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からから、からら

春は年々、短く幅狭くなり、立場を失いつつある身の上を、弱々しく嘆く


それは、過剰なまでに領域を延ばす夏の増長に焙られ、火照った心身のもたらした、幻聴か


けれど、テレビの中の学者も辛気臭そうに、春の嘆きと同じ意見を建設的な遠回りでまくし立てる


権威には勝てぬ


気のせいというあやふやな愚かさが、有名税の槍でつつかれ、頭の後ろから追い立てられた




そんな落ち目の春が、はにかみながら顔を見せる


朝の冷えに、奥ゆかしい暖かさがかすかに混じり、不穏な娑婆が僅かにぬるまる


冬の恐ろしさに怯え潜んでいた小虫どもが、ささやかな熱に喜び、まさしく蠢くのだ




外を歩く


目的はない


己の健康に貢献しているフリ、気休め、無病息災への免罪符に過ぎない


それを嘲笑うのは、腹の内に潜み、いまだ姿を見せることなき大病の種か


はたまた、然るべき告げ口をする日を待ち続ける三尸か




神社の前


鳥居を横目で眺め、足が止まる


あれ、この神社の名前は何だったかな、奉られている神は如何なる御柱かなと、悩まずともいい悩みに心中が楽しく澱む


奇妙なことにこの手の無為な記憶は、その場を離れると、脳天の枷が外れ、ふと思い出されるのだ




堤防沿いをさまよう


概ね、この辺りで、引き返すか長丁場にするか、自問という名の気まぐれに委ねる


今回は後者となったらしい


春の出番が反古にされたかのように、風が冷たく吹き付ける


川の上を泳いだ後の風は、刃物めいた鱗を宿し、浴びた者に染み込むような痛みをもたらす




犬と散歩する誰かと、すれ違う


互いに、利害のない会釈と半笑い


中年に差し掛かったゴールデンレトリバーが、口周りを舌で一舐めして、愛嬌とはこういうものだと教授する


素性も気性も知らぬ間柄だが、幾度となく会えば、同好の士と見なし、多少は親し気味にもなるものだ




公園に寄る


この程度で足にくるほど、衰えてもいなければ、体力薄弱でもない


売り切れの多い怠け者に硬貨を飲ませ、引き替えに得た温かい紅茶を、たわいもないベンチに腰掛け、すする


このための寄り道だ




からん


軽い響き。


アスファルトの上で、ゴミ箱の中にひしめく同胞に見捨てられた空き缶。


壁ならぬ道の花と化した空っぽは、哀れんだ風が差し伸べてきた手を取り、共に踊る


からん


観客は自分のみ


からから


軽やかなアルミの体で、小刻みに小躍りする


からん


からから




ふた口ほど残っていた手元の紅茶は、とうに冷たく無言のまま

心なしか、空からこぼれる白いものが、未練がましく舞い戻ってきそうに思える







夏の陽炎はまだ遠い

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