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全闘学園  作者: 在江
第一章 始まりは常に突然
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1 どうして銃器の知識が必修なのか

 学校法人善統(ぜんとう)学園 咲寿賀(さすが)高等学校。東経140゜、北緯30.8゜上にある大鳳(おおとり)島の8割を占める、単位制高等学校。生徒数約3000人、島人口の約9割にあたる。


 宣伝を避けているにも関わらず、全国から生徒が集まるには理由がある。一つは大学現役合格率が100パーセントのためである。進学と就職の割合は7対3であり、どちらの進路を選択しても、十分なサポートを受けられる。卒業生は様々な業界で活躍しており、寄附も毎年多額に上る。


 もう一つは、独自のシステムに支えられた学園生活のためである。咲寿賀高校は全寮制で、生徒は在学中、親元から離れて暮らすことになる。

 大鳳島は、創立者の咲寿賀喜左衛門(さすがきざえもん)が、彼の理想とする高校を設立するため買い取った土地である。高校は生徒による自治システムを採っており、生徒会の権限は大きい。


 「人生で、これを使う日が来るとは思えないんだけどなあ」


 白飼妃美香(しらかいひみか)はM4を抱えてぼやいた。


 長身の、銃器である。実弾は入っていない。周囲を窺うと、皆嬉々として授業を受けている。

 妃美香は気が滅入ってきた。自分は大学に入るためにここへきたのだ。決して、決して銃器の取り扱いや、遺伝子操作でミニモスラの幼虫を造るために入学したのではない。幼虫作成は面白かったけど。


 妃美香が咲寿賀高校へ放り込まれたのは、ここが全寮制であったことが大きい。

 彼女の両親は考古学者であり、年中出張で家を空けている。寂しかった時期もあるが、高校へ入学する前に、その段階は卒業していた。不本意ながらも受験したのは、自力で生活費を賄えないからであった。


 両親は、それまで住んでいたマンションを売却したのである。どちらかの実家としてどこかに家も持っているらしいが、妃美香の知らない土地で、高校が近くにあるかもわからない。彼女に選択肢はなかった。


 いざ入学してみると、寮と言っても開放的で、思ったよりは過ごしやすく、ほっとしているところだった。ただ、カリキュラムの独特なところに、まだ馴染めない。今受けている必修科目もその一つであった。


 わあっ、と突然歓声が上がった。顔を上げると皆、妃美香の背後を見ている。彼女も振り返ってみた。

 妃美香の50m前を、男子生徒2人が歩いていた。片方は眼鏡をかけていた。他には何も見あたらない。一体何を騒いでいるのか、妃美香には理解できなかった。


 「こら、よそ見をするな!」


 教師の声も掻き消されがちであった。日頃温厚な初老紳士としか見えない彼は、元自衛官とか、SWATとか、グリーンベレーとか、いや、SASの教官だったとか、色々言われているが、実際の経歴は知られていない。一つだけ確かなことは、彼の背後を取ってはならない、ということである。過去に、ふざけて背後へ回った生徒が、全治数ヶ月の重傷を負ったという伝説が、まことしやかに囁かれていた。


 「しかし、何を騒いでいるのかしら」

 「あなた、あの方たちが見えないの? 生徒会長の神代琉緯(かみしろりゅうい)様と、棟方史宣(むなかたしのぶ)風紀委員長よ」


 いわれてみると、眼鏡を掛けていない方には見覚えがあった。入学式の時に挨拶した人だ。確か3年生である。


 「通算5期目の会長も素晴らしいけれど、1年生の時から役員になっている委員長もすごいわよね。きっと来年は生徒会長に推されるわ」


 喋るうちに、チャイムが鳴った。

 終わり5分ばかり何もしなかったが、大体話が終わっていたので問題なかったのだろう。先週、M17の分解清掃などやらされた日には、ほぼ全員が時間ぎりぎりまでかかりきりだった。たまに余裕でこなす生徒がいるのが、何か怖い。


 生徒たちは一斉にM4を片付けだした。教師が教卓を前に、生徒たちを見守っている。片付け当番の妃美香は、9人の男子生徒とM4の下がった棚を倉庫に押していった。重い。銃器が本物であることをひしひしと感じる。当番の人数を増やすべきだ、と妃美香は思った。


 薄暗い倉庫にM4の山をしまい込んで外に出ると、下校途中の生徒や、クラブ活動を始める生徒達が目に付いた。


 「きゃっ」


 妃美香は何かにつまづいて転んだ。その拍子に銀鎖が切れ、彼女の首飾りが飛んでしまった。

 緑っぽい色の貴石が転がった。その石は涙のような形をしていた。


 側にいた男子生徒の一人が素早く拾おうとした時、妃美香の足元の地面がぼこっと盛り上がって首飾りを掴んだ。あ然とする10人を尻目に、その茶色の人形は走り去った。


 「な何よあれは?」


 男子生徒に助け起こされた妃美香は憤然とした。男子の一人が妃美香に尋ねた。


 「今奪われたペンダントに付いていた玉、あれはひょっとして」

 「あのペンダントは貰った勾玉を父が加工してくれたの。別に校則違反じゃないでしょう?」

 「勾玉か。どうりで」


 他の男子達も頷きあっている。妃美香はじれったくなって理由を訊いた。


 「咲寿賀高校には三種の神器というのがあってね、八咫鏡(やたのかがみ)天叢(あめのむら)雲剣(くものつるぎ)八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)というんだ。無論本物ではなくて、高校の創始者が職人に作らせたものだ。それがいつしか生徒会の象徴になって、天叢雲剣は代々の生徒会長が帯びている。白飼さんも見たことあると思う」


 確かに生徒会長は常に帯刀していた。どう見ても実用的で、古代の剣ではない。男子生徒は続けた。


 「ところでこれは公の話ではないのだけれど、咲寿賀には裏の生徒会というのが存在する。組織形態も全然わかっていない。頭が変わる毎に再編されているみたいだね。裏長(うらちょう)は決して表にでない。任期は無期限で、その交代は実力行使によって行われる。すなわち、その印である八尺瓊勾玉を奪い取ればいいのさ」


 「でも、あれは違うのよ。見てわからないのかしら」


 妃美香が半信半疑の面持ちで言うと、その男子生徒は苦笑した。


 「それが、持ち主が表に出ないから誰も見た者はいないんだ。ただあの勾玉は2つで一対のもので、新月の夜に満月の光を発するという噂があるけど」


 別の男子が口を挟んだ。


 「とりあえず盗難届を出しておいた方がいいんじゃないか」


 また別の男子。


 「生徒会館に行けば風紀委員長がいると思うよ」


 結局解説者の男子が付き添いで生徒会館へ行ってくれると申し出た。他の者はクラブ活動に去った。



 風紀委員会室は、生徒会館の正面玄関を入って直ぐ右にあった。ノックをすると男が1人出てきて、


 「委員長なら会長のところだよ」


 ぶっきらぼうに言うと、礼をいう間もなく扉を閉めてしまった。

 2人は、階段を上って3階の生徒会長室へ向かった。


 コンコンコン


 「失礼します」


 中に入ると、先ほど見かけた生徒会長と、もう一人女生徒がいる他には誰もいなかった。

 その女生徒は長い黒髪を三つ編みにして後ろに垂らしており、前髪が目の辺りまでたれ下がっていた。


 妃美香たちが入ってきたのを見ると、女生徒は黙って脇に寄った。

 生徒会長は、近くで見ると眩しいほどに美しかった。美しい、という形容は余り男性には用いられないが、その言葉が一番ぴったりする。浮き世離れした美しさであった。

 彼はにっこり笑って2人に尋ねた。この顔で微笑まれたら、生徒たちが悩殺されるのも無理はない。


 「どうしました?」

 「あの、こちらに風紀委員長がおられると聞きました」

 「ああ、棟方君か。彼はつい今し方委員会室に戻りましたよ」


 妃美香はがっかりした。その様子をみてとった生徒会長が続けて言った。


 「今度は入れ違いにならないよう、彼に連絡を入れておきましょう」


 そして卓上の電話を取り上げた。


 「やあ、委員長。これから君を訪ねて2人ばかりそちらへ行くから待つように。よろしく」


 2人は会長室を辞した。妃美香は連れの男に尋ねた。


 「あの女の人は誰かしら」

 「御門さんだよ」

 「ミカド?」

 「うん、御門深蘭(みら)といって、神代琉緯会長の婚約者さ。あの2人は特A級特待生なんだ」

 「あの、学費及び寮費全額免除、加えて特別室に住めるという……」


 特待生の扱いについては妃美香も知っていた。何を隠そう、妃美香も給付型奨学金を得ている。学費免除や奨学金が充実していることも、咲寿賀高校の人気の元であった。


 再び風紀委員長室の扉を叩いた。今度は委員長自ら顔を出した。


 「どうぞ、取り散らかしているけど」


 2人は中に招き入れられた。ある程度の広さを持った部屋だが、雑然とした感じを受けた。さっき応対に出た男子生徒が他の生徒と隅でポーカーをしていた。壁際には刺股やらヘルメットやら、警備用具が沢山かかっていた。


 風紀委員長もまた、近くで見ると美男子であった。しかも、武勇を重んずる風紀委員会を統べられるのかと危ぶまれる優男であった。ただ先の生徒会長と違って、人間の範疇に収まっている。



 棟方史宣は来訪者の顔を見て表情にこそ出さなかったものの、心中穏やかならざるものを感じていた。肩にかかった栗色の髪、ぱっちりとした黒目がちの瞳。強烈に惹きつけられる。


 用件を聞き終わった史宣は、盗難届の用紙を取り出した。

 「では、名前と学年、クラスを教えて」

 「白飼妃美香、1-A」

 「鹿島彰(かしまあきら)、1-A」

 妃美香の連れが答えた。続けて一緒にいた人間の名字も言った。妃美香は感心した。入学後1ヶ月かそこらで1クラス100人もいるクラスメートの名前を、一部でも覚えているとは。


 盗難の状況を詳しく聞き取ったあとで、史宣は少し思案した。


 「新月まであと3日ある。八尺瓊勾玉は2つで一対だから、その間に白飼さんが狙われる危険性は充分にあり得る。裏の生徒会長の交代は実力行使だから本来は我々の管轄外なんだが、無関係な一生徒を巻き込むとなると話は別だ。とりあえず3日間、白飼さんに護衛をつけよう。戸隠(とがくし)


 隅でポーカーをしていた、さっきの男子生徒が立ち上がった。切れ長の吊り目で長髪を無造作に束ね、ひょろっとした風采に長剣を帯びていた。


 「何です、委員長」


 丁度、適当に儲かったところらしい。つまりは賭け事をしていたのであるが、校則違反ではない。

 声から喜びが滲み出ている。


 「彼は戸隠光一郎(こういちろう)。生徒会でも随一の剣の遣い手だ。こちらは白飼妃美香さん、裏長と間違われている。今から新月が明けるまで、彼女の護衛をして欲しい」


 「はい、委員長。今からですね」

 声が弾んだ。史宣は気付かない振りをした。


 「そうだ」


 隅の方から呟く声が小さく聞こえた。


 「勝ち逃げしやがった」

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