ええ。あるじさま。わたしの一生は全て、あなたのために」
答えれば、閣下は綺麗な手を伸ばし、犬でも褒めるようにくしゃくしゃとわたしの頭を掻き混ぜた。
「その通り。では、私の忠犬。命令は聞けますね。狐が入り込んでいるようです。始末して来なさい」
「かしこまりました」
撫でる手に下げさせられた頭の上から降って来る声に、わたしはすかさず了承を伝えた。
月弓鏡歌は化け物であり、摂政閣下である伏水理の狗である。そのことは周知の事実で、だからこそ鏡歌が未婚の娘でありながら宰相閣下の傍らに常に付き従っていても、気にする者はほとんどいない。
未完のお話をお読み頂きありがとうございます
独自の規則に忠実な狂人は好きです(※二次元と舞台上に限る)