3 四十七忍者vs.二剣士プラスα(大量)
「ちょっと待った! 外出危険」
「でも」
「わかった、白飼さん。今まで夕食をさんざんご馳走になったから、お返しにお茶をご馳走します」
「本当、委員長?」
史宣は『おまえは、いらん』という顔をしたが、公務を思い出して頷く。
そこで3人揃って外出した。妃美香は元から私服に着替えていたが、職務中の2人は制服のままである。
学校前の大通りを横切り、繁華街の一角に入る。生徒達のため、遅くまで開く健全なお店が立ち並ぶ。何と言っても、人口のほとんどは未成年である。3人はそのうちの一軒に入った。妃美香はミルクティーを、史宣はコーヒーを、光一郎はロシアンティーを注文した。
「ロシアンティーって、お酒が入っているわよね」
「あんなの入っているうちに入らないよ。ああ、一杯飲みたい」
「20歳未満でお酒を飲むと、脳が縮むんですって」
「じゃあ、もう遅いや。中学から飲んでいるし」
「仕事中に飲むなよ」
史宣が釘を刺した。ウェイトレスが注文の品を運んで来た。
「中華料理の後に紅茶って、変な気がするわね」
「関係ないと思う」
「珈琲は合いますよ」
店内は、落ち着いた雰囲気である。妃美香達の他に男女一組がいるだけであった。
「委員長さんは、どんな料理が得意なんですか」
「うーん、和食かなあ。煮物とか」
「凄い! いいお婿さんになれますよ」
「そうだな、ケケケ」
史宣が照れる横で、光一郎がわざと変な笑い方をする。
3人が席を立つと、時計は9時少し前を示していた。
「どうします、委員長」
「うん。今、考えている」
「何が?」
学校前の大通りに出たところであった。
2人が急に立ち止まって思案し始めたので、妃美香が尋ねたのである。だが、史宣も光一郎も答えない。
「部屋に出る可能性もあるが」
「やっぱり本人でしょう」
「じゃあ、広い方がいいな」
「OK」
「すみません」
「え、何、白飼さん?」
「話が飲み込めないんですけど」
史宣と光一郎は顔を見合わせた。史宣が言った。
「歩きながら説明しましょう」
そうして妃美香を挟み、向かう先は高校である。道路沿いには街灯が煌々と点くが、前方にあるのは巨大な闇だ。妃美香は不安になった。
「あの」
「大丈夫、僕らが守ります。部屋で待つ手もありますが、散らかるのも、騒ぎになるのも嫌でしょう?」
「そう、ですね」
妃美香はまだ、自分が狙われているという意識が希薄だった。
正門にたどり着いた。高い門柱が2本立つだけで、門扉はない。3人はそのまま真っ直ぐ門の内に入っていった。
「どの辺にしようか」
「取り敢えず、大校庭の方へ行くってのはどうです」
光一郎の言葉で、3人は西に折れた。事務棟や部室が並ぶ間をゆっくり歩く。誰も喋らない。本館が見えてきた。
すっ、と史宣が妃美香を挟んだまま、後ろに回った。光一郎と背中合わせである。妃美香が周囲を窺っても何も見えないのだが、2人とも刀の柄に手を掛けている。
暫く、そのままの姿勢で2人は動かなかった。折からの新月で辺りは真っ暗である。と、辺りの景色が揺れ動いた。
林の如く、周囲から一斉に人間が立ち上がった。建物の暗がりから、植え込みの陰から。皆、黒装束に身を包んでいる。まるで忍者みたいだ。
「ざっと50人」
光一郎が呟いて、静かに刀を抜いた。史宣も抜刀して構えた。
「戸隠、ここは校内だからな」
「へいへい」
忍者部隊と風紀委員会の睨み合いは続いた。
妃美香だけは緊張感がなくて、この狭いところに50人もどうやって隠れていたのかしら、と考えていた。
さらに、本館の非常階段の2階辺りに人が現れた。学園の制服を着た男子生徒である。サングラスとマスクをしているので顔はわからない。
「はっはっは。表と裏がつながっているとは思いませんでした。それも今宵まで。裏の生徒会長白飼妃美香も1ヶ月で引退です。さあ、もう一つの勾玉を渡してもらいましょう」
「あれは1個しかないのよ。私のペンダント返してよ、この泥棒!」
頭に来て言い返したが、相手の男子生徒は聞く耳を持たない。
「我が同志、47人に騎士2人で立ち向かえるかな。私は高みの見物といこう。諸君、かかりたまえ!」
彼のかけ声に応じ、黒い林が動き出した。史宣達に向かって鉄鎖が何本も繰り出された。
妃美香は腕を強く引っ張られ、しゃがみ込んだ。頭上すれすれに、鎖がジャラリと絡み合う。と、腕を掴まれたまま、妃美香は別館の方へ引きずられていった。
目の前に黒い影が立ちふさがるのを一瞬で足蹴に倒し、妃美香は別館の中に押し込まれた。見ると、腕を掴むののは史宣であった。彼は構えを全く崩さず、妃美香に向かって口早に囁いた。
「鍵を掛けて、絶対に外へ出ないで。危ないと思ったら反対から逃げなさい」
ドアを閉める一瞬、妃美香は史宣の眼の色を見、事の深刻さを初めて認識した。扉が閉められた。
史宣が向き直ると、既に光一郎は忍者と刀を交えていた。黒い輪は大分縮まっている。
一歩踏み出したところへ、すかさず鎖の束が飛んできた。史宣は跳んでかわす。そのまま前に出て続けざまに2,3人に打ち込んだ。たちまち黒衣が崩れていく。後ろから光一郎が追いつき史宣に並ぶ。鎖を避けて間合いを詰めると、短い忍者刀が有利になる。難しいところだ。
史宣は光一郎と背中合わせに、つかず離れず相手と切り結んでいたが、不意に木刀が降ってきて慌てて避けた。
相手も史宣の姿を見て取ると、ぱっと向きを変え闇に紛れてしまった。別の方角から真剣が降ってきた。今度は刀で受け止めた。
火花が散って軽い衝撃が襲う。史宣は相手の刀を反動に乗せて跳ね上げ、素早く胴、肩に打ち込んだ。相手はうめき声を上げながら前のめりに倒れた。
次の敵を探しながら、史宣は全体の状況を見て取った。彼らが相手にした数より遙かに多くの忍者が地面に伏せっていた。しかも少し離れたところでは、忍者同士で戦っている。史宣は、先ほどの、木刀を持った忍者を思いだした。
『外番たちだ。そういえば、裏長が指示していたな』
光一郎が目の前の忍者を倒すと、急に視野が広がった。視線を下に向けると、忍者の格好の者達が寝そべっていた。遠くへ転じれば、数人の黒い影が逃げ去るところであった。追おうとすると、肩に手がかかった。
「放っておけ。害はない」
委員長であった。それから心配そうに尋ねる。
「ちゃんと峰打ちにしたろうな」
「ええ。今回は、忘れませんでした」
光一郎はニッと笑って答えた。
「ところで白飼さんは」
「別館に」
2人でドアの前まで走った。
「白飼さーん」
「終わったよ」
返事はない。扉を叩いても、同じ。
「そういえば、さっき本館の外にいた野郎は?」
銃声が響いた。
史宣は物も言わずに走り出した。光一郎が後に続く。
彼らは本館の非常階段を駆け上がり、3階から建物内に入った。入れ違いに、木刀を持った黒服の集団が現れ、倒れた忍者どもを縛って運び始めた。
中は、真っ暗闇だった。外はまだ星明かりがあるが、建物は閉鎖されている。人気がない。
史宣と光一郎は迷わず渡り廊下へ向かった。角を曲がったところで、2人は足を止めた。
大きな、黒い影が腕に何かを抱えて立っていたのだ。足元には、これまた何かが転がっていた。その黒い影の両耳からは満月の光がその周囲を青白く照らしていた。
「裏の、生徒会長、らしいな。本当に、いたとは……」
光一郎がかすれた声で言った。それは、2人に近づいてきた。抱えられているのは妃美香だった。史宣が手を伸ばすと、影は彼女を手渡した。案外軽かった。気を失っていた。
「片はつけた」
裏長は低く言った。妃美香のペンダントを取りだし、光一郎に渡す。
「これは返しておこう」
これほど身近にいるのに、そして八尺瓊勾玉が両頬を照らしているにもかかわらず、2人には裏長の顔が覚えられなかった。男女の別さえつかなかった。
その顔は大きな黒いサングラスとマスクで覆われていた。
裏長はくるりと回って先に伏す男子生徒を引き立てた。彼は縛られていた。それから振り返って、布で掴んだ拳銃を見せた。
「彼及びその一味は、証拠品と共に、明日の1時限目が始まるまでこちらの預かりとする。異存あるまいな」
言い捨て、返事も待たず歩み去った。
「いいんですか、委員長」
大分たってから、光一郎が訊いた。
「もともと裏の仕事だからな、これは」
翌朝、まっとうに学園へ登校した生徒達は、本館と別館の間の中庭に妙な一団を認めた。彼らは一人を除いて忍者の服装をしており、皆ぐるぐるに縛られていた。側には古風な立て札があった。
「『コノ者達ハ、元裏長候補ナリ。二ーB 五名、三ーB 十名……』なんかすごい」
「なるほど、上手いものだな」
少し離れた場所から、双眼鏡で眺める男子生徒が言った。
「裏の生徒会のことを知る者には瞭然だが、知らない者にはわからない。だが深蘭、ちょっとやりすぎじゃないか」
並んで窓に凭れる女生徒は微笑した。彼だけが知る表情であった。
「大丈夫。1時限目からまじめに登校してくる生徒など、半分もいない。彼らの名前は伏せている。同じクラスでも、取得単位が違えば、会う機会は限られる。身元が完全に割れる生徒は僅かでしょう。要は、彼らに裏長を二度と狙おうと思わせないこと。顔をさらされたら、裏長は出来ないもの」
日直の仕事で職員室へ入った妃美香は、担任を待つ間に、後ろをとってはいけない教師が同僚と話すのを聞いた。
「単位あげるって、校長は了承したんですか」
「うん。だって、あれだけ精巧なM17を、自力で作る才能があるんだもの。僕の授業の目的には適っている。材料の調達方法や、使用目的に問題があった分は、別のところでマイナス評価をされるし、今後監視もつく」
「プラマイでマイナスか。なら、いいか」
妃美香は思わず振り返った。元自衛官か何かの教師の横顔が見えた。彼が持っているのは恐らく、あの夜彼女に突きつけられた拳銃である。その後の記憶が飛んでいて、気付いた時には風紀委員長に抱えられ、寮へ戻るところだった。
他に人がいなかったからいいものの、いい年をして子どもみたいに抱え上げられて恥ずかしかった。
やっぱり銃器の知識も必要なのかもしれない、と妃美香は思った。




