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全闘学園  作者: 在江
第二章 信頼される図書館へ
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1 整理整頓は探検装備が標準

 史宣は思わず書類整理の手を止めて、妃美香を見た。さすがの光一郎もブリッジを中断して彼女を見た。

 「今、何て言った?」


 妃美香は2人の視線には気付かず、必死にトランプとにらめっこしていた。


 「夏休みに入ったら、旧館の整理に行くって言ったんです。(くじ)で当たったの」


 「つまり、図書委員なんだね」

 「そう、言いませんでした?」


 「よし、勝った。100ポイントだ」

 「ええっ、何故!? 勝てると思ったのに」


 護衛の一件から、しばしば妃美香は、風紀委員会室に遊びに来るようになった。色に動じない光一郎と、妙にウマが合うのである。そうして史宣の思惑をよそに、2人、時には史宣を含め4人でカードに(きょう)じるのだった。


 コンコンコン、ノックの音がした。


 「どうぞ」


 入ってきたのは妃美香と同じクラスの鹿島彰だった。彼は軽く史宣に挨拶(あいさつ)すると、真っ直ぐ妃美香に歩み寄って声をかけた。


 「白飼さん、図書委員会の時間だよ、行こう」

 「あ、鹿島くんか、うん、行く。じゃあ、戸隠さん、委員長さん、失礼します」


 肩を並べて出ていった。見送る2人の男達。


 「大丈夫ですかねえ、委員長」

 「うむ、あの男、白飼さんとやけに距離が近かったな」


 「え、いや。そうじゃなくて、旧図書館の整頓隊(せいとんたい)のことですよ」


 光一郎は笑いを堪えて言った。

 史宣の表情は変わらなかった。ただ口元の引きつりがわずかに内心の動揺を表していた。


 「む。たしかに。昔から図書委員達が(とうと)い犠牲を払いつつ、毎年整頓隊を派遣しているにもかかわらず、一向に進んでいないな」


 「大体歴代生還率が平均5割ですよ。図書館の整理にしては低い。はっきり言って、異常です」


 「だが、旧館には色々と恐ろしい伝説があるからな。異次元空間に続く部屋とか、本喰(ほんくい)い婆あが住んでいるとか」


 「毎年のことながら、委員達、まるでアマゾンの奥地へ行く探検隊のような装備ですよねえ」


 「火が使えない分、色々準備に気を遣うんだ。そういえば、ここ2、3年の生還率は高かった筈だ」


 「ああ、そうでした。じゃ、大丈夫かな」

 「うん」


 そうは言ったものの、史宣の表情はさえなかった。



 図書委員会室の席に着いた妃美香は、どこかで見た顔に出くわした。一人は生徒会長で、委員長と一緒に前に座っている。もう一人は、


 「御門(みかど)さんだ」


 生徒会長の婚約者である。相変わらず、長い髪で目元や顔の輪郭(りんかく)が見えない。


 人間離れした美貌(びぼう)の生徒会長の婚約者が、このようにもっさりとした印象の人物であることに、妃美香は失礼と思いつつ、毎回驚いてしまう。


 (ちまた)では、咲寿賀(さすが)高校の七不思議とも呼ばれているらしい。そして、生徒会長への好感度を高める要因にもなっていた。かえすがえすも失礼な話ではあるが、高校生は正直である。


 「ああ、そうだよ。あの人も図書委員で、3年目。しかも毎年整頓隊に参加しているんだ。よく今まで無事だったよなあ」


 並んで座る彰が感嘆の面持ちで言う。整頓隊という大袈裟な名前も気になっていたところへ、図書の整理にそぐわない感想に、嫌な予感が湧き起こる。


 「それ、どういうこと?」


 妃美香は尋ねたが、折りあしく委員会が始まった。


 今回の委員会は、旧図書館整頓隊の発足が目的だった。委員長が探して欲しい書籍や必要な装備などをこまごま話した後、


 「詳細は、今回の隊員のみなさんにお配りしたプリントにあります。委員会誌にも、体験記を含めて記載してあります。私はこれまで2度の整理に参加し、幸運にも生き延びて参りました。しかし、今回もまた無事で帰る保証はありません。副委員長、もし、私が生還できなかった時には、この委員会をよろしくお願いします」


 悲愴(ひそう)な決意を秘めた顔で、脇の副委員長に頭を下げた。彼女も涙を浮かべて委員長の手を取り頷く。妃美香がドラマみたいに大袈裟だわ、と思ってそっと辺りを見回すと、委員は皆真剣な顔つきで彼らを見つめている。鹿島さえも。


 そのうちに拍手が起こり始める。妃美香も合わせて手を叩く。盛り上がる拍手の中、図書委員長が「ありがとう、ありがとう、これで心おきなく出発できます」などと言っている。その目に涙が光って見えたのは、気のせいではない。


 (ようや)く拍手の嵐が止むと、委員長は職分を思い出した。


 「では、神代琉緯(かみしろりゅうい)生徒会長から、一言ご挨拶(あいさつ)(たまわ)ります」


 会長は例の超絶美形で微笑みながら登壇(とうだん)した。たちまち室内の空気が緩む。


 「みなさん、職務とはいえ、あの旧図書館へ分け入らねばならないお気持ち、お察しします。しかし、旧館には世界でも(まれ)な古書や貴重な文献が数多く埋もれているのも事実です。幸いなことに近年は吉田委員長という優秀な人材を得まして、生還率が格段に向上しました。今回も、前回並の生還を見込めると、私は確信しております。ですが油断なさらないよう、くれぐれも気をつけて行ってらしてください」


 隊員は8名で、1年生2名、2年生4名、3年生2名であった。つまり1年生は彰と妃美香、3年生は委員長と御門深蘭(みら)ということになる。


 吉田委員長は、虎じまの服を着た某有名妖怪漫画の主人公に、そっくりだった。

 片方の眼は髪の毛に隠れて見えなかったが、残りの眼は素晴らしく澄んで宝石のように綺麗だった。委員会が終わってから妃美香がそういうと、彰はおもしろい話を教えてくれた。


 「委員長は吉田神社の跡継ぎでね、卜部神道(うらべしんとう)にとりわけ(ひい)でているんだそうだ。それというのも彼が生まれる前に親御(おやご)さんが『優れた霊力を得る代わりに彼の瞳を貰い受ける』と夢のお告げを受けて、生まれてみたらお告げ通りだったという訳」


 「え、じゃあ委員長って隻眼(せきがん)?」

 「まあ、そういうことになるね」


 風紀委員会室の前を通りかかると、丁度出てきた史宣とばったり会った。


 「あれ、もう図書委員会終わった?」

 「ええ」


 後ろから光一郎が顔を出して、トランプをひらひらさせた。


 「そこのお兄さんも一緒にやっていかない?」

 「いいわね。鹿島くん、どう」


 彼は少し躊躇(ためら)ったが、妃美香の顔を見て腹を決めた。


 「僕、ポーカーしか知らないけど、いいかな」


 3人を後に残し、史宣は図書委員会室へ向かった。入り口が開いていたので案内も()わずにずかずか踏み込む。神代生徒会長と吉田委員長、御門深蘭の3人が一斉に史宣を見た。


 「突然おじゃましてすみません。お願いがあって」


 琉緯が屈託(くったく)のない笑顔を向ける。


 「君が取り乱すのは珍しいね。最近はしばしば見かけるけれど」


 会長は何でもお見通しだった。史宣は(かす)かに頬を赤くした。


 「それでご用とは」


 委員長が穏やかに尋ねた。


 「僕を旧館整頓に加えて欲しいのです」


 沈黙。部屋の中が急に暗くなったように思われた。委員長が口を開いた。


 「それは難しいと思います」


 そして生徒会長の方を見た。会長が引き取った。


 「管轄外だからね。風紀委員が一人いるせいで、図書委員も巻き添えになる可能性は大いにある。(かえ)ってまずい」

 「それに」


 深蘭が言った。


 「図書館における危険は、剣で防ぐものの方が(はる)かに少ない」

 「……」


 「余り心配しないでください」


 慰めるように、委員長が言った。


 「今年は私も委員長として参加できますし、御門さんも協力してくれるそうですから」

 「鹿島も付いているしな」


 深蘭が言い足した。史宣の(まゆ)(くも)った。


 「鹿島くん? 彼も行くんですか」

 「ああ。彼はなかなか筋がいいね。棟方くんの心配するようなことはないよ」


 相変わらず笑顔のままで琉緯が答える。史宣の曇りは晴れない。図書委員長が、心配そうな目を向ける。


 「とにかく妙な真似だけはしないでください。お願いします」


 逆に頼まれてしまった。

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