卒業式
卒業式の日、棟方史宣は朝寝坊をしてしまった。
カーテンを開けると、まばゆい光が、ぼろぼろになった窓枠の陰影をくっきりと照らし出した。
彼は在校生代表として、送辞を読むことになっていた。
目覚まし時計の不調を呪いつつ、急いで支度をする。タブレットには、着信が山のように記録されていた。中身を読む暇はない。
部屋の扉を開けると、寮生のメモがたくさん落ちていた。
「おきろ」
「先行くぞ」
メモを部屋へ蹴り入れる間も惜しく、寮を出る。
シェアサイクリング置き場は、空っぽだった。バスの時間には半端だし、路面電車なら走ったほうが早い。
史宣は全速力で会場の体育館へ向かった。送辞の原稿を懐に、左腰に刀の重みを感じつつ、ひたすら走った。
天気の良い日であった。
時間が遅いせいで、辺りに人影は見あたらなかった。
不意に、目の前が真っ白になった。
はっとして振り向くと、いつの間にかすぐ後ろに御門深蘭と神代琉緯が立っていた。2人は桜の花びらに取り巻かれていた。史宣と初めて出会ったときのように。
「別れを告げに来た」
深蘭が言った。風が彼女の美しい黒髪をかき乱し、耳元の勾玉をあらわにした。史宣は、思い当たって、ぎょっとした。
生徒会に受け継がれる三種の神器の一、八尺瓊勾玉。裏の生徒会長が持つ物だった。昼間のことで、一見したところで、ただの勾玉と区別がつかない。しかし史宣には、それが本物だと分かった。
今日この時まで、裏長は後継を指名しなかった。だから史宣は、裏長は3年生ではない、と思っていたのだ。
深蘭は勾玉を外して史宣に差し出した。反射的に受け取る。
「言い残しておくことがある」
琉緯が優しい微笑みを見せながら話しかけた。史宣は琉緯を見上げた。いつにも増して、神々しさがあふれていた。
「君と白飼妃美香は、いずれ結ばれる運命にある。気長に構えて待つがよい」
史宣は御託宣でも聴くように、自然と頭を垂れた。深蘭の声が遠く聞こえた。
「では、さらばだ」
顔を上げた時には、花びらも2人の姿も消えて、目の前に体育館があった。時計は開式の5分前を指していた。今にも会場へ入りつつある生徒の背中、扉を閉めようと待ち構える教師の姿も見える。振り向いてみた。
さすがに誰もいなかった。
やはり、狐か狸なのではなかろうか。そもそも寝坊したのも、彼らの仕業なのでは……?
史宣は手を開いてみた。2つの勾玉と桜の花びらが1枚、彼の掌に残っていた。
「やるか」
彼は再びそれを握りしめると、会場の入り口へと足を踏み出した。




