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全闘学園  作者: 在江
第三章 そんな長いことでもないので
9/17

1 台風と体育委員長は同じ季語

 大鳳島(おおとりしま)唯一の火山の名は、そのまま華山(かざん)という。標高2,034メートルである。

 咲寿賀喜左衛門(さすがきざえもん)が買い取る以前に噴火した記録はあるものの、以後現在に至るまで、爆発的な噴火を起こしたことはない。ただ時折、細い煙がたなびくことがあり、継続的に観測されている。


 その華山の中腹で、咲寿賀高校の制服に身を包んだ女生徒が、眼下に広がる高校の敷地を見下ろしていた。派手な髪型を風になびかせ、派手なメイクを(ほどこ)した顔は、自信に満ちている。後ろに男子生徒の一団が控える。なかなかの美少年揃いであった。女生徒も男子生徒たちも、標高1,000メートル近くの登山をする格好ではない。散歩に出たぐらいである。そして、全く疲れた様子も見られなかった。


 「おーほほほほ」


 突如として、彼女は哄笑(こうしょう)した。


 「今年もわたくしの季節がやってきたようね。今秋も新たなメンバーを加えて、理想のコレクションを完成させますわ。待ってらっしゃい。わたくしのかわいい子羊ちゃん。おーほほほほ」


 彼女の笑いが秋の空にこだました。背後に控える生徒たちは、そんな彼女に憧れの視線を送るのであった。



 大鳳島は、年間を通じて温暖な気候であり、冬になっても雪はほとんど降らない。ただ、四季を感じる程度の変化はあり、秋となった現在は、華山の中腹から裾野までが、順番に紅葉していくところだった。


 「そろそろ、学園祭の時期だね」


 紅茶に口をつけた神代琉偉(かみしろりゅうい)が言う。

 ここは風紀委員会室、午後のひとときである。


 委員長の棟方史宣(むなかたしのぶ)が仕事をしているところへ、生徒会長の琉緯とその婚約者である御門深蘭(みかどみら)が差し入れとしてクッキーを持参した。返礼を兼ねて紅茶を淹れたのだ。クッキーも早速並んだ。


 「台風の季節だ」


 深蘭の言葉に、残る2人が顔を見合わせた。秋になると台風が接近したり、時に通過するのは例年のことであるが、彼らは別の何かを想起(そうき)したようだった。

 彼らの記憶につられたように、ドアが乱暴に開かれた。


 「た、大変です。委員長」


 風紀委員が1人、息を切らして飛び込んできた。


 「何事だ」

 「あ、綾小路(あやのこうじ)弥生(やよい)が、始動しました!」

 「体育委員長か」


 史宣は、言葉に詰まった。


 「で、今年の新コレクションは誰かな」


 琉緯が面白そうに尋ねた。その委員は勝手にクッキーをつまみながら答えた。


 「フガッ。え、その、まだ未確定ですが、一年生かと」

 「そうだろうなあ、ははっ」

 「笑っている場合じゃありません、会長。綾小路弥生が動き出したんですよ。君、御苦労さん。パトロールに戻ってよし」

 「はい」


 委員はクッキーをくわえて去っていった。と、入れ替わりに鹿島彰(かしまあきら)が転がり込んできた。制服が砂まみれである。


 「どうしましたか。顔が青いですね」


 穏やかに問う琉偉に、彰は荒い呼吸で応えた。深蘭が新たなカップに紅茶を淹れ、飲ませてやった。(ようや)く落ち着いたところで、口を開いた。


 「男子生徒の群れが、急に僕の後を追ってきて。何だか、やたら綺麗な顔立ちの先輩ばかりだった気が」

 「え、君が」


 思わず史宣が聞き返す。彰の顔立ちは整っている方だが、美少年となるとまた別の基準である。琉緯が笑った。


 「鹿島くんでも知らないことがあるんだね。その美少年達は3-Aの綾小路さんの手先だよ。今年はどうやら君が標的らしいね」

 「綾小路さんは、公家の出身で特A級特待生ですよね。あの、牛乳瓶の底みたいに厚い眼鏡を掛けた、控え目な」

 「彼女は学園祭が近くなると変身する。普段から抑圧したものが爆発するんだね、きっと。毎年この時期に美少年隊を組織して学園祭の準備に当たるんだ。一年生の後期からずっと体育委員長をしているだろう?」


 「じゃ、その標的というのは」

 「その年入学した最高の男子生徒を、体育祭の参謀(さんぼう)として使い倒すのが、彼女の楽しみでね。私も棟方くんも苦労させられたよ。(もっと)も私は捕まらなかったけれど」


 琉緯は史宣を見た。史宣は昨年のことを思い出し顔色が悪くなっていた。何せ、風紀委員長にして裏生徒会の副長であった彼は、ただでさえ多忙の身であったにも関わらず、弥生は一切の妥協をせず、最高の体育祭のために、史宣をこき使ったのだ。生徒会長や裏長の配慮がなかったら、倒れていた。


 彰は考え込む。


 「そういう生徒が特A級特待生でいいものでしょうか」

 「少なくとも生徒達は納得しているよ。委員長としての采配能力は抜群だし。それに彼女は変身期間中のことは覚えていないんだ」

 「なるべくなら外さないで欲しい」

 「御門さんがそうおっしゃるのなら」


 何だ何だ今の会話は? 史宣は思った。まるで彰が生徒会の人事に介入できるかのような発言じゃないか。


 「ちょっと……」


 史宣は開きかけた口を閉じた。三度ドアが乱暴に開けられて、美少年達を従えた派手な女生徒が委員会室に入ってきた。

 彼女は傍で茶を(きっ)する生徒会長とその婚約者には目もくれず、一直線に史宣の元へ向かった。


 「おーほほほほほ。お久しぶりね、風紀委員長。あと一ヶ月で学園祭よ。来週の初めに特別委員会を開くから、それまでに禁止事項と構内及びその周辺部の危険箇所をチェックしておいてちょうだい」


 「あ、はい」


 自分がターゲットから外れたことを確信し、史宣はほっとした。

 弥生はそのまま帰ろうとして、ふと彰と目が合った。彼女の目が光り、彰は後じさりした。


 「おーほほ。鹿島理事長、そんなところにいらしたの。埃まみれになっていないでわたくしの麾下(きか)においでなさい」


 弥生はじっと彰の目を見つめた。すると、彰はふらふらと立ち上がって彼女の方へ歩き出した。

 史宣が彰の腕を掴んで乱暴に揺すったが、彼の目は焦点が合わない。

 琉緯が天叢雲(あまのむらくも)(のつるぎ)を抜いて、彰の目の前でひと振りした。すると彰は、はっと我に返った。


 「ぼ、僕は白飼妃美香(しらかいひみか)親衛隊(しんえいたい)隊長です。申し訳ないんですけど、あなたの若いツバメにはなれません」


 沈黙。


 「おーほほ。可愛いことね」


 弥生が言った。自信が崩れた様子はなかった。


 「それでその白飼妃美香とやらは、このわたくしよりも美しく、有能なのかしら?」


 「そ、それは……」


 彰が返答に詰まった時、史宣が前に出て答えた。


 「いえ、綾小路さん、貴女の方が美しいし、有能です。ところで、ここは風紀委員会室、私の管轄(かんかつ)です。どうか私の顔に免じて、これ以上の詮議(せんぎ)をひとまず止めにしていただけませんか」


 「おーほほ。よろしくてよ棟方委員長。では、今日のところは見逃しておいてあげますわ。今度会ったら、覚悟しておくことね。おーほほほほ」


 弥生と美少年達は去っていった。史宣と彰は気が抜けたように、腰を下ろした。


 「相変わらず、面白い力を持っている」


 初めから終いまで黙って観察していた深蘭が、感想を述べる。彰も頷いた。


 「ああいうのを凶眼(きょうがん)というのでしょうか。じっと見つめられただけで、身体の自由がきかなくなるんです」

 「ちょっとそれよりも訊きたいことが」

 「何でしょう、棟方委員長」

 「さっき、綾小路さんが言っていたんだけど」


 「理事長のことですか? ええ、3年ほど前から職に就いております。鹿島は母方の姓です。普段、生徒の前に立つのは校長で十分ですし。ご存知ないのは当然です」


 「でも」

 「特A級特待生の方たちとは、入学式後、会食するしきたりなのです」


 それで会長達も知っていたのである。

 史宣は新事実に驚いて、他にも引っかかった事柄を忘れてしまった。



 f(x)=x3+ax2+bx、(x=―2、maxf(x)=8)a、bを求めよ。


「白飼さん、どうぞ」

「え、やるんですか」


 終業1分前である。入学して半年、妃美香も大分ずうずうしくなった。先生も負けてはいない。


 「1分もあれば、十分です」


 妃美香はのろのろと前へ出て解きはじめた。背後ではすでにノートを閉じる音がする。


 “f´(x)=3x2+2ax+b


 題意より、


 f(-2)=8+4a―2b=8  ∴b=2a―8…①

 また、

 f´(-2)=12-4a+b=0…②


 ① を②へ代入すると、

 2a=4   ∴a=2

 ① より、b=2a―8=―4


 答 a=2、b=―4”


 キーンコーンカーンコーン

 チャイムが鳴った。生徒達は一斉に帰り仕度を始めた。


 「うん、合っています。じゃ、終わりにしましょう」


 妃美香が後ろを見ると、彰が一人で彼女の解答を写すほか、誰もいなかった。


 「板書(ばんしょ)早いんだね。実質30秒切っていたかな」

 「あ、ありがとう」


 一応褒められていると解釈し、妃美香は礼を言った。


 それから2人は図書館へ向かった。当番日であった。

 図書館までは路面電車が通っているが、2人は徒歩で向かった。


 「鹿島くん、なんだか元気ないんじゃない?」

 「そんなこと、ない……」


 と、笑いかけた彰の表情が、そのまま凍りついた。妃美香は彼の視線を辿(たど)り、植え込みの辺りを見やった。


 「なに、あれは?」


 植え込みを背にして、美少年が5人立っていた。こちらを見つつ、しきりに相談する。途切れがちに会話が聞こえる。


「あれが」

「なるほど……いかにも」

「だが……様にはかなわない」


 美少年達は急に話を止め、こちらへ移動した。反射で逃げようとしたが、彼らが段違いに速かった。(たちま)ち2人は取り囲まれた。1人が口を開いた。


 「白飼妃美香か」


 妃美香は答えなかった。


 「いったい、どうするつもりですか」


 彰が美少年と妃美香の間に割って入った。美少年は仲間に合図した。すると、彼らは妃美香の腕を取った。


 「ちょ、ちょっと、何するのよ!」


 妃美香は逆らったが、美少年達の方が強かった。もがく彼女の姿は、次第に美少年の影に埋もれていく。彰は妃美香へ近付こうとした。


「彼女を放してください」


 先ほどの美少年がうるさそうに彰を見た。


「すぐ放してやるさ。ちょっと弥生様がこの娘を見たいとおっしゃるのでな。鹿島彰、あんたも運がいい」

「どういう意味……」


 彰は最後まで問いを発することができなかった。いきなり胃の辺りを突き上げられ、さらに後頭部に痛みを感じた。目の前の風景がぐらつき、ぼやけた。

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