表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

終わらない卒業式

作者: ウォーカー

 郊外の学校が点在する地域。

そこにある学校には、ある怪談が言い伝えられている。


終わらない卒業式の怪談。

卒業式と言えば、卒業生に卒業証書を授与する式典だが、

それがいつまで経っても終わらないことがあるという。

もしも、終わらない卒業式に出くわしてしまったら、決して慌ててはならない。

途中退出などはもってのほか。

もしも、卒業式を乱すようなことをすれば、祟りがあるという。


その地域にある学校の一つ、華咲学園。

華咲学園で、今年も卒業式が行われようとしていた。



 三月。春の匂いを感じる季節。

華咲学園に、全校生徒と先生たちが集まっていた。

今日は卒業式の日。

卒業生たちは、学校最後の日に、やや緊張の面持ち、

在校生たちは、非日常にワイワイと騒ぎ合い、

先生たちは揃って真剣な顔をしていた。

「よし、じゃあみんな、体育館に移動するぞ。」

先生の指示の下、生徒たちは卒業式の会場である体育館に移動した。


 体育館には、ズラッとパイプ椅子が並べられ、

卒業生の保護者や来賓たちが既に着席していた。そこに在校生も加わる。

そして、演奏を背景に、卒業生たちが入場してきた。

卒業生たちは制服の胸に慣れない装飾を施され、列を成して入場する。

卒業生たちの入場が終わると、卒業式が開式された。


 卒業式が開式された後、校歌斉唱、そして卒業証書授与が行われる。

壇上の校長先生が卒業生一人一人を呼び出し、卒業証書を手渡していく。

「卒業生。三年A組、安達貴利。」

「はい!」

名前を呼ばれた生徒たちは、緊張を最高潮にして壇上へと上がっていく。

校長先生が卒業証書を読み上げていく。

とは言っても、実際に全文を読み上げるのは、クラスの最初の一人だけ。

後は名前だけ呼ばれて、以下同文。

卒業式はつつがなく進行していった。


 異変は、卒業証書授与の終わりに現れた。

最後の卒業生に卒業証書が授与され、皆がホッとしたのもつかの間。

先生がマイクに向かって言った。

「卒業生への卒業証書授与は終了しました。

 では次に、在校生へ修了証書授与を行います。」

聞き慣れない手順に、保護者や生徒たちがざわめき始める。

そんなことはお構いなしに、卒業式は執り行われていく。

「在校生。二年A組、秋田正雄。」

「は、はい?」

呼ばれた本人は、どうしたら良いのかわからない。

威圧するような促すような先生たちの視線に押されて、壇上へ向かう。

校長先生は何事もなかったかのように、修了証書を読み上げていく。

それは卒業証書とは違い、二年生までの修了を証明するものだった。

それが一体何を意味するのか、何のためのものなのか。

生徒たちも保護者たちすらもわからず、卒業式は続けられた。

卒業証書授与式ならぬ、修了証書授与式。

それは二年生が終わると次は一年生へと続けられていった。

その頃になって、生徒たちはガヤガヤと騒ぎ始めていた。

この異常事態が、怪奇現象ではないかと気が付いたから。

華咲学園がある地域の学校に伝わる怪談、終わらない卒業式。

今、ここで行われているのは、

まさにその終わらない卒業式なのではないかと、

生徒たちは気が付いたのだった。

「おい、これおかしいよな?」

「これってあれじゃない?怪談の、終わらない卒業式。」

「そうだよ!早く逃げよう!」

「だめだよ。終わらない卒業式は、途中退席したら駄目って言われてる。」

「こういう時、どうしたらいいんだっけ?」

「確か、邪魔しちゃいけないとかだったような・・・」

終わらない卒業式に出くわした時、どうすればいいのか。

噂を伝える生徒たちもうろ覚えで、はっきりとはわからない。

ただ、途中退席など邪魔をする行為は御法度のはず。

では、終わらない卒業式を邪魔しなければどうなるのか?

それは誰にもわからなかった。


 終わらない卒業式は、まだまだ続いている。

二年生、一年生の在校生への修了証書授与が終わると、

「続いて、保護証書授与を行います。」

今度は保護者が一人一人呼び出された。

保護証書などという聞き慣れない証書が保護者に手渡されていく。

保護者は卒業生一人につき一人だけとは限らないので、中々終わらない。

やはりこれは怪談の、終わらない卒業式なのだと、生徒たちは騒いでいる。

しかし、決して式を妨害するほどには騒げない。

そんなことをしてしまえば、どんな祟りに遭うかわからないから。

生徒たちはコソコソと大騒ぎをしていた。

終わらない卒業式はどうすれば終わるのか。

終わらない卒業式の先には何があるのか。

誰にもわからない。

その間に保護者への保護証書授与は終わり、

今度は先生たちへの教育証書授与式が始まっていた。


 終わらない卒業式では今、先生たちが呼び出されている。

先生たちの人数はそれほど多くはない。

次はどうなるのか。誰もが固唾を飲んで見守っている。

すると次は、学校の先生以外の職員たちが呼ばれ始めた。

学校には用務員など、先生以外の職員も多く、

それらの人々に、職務証書授与式という、

これまた聞き慣れない式典が執り行われていた。

もしや、終わらない卒業式は本当に終わらないのではないか。

みんなが飢えて死ぬまで続くのではないか。

一部の怖がりな生徒や保護者たちは恐れおののき、

泣き出し逃げ出そうとするのを、他が懸命に押し留めていた。

終わらない卒業式も恐ろしいが、その祟りはもっと恐ろしい。

とにかく事態の推移を見守ろうというのが、大方の見方だった。


 変化が訪れたのは、職務証書授与式が終わった後のこと。

壇上の校長先生が、自分自身に証書を授与した時だった。

校長先生が高らかに宣言した。

「以上、卒業証書及び各証書授与式を終了する。」

続いて来賓の紹介や祝辞などが行われた。

来賓たちは特に慌てることもなく、淡々と祝辞を述べていた。

そして祝電、記念品の贈呈などが行われ、

ともかくも卒業式は進行していった。

やはり終わらない卒業式はただの怪談なのでは。

いや、しかし卒業証書授与以外の手続きの意味は?

生徒たちはヒソヒソと話し合うばかりだった。


 「続いて、閉会の辞!」

先生の言葉に、卒業式に出席していた人たちの多くが安堵した。

長かった卒業式にもついに終わりがやってきた。

やはり、終わらない卒業式など、ただの怪談だったのだ。

そう思ったのだが。続く言葉が混乱に拍車をかけた。

壇上の校長先生が言う。

「通常ならば、ここで閉会の辞ですが、この卒業式では行いません。

 理由はこれから述べます。」

咳払いを一つ挟んで、校長先生は語り始めた。

「かつて、この華咲学園がある地域には、子供たちがたくさんいました。

 たくさんの子供たちを受け入れるため、たくさんの学校がありました。

 それが、住む人が減り、子供の数が減り、学校の数も減っていきました。

 今度は、この華咲学園の番です。

 華咲学園は、今年度をもって廃校することになりました。」

ザワッと会場内に騒ぎの波が走った。

「みなさんにそれを伝えるのが卒業式当日になってしまい、申し訳ない。

 華咲学園から卒業生を送り出せるのは今回が最後です。

 だから、それを記念して、在校生にも、保護者の方々にも、

 先生や用務員の方々にも、この学校でしたことの証書を授与しました。

 みなさんはこれから卒業し、あるいは近隣の他の学校に移ることになります。

 でも、この華咲学園で体験したことはなくなりません。

 学校はなくなっても、学校で過ごした記憶は消えません。

 それらはみなさんの中にあって、引き継がれていきます。

 どうかそれを覚えていてください。」

この華咲学園はなくなってしまう。

そう伝えられて、生徒たちは気が付いた。

終わらない卒業式、それは怪談の形でこの地域に伝えられる警告だったのだ。

この地域では子供が減っていき、学校も減っていく。

やがて、自分がいる学校もそうなるかもしれない。

終わらない卒業式が行われたら、それは学校がなくなるということ。

そういう意味だったのだろう。

生徒たちが誰からともなく言う。

「この華咲学園は廃校になって、その後はどうなってしまうの?」

その質問への答えを校長先生は既に持っていた。

「華咲学園はなくなりますが、人は消えません。移動するだけです。

 でも、このままでは、華咲学園はただ消えてなくなってしまう。

 だから、華咲学園も、卒業させてあげましょう。

 学校自身への卒業証書も用意してあります。」

そうして、華咲学園卒業式の閉会の辞に代わる式が行われた。

「卒業証書!

 華咲学園、貴君は多数の生徒たちを育て、

 先生や用務員たちを育てたことを証明する!」

校長先生は華咲学園への卒業証書を、校旗に並べて掲示した。

続いて、卒業生退場、在校生や保護者、先生たちが退席し、

華咲学園の終わらない卒業式は終わった。

いや、しかしこれは本当の終わりではない。

なぜなら、卒業生の一人、華咲学園は退席していないのだから。

こうして終わらない卒業式は執り行われた。

決して終わることはなく。



 子供たちの人数が次々に減っていくこの地域では、

終わらない卒業式という怪談が伝わっている。

もしかしたら今年もどこかの学校で、

終わらない卒業式が行われているかもしれない。


そして、かつて、その怪談の舞台の一つとされた華咲学園。

今はもうその校舎は解体され、跡地は公園として整備されていた。

そこには華咲学園の名に相応しい花畑が広がり、

華咲学園のかつての生徒や関係者たちは、度々花畑を訪れ、

学校で過ごした記憶に思いを馳せていた。



終わり。


 三月は卒業式のシーズンということで、卒業式の怪談を考えてみました。


卒業式自体の記憶というと、とにかく早く終わって欲しいという感想なので、

緊張する卒業式がいつまでも続く、終わらない卒業式を作ってみました。


終わらない卒業式がただ無限に続く怪奇現象でもよかったのですが、

現代の事情に合わせて、終わらない卒業式に理由をつけることにしました。


お読み頂きありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ