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全闘学園  作者: 在江
第二章 信頼される図書館へ
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2 本が好きすぎる生態

 咲寿賀高校は、夏休みを迎えた。


 この時期、大鳳島の人口は減少する。高校の3分の2に当たる生徒が帰省するからである。

 残りの生徒はアルバイトをしたり、遊んだり、勉強したりしている。進級、卒業が危うい生徒のために、集中講座が開かれるのもこの時期である。


 これらは公開されており、島民も聴講可能である。妃美香が島に残っているのは、帰る家がないこともあるが、主に委員会のためであった。


 当日の朝、探検隊のような装備をした一隊が、旧学園図書館前に集合した。カメラマンはいない。


 「1、2……8人」。全員揃ったね。じゃあ出発だ」


 吉田図書委員長が宣言した。彼は内心で胸を撫で下ろしていた。

 風紀委員長棟方史宣の姿がなかったからである。先日生徒会長室で会った時の様子では、強引に参加しかねなかった。理解を得られたらしいのは、幸いであった。


 委員長を先頭に、8人は旧館へと足を踏み入れた。妃美香は列の真ん中に配置された。全員、緊張の面持ちである。


 受付に人がいた。


 70歳を過ぎたと思われる老婆が、その人であった。

 彼女と学園の制服は、奇妙な対照をなしていた。普通リボン又はネクタイの色によって学年を区別するのだが、彼女のリボンは色あせてしまい、元の色が判別できなかった。


 「やあ、おいでなすったね。図書委員の方々。今年はあんたが委員長かえ」


 (しわが)れた声が、梅干し口から出てきた。委員長が答える。


 「ええ、おかげさまで。第45回整頓隊隊長の吉田です。隊員全8名、1週間の予定です」

 「はいはい。じゃ、念のために委員バッジを見せてもらおうかね」


 各人が付けるバッジを見せる。老婆は眼鏡を取りだして詳細に観察し、本物であることを確かめた。

 それから彼女は、カウンターの向こうから出てきて先頭に立った。意外にも背筋をピッと伸ばした、若々しい姿だった。背も高い。


 2メートルほど進んだ先に、大きな両開きの扉があった。


 「電灯の用意をしなされ」


 鍵束を取りだしながら、彼女が言った。一行はその言に従った。


 「今年はいよいよ地下へ行きなさるのかね」


 「はい、地上階の探索も充分とは言い難いのですが、御門(みかど)さんのいる内に『本喰婆(ほんくいばば)』を片付けておきたいのです」


 老婆は大袈裟に顔をしかめて見せた。シワに目が埋もれて珍妙な表情になる。誰も笑わなかった。


 「そうじゃ、そうじゃ。あやつのおかげで大事な本がどんどん消えていきよる。委員長、どうか頼みますよ」


 扉が開いた。中は真っ暗だった。光が差し込み、狭い通路の両側にぎっしり本が詰まった棚が並ぶのが、ぼんやり見えた。


 「気を付けて、行って来なされ」


 全員が入ると、後ろで扉が閉められた。真っ暗。


 ぱっと懐中電灯が点いた。委員長の隣にいた2-Dの委員の頭と、後ろから2番目にいる妃美香の頭から光が放たれる。妃美香のヘルメットにつく灯りは、自動で点灯する仕組みだった。


 2-Dは地図を持っている。一行は通路をまっすぐに、2列縦隊で進んだ。行けども行けども本棚が続く。

 前の人に(なら)って右へ折れたり左へ折れたり。妃美香はすぐに、頭の中で地図を作るのを諦めた。絶対に、他の委員とはぐれないようにしなければならない。

 1人では決して戻れない。


 「凄いな。こんな風になっているとは、思わなかったな」


 妃美香の隣で歩く鹿島彰が呟いた。同感である。電気が通じて照明が使えれば、蔵書の量に圧倒されても、ただの大きな図書館である。ただ暗いというだけで、本棚が迷路のように見えてくる。本当に、洞窟探検みたいだった。


 「変な生物がでないだけましね」


 洞窟探検から連想した妃美香が冗談のつもりで口にした言葉に、前後を固める委員たちの呼吸が乱れた気がした。


 「出る」


 斜め後ろから声がした。最後尾につく、深蘭であった。彰が引き取って続けた。


 「聞いていなかったの? 今回の目的の一つは、『本喰婆(ほんくいばば)』を倒すことだって。それに」

 「全員、右一列」


 委員長の声がした。時を移さず、妃美香達は右側へ列を寄せ、一列となって進んだ。すると、前方から数冊の本を抱えた何かが近付いてきて、音もなく一行とすれ違う。妃美香は、ぶわりと鳥肌が立った。声が出ない。


 「戻ってよし」


 再び彰が隣に来た。妃美香は、声を押し出した。


 「な、なに、今の?」


 声が震える。彰は平気なものである。


 「危害は加えてこないよ。彼らは本の位置を常に一定に保つことを生き甲斐としている。『本整人(ほんせいじん)』と呼ばれているんだ」


 「そ、そう」


 (しばら)く進むと、また一列になった。今度は分厚い本を立ち読みする者がいた。一行は彼の邪魔をしないよう、静かに通り過ぎた。


 「あれも『本整人』?」


 大分通り過ぎたところで、妃美香が小声で尋ねた。今度は声もしっかり出た。


 「いや、あれは『本虫家(ほんちゅうか)』。ああやって、一生を読書に(つい)やすんだ」

 「でも、旧図書館は普段閉鎖されていて、自由に出入りできないんでしょう。どうやって生きているのかしら」

 「うーん。それは謎に包まれている。本中家に限らず、旧館自体が、七不思議の一つとして数えられているんだよ」


 話している内に、列が止まった。妃美香が前を見ると、板壁で囲まれた入り口があって、上に『閲覧室』という木札がかかっていた。墨書(すみが)きのそれは、薄れて読み取りにくい。


 扉がないのでそのまま中へ入る。


 仄かに明るかった。委員長の指示で電灯を消し、目が慣れるのを待った。光をたどって見上げると、一方の天井近くに明かり取りの窓があって、そこから弱い光が射し込んできているのであった。

 窓の外はどうやら樹木が茂っているらしい。ガラスに押し付けられた葉の形が、くっきりと見えた。


 委員長の声が部屋に響く。


 「この部屋をベースキャンプとする。トイレと洗面所がそこの隅にある。水道は使用可能だが、安全を期して、飲料には使わないこと。机と椅子がそこの隅に積んである。2-Dと2-Hの指示に従って作業しなさい」


 妃美香たちは2人の委員の指図で、机や椅子を運び出した。寝る場所を男女別に仕切る作業だった。その間に吉田委員長と深蘭は、閲覧室を抜けて地下に至る入り口へ向かった。



 地下へ通じる階段は、直ぐに見つかった。堅牢(けんろう)な石造りの階段である。


 2人は、ゆっくりと階段を下りていった。降りきったところから5、6歩離れた先の壁に、ぽっかりと四角い穴が開いていた。穴の上と、その両側には白い紙札が貼ってあった。穴の奥は更なる闇が溶けている。


 「おや、おかしいな」


 委員長が眉をひそめて呟いた。深蘭が尋ねた。


 「どうした」

 「ここの戸が……。記録によると閉めてあった筈なんです。15年前、本喰婆を地下へ追い込んだ時、岩戸に二重の封印を施したって」

 「逃げ出したのか」

 「いえ、封印が効いていますから、外には出られません」

 「侵入者か。厄介(やっかい)な状況だな。どうする、委員長」


 委員長は黙って目前の闇を見つめていたが、やがて口を開いた。


 「隊を割る方が危険です。仕方ありません。一緒に行動させましょう」


 二人は階段を昇って閲覧室へ戻った。



 お昼ご飯を済ませて一休みする間に、妃美香たちは侵入者の報を聞いた。


 「彼らの人数、目的はわかっていない。こちらに害意を持っている可能性も充分あり得る。皆、単独行動は控えるように」


 委員達の顔が厳しくなった。だが驚きもしないし取り乱しもしなかった。

 妃美香は内心で両方の状態を味わったのだが、周りの雰囲気に呑まれて表に出せなかった。彰は彼女の心境を敏感に見抜き、肩を寄せてきた。


 「大丈夫? 怖いよね」


 妃美香はゆっくり頷いた。気持ちをわかってもらえたことで、少し心が軽くなった。



 寝袋など、当面使わない物は閲覧室に置いて、一行は地下に向かって出発した。二列縦隊である。


 ライトを点けて階段を下りていくと、四角い穴があった。一行は緊張の面持ちで奥へ入った。全員が穴へ入った後、委員長が入り口に何かしていた。妃美香には、扉を閉められたような感じがして、不安が(つの)った。


 地下は一階に比べて天井が低かった。それでも両側の棚に、ぎっしりと本が詰まる点は同じである。

 一行はゆっくりと進んだ。妃美香の斜め前にいる2-Hが地図を描いていた。


 突き当たりに来て、一行の歩みが止まった。通路は左に折れているだけであったが、その先が迷路のように枝分かれしていた。委員長は2-Hに言った。


 「この付近の地図をきちんと記録しておいて」

 「はい」


 彼女は早速、辺りを観察し始めた。続けて委員長が


 「他の者は、ここから入り口までの間にリスト本があるかどうかチェックしてくれ。私と御門さんは反対側を調べる」


 妃美香たちは彼の指示に従って散った。入り口からここまでは直線通路なので、誰がどこにいるのか把握するのはたやすい。今は全員の頭に電灯が点いていた。

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