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全闘学園  作者: 在江
第四章 僕は目を見てイエスと言う
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6 それぞれの本命

 虚を突かれたように妃美香を見送った彰は、すぐに昼間のやりとりを思い出し、余人(よじん)に見せない大人びた微笑を浮かべた。彼は汀に向き直った。


「だから言ったでしょう。様付けで呼ばないで、って」

「すみませんでした。今後、人前では気をつけます」


 汀は、申し訳なさそうに頭を下げた。彰は困ったように彼女を眺めていたが、気を取り直して尋ねた。


 「ところで黒松さん。僕にはチョコレートをくれないのですか」


 汀は、顔をパッと赤くして、カバンを両手で押さえた。


 「ま、まさか」


 という(そば)から、チョコレートの包みが転がり落ちた。彰は素早く包みを拾い上げた。彰(あて)の、本命チョコであった。彼は汀が制止するより先に開封し、中身を口に入れた。


 「彰様、そ、それは……」

 「うん、僕が今日初めて口にしたチョコレートだよ。これで黒松さんは僕とデートする義務ができたね」


 彰はにこにこして言った。それから、ちょっと心配そうに表情を曇らせる。


 「もし黒松さんが嫌でなかったら、という事なんだけど」


 汀はパパパッと赤くなった。


 「嫌だなんて、とんでもない! 喜んで……ところで、何故そのような慣習を御存知なんですか」


 と照れ隠しに質問する。


 「理事長ともなれば、情報源に恵まれるから。でも黒松さん、あなたのおかげで、随分助かっています。これからは仕事でなく、恋人としても僕のそばにいてくれませんか」

 「……」


 汀は、はらはらと涙を流しつつ、声を出す代わりに何度も頷いた。



 妃美香は、かなり長い間走ってから、ようやく一息ついた。


 まず遠くへ行かなければと思い、方向を考えず走ったので、気付いた時には生徒会館から遠ざかっていた。しかもこの辺り、校内バスも路面電車も路線から外れている。歩くより他なかった。


 妃美香は呼吸の回復を兼ねて、ゆっくりと歩き始めた。視界に入るだけでも、何組もの生徒が追いつ追われつしていた。もはやバレンタインの祝祭ではなく、チョコレート戦争である。1日チョコレートの匂いを嗅ぎ続け、ついに鼻がイカれてしまったらしく、カカオの香りは気にならない。


 合間にちらほらとイメージ通りの、チョコレートの受渡しも見えた。


 突然、女子生徒が数人、妃美香の前へ立ちはだかった。各々が消火器(よう)のものを持っている。一人だけバズーカ砲をかつぐ生徒がいた。


 ああなるほど、確かに銃器の取り扱いは必要なのね、と妃美香は妙に納得した。そして辺りを見回す。


 「ひょっとして、私に用事?」


 妃美香は隙を窺いながら、おそるおそる訊いた。バズーカ砲をかついだ女子生徒が、横柄(おうへい)に応えた。


 「用事なんてもんじゃないわ。あんた、白飼妃美香でしょ」

 「だから?」


 言い捨てて、妃美香は横へ跳んだ。あっ、これも授業で習ったな、と思いながら。折りしも、そこではチョコレートの受渡しを巡って、乱闘が起こっていた。


 「ちょっと、私の彼に何するのよっ」

 「ずうずうしい! あたしの彼氏よ!」

 「あの、僕の意見も聞いて欲しいんですけど」

 「あなたは黙っていて!!」


 妃美香は、騒ぎのどまん中をすり抜けた。

 消火器とバズーカの女子生徒たちは、彼女をストレートに追いかけ、騒ぎに巻き込まれてしまった。


 「何よ、あんたたちは」

 「さては、彼を横取りしに来たのね」

 「違うってば」

 「問答無用!」


 きゃー!

 シューッ!


 生徒会館の手前で、妃美香は光一郎と出会った。彼は判定員の腕章をつけていた。背中のリュックが、重みで垂れ下がる。なかなかの量のチョコレートをもらったようだ。


 「あ、白飼さん。委員長に会いに来たの?」

 「それもあるけど、戸隠さんに」


 と、妃美香は前へ回したリュックに手を入れた。チョコレートを取り出して、光一郎に渡す。本命チョコであった。


 「ええっ、俺に?」


 光一郎は、狼狽(ろうばい)して妃美香を見た。妃美香は照れもなく、むしろほがらかである。


 「うん、日頃お世話になっている分。デートしてくれって意味じゃないから」


 あからさまにホッとする光一郎。判定員として修羅場(しゅらば)を見てきたのだろう、と妃美香は同情する。


 「そうかあ、ありがとう。委員長には、もう本命チョコ、あげたよね?」

 「これから行くところなんだけれど」


 登校時間から8時間を経過し、今は放課後である。光一郎は何故か気の毒そうな顔をする。妃美香は、慌てて付け加えた。


 「迷惑になるから、あげない方がいいのかな、とも思って。委員長さんは、人気があるでしょう?」

 「絶対に、渡して。すぐ行こう。今の時間なら、委員会室にいるだろう」


 光一郎は、妃美香の背中を押すようにして、風紀委員会室へ向かった。


 「私、ここに来てまずかったかな。さっきバズーカ持った人たちに何故か絡まれたのよね。親衛隊関係かな?」

 「ひえっ。3年女子だな。白飼さん、これを着て」


 光一郎は、リュックからビニール合羽(がっぱ)を引っ張り出した。寒さを感じていた妃美香は、ありがたく受け取った。


 「ありがとう。あれ、雪?」


 廊下の窓から、白いものが舞うのが見えた。大鳳島で見る初めての雪である。


 「あれは、裏手で茶会を開くとかで、気象研究部が降らせている」

 「へええ」


 光一郎が風紀委員会室のドアノブに手をかけると、中から奇声が起こった。


 「きゃああああ! 棟方様!」


 光一郎は慌てて手を離す。ドドドンッと、重い物体のぶつかる音がした。


 「畜生、待ち伏せだ。逃げよう」

 「私も?」


 光一郎は妃美香の手を引き、建物の出口へ向かって駆け出す。そこへ史宣が飛び込んできた。背後に消火器隊が迫っていた。


 「げ、委員長。何を連れてきたんですか」

 「3年の女子だ。手ごわいぞ。あっ、白飼さん」


 こんな状況にも関わらず、史宣は笑顔になった。光一郎が手を離す。


 「話は後。委員長、委員会室で待ち伏せされました」


 言っている側から、それらしい女子生徒たちが転がり出る。背後には消火器隊。光一郎と史宣は、妃美香をかばいつつ、階段を駆け上がる。光一郎がささやく。


 「委員長、屋上にヘリがあります。ここは、俺が食い止めます」

 「しかし……」

 「白飼さんが、どうなってもいいんですか」

 「わかった。頼むぞ」


 史宣は、妃美香の手を取り、更に上へ進んだ。下から騒音が沸き起こった。妃美香は史宣に引っ張られるままに、階段を上った。途中で、はたと妃美香が立ち止まる。


 「戸隠さんは?」

 「大丈夫。彼の腕を信じてあげて。今は、とにかく上へ」

 「……はい」


 生徒会館は、4階建てである。屋上にはすぐに着いた。

 ドアを開けると、ヘリポートを示す白い輪が描かれているのが見えたが、ヘリコプターは影も形もなかった。

 空の一部が曇り、雪が舞っていた。史宣は妃美香の手を引いたまま、中央まで進み出た。


 「残念だったわね、棟方委員長」


 背後からの声に、2人で振り向いた。階段室の上に、バズーカ砲を担いだ女子生徒が立っていた。妃美香が先ほど絡まれた相手である。史宣と妃美香は、じりじりと後退した。


 「そんな小娘なんか放っておいて、私と付き合いましょう!」


 妃美香は思わず史宣を見た。彼は、いきなり妃美香を抱えて横に跳んだ。それまで2人がいた位置に、(あみ)がぱあっと広がって、落ちた。投網(とあみ)である。


 屋上のドアが開き、光一郎が走り出てきた。血飛沫(ちしぶき)のようにチョコまみれだ。すぐ後から女子生徒たちが続いた。大方は手ぶら、残りはホースが途中で切断された消火器を抱えている。


 「あれ、ヘリは?」

 「やられたよ」


 バズーカの女子生徒が再び立ち上がった。消火器隊が前に並ぶ。


 「皆の者、やっておしまい!」


 ちゅどーん! シュバーッ!


 バズーカ砲が火を吹き、消火器からチョコレート色の霧が噴出した。だが、攻撃は当たらない。

 彼らは4階建ての屋上から飛び降りたのだった。史宣が妃美香を抱え、光一郎は自分で。


 「巻き込んでしまって、すみません」


 降りる寸前、史宣が言った。


 「なんとしても、あなたを守りますから」


 史宣は地面に背を向けていて気付かなかったが、妃美香は眼下に広がる景色に不審(ふしん)を抱いていた。それが何であるかわかったとき、


 ズボッ。


 落下が止んだ。たちまち、ひんやりした感覚が身を包む。

 積雪であった。史宣は、衝撃の少なさに、かえって呆然とする。


 「うわあ、助かったぜ」

 「そうだな。白飼さん、大丈夫ですか」

 「おやおや。雪見の宴に飛び入り客が」


 上から声がした。雪の穴の(ふち)から、生徒会長の神代琉緯が覗き込んでいた。

 早速、助け出される。光一郎は既に自力で立っていた。


 離れたところに、見なれない機械があった。御門深蘭が、何やらスイッチを操作する。

 急に機械から黒雲が立ち上り、屋上に向かって猛烈な吹雪を仕掛けた。

 風の音に紛れて、悲鳴や物のぶつかる音が聞こえた。


 「ところで風紀委員長」


 琉緯がにこやかに尋ねた。


 「白飼さんからの本命チョコは食べたかな?」

 「か、会長。何も、今聞かずとも」


 史宣は明らかにうろたえた。見ている方が恥ずかしい。

 忘れないうちに。妃美香は思いきって、本命チョコを渡した。会長に言われなければ、騒ぎに紛れて渡し損ねるところだった。


 「ありがとう」


 感無量の面持ちで見つめる史宣に対し、妃美香は慌てて付け加える。


 「いえ別に。普段からお世話になっているので、お礼として。戸隠さんにもあげましたし、鹿島くんにも」

 「いや、俺まだ食ってないし」


 食い気味に妃美香の発言を遮った光一郎は、史宣の視線に頭を抱える。史宣は、膝から崩れ落ちそうだった。

 琉緯がにこにこして宣言した。


 「では、今度の日曜日に3人で外出したらどうかな。2人で白飼さんに学外を案内して」

 「そ、そうですね」


 史宣の落胆ぶりに良心が咎める光一郎が、真っ先に賛成した。妃美香にも、必死に合図を送る。よくわからぬながら、妃美香も賛成した。


 「ええ、それがいいですね。委員長さん、一緒にいきましょう」


 史宣は、まだ落ち込みを残しつつも喜びを見せた。


 「はい、行きましょう」


 琉緯は側へ戻った深蘭と目を見交わした。


 「決まりだね。それでは折角だから、一緒に雪見の茶会をしよう。ここは封鎖区域だ。安心してくつろいで」


 気付けば茶道部の部長が、人数分の濃茶を用意している。先ほどから副部長と共に、影のように控えていたのであった。

 空はいつの間にか、晴れていた。

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