3 裏町娘の裏の裏の顔
21時になった。『スナック・ライラック』の中は怪しげな客で半分位、埋まっていた。
マスターはカウンターの中で、カクテルを作る。タカミは、交代の女の子が入るのを待って、マスターに声をかけた。
「マスター。タカミはこれで上がりますね」
マスターは黙って頷いた。タカミが控え室で、店のドレスから自分の服に着替えた途端、どこから見ても女子高生になった。
カードを時間管理システムにかざす。これで、今日の給料が入金される筈だ。
裏口から外へ出る。街灯が壊れている上に通路にごみが散らかっており、非常に歩きにくい。タカミは慣れた足取りで下も見ずに歩いた。
途中、宿なしがたむろする場所があった。タカミはいつも通りに歩き過ぎようとする。
新参者らしい1人の男が、タカミの前に立ちふさがった。
盛り上がった筋肉で、服の破れ目が広がっている。わざと破いたとも見えた。腕力に、相当自信を持つ様子だった。
「姉ちゃん、可愛いね。おいらとデートしねぇか」
「おどき。あんたに構っている暇はないのよ」
「なにい! おい、皆、聞いたか? この女、生意気言いやがって」
男は賛同を求めるように振り向いたが、彼らは息を潜めたままであった。何事かを恐れている風にも見える。
そんな雰囲気には気付けず、男は力を誇示する好機と思ったようだった。
「俺様を馬鹿にした奴がどうなるか、その身体に覚えさせてやらあ」
男は腕を振り上げ、タカミを睨みつけた。タカミはその視線をはっしと捉えた。
すると男は、急に振り上げた腕を下ろして四つ這いになった。
のみならず、く~ん、く~んと鼻を鳴らして仰向けに転がった。
「あははっ。あんたは犬よ。今回は特別に、明日の朝までにしておいてあげるわ」
タカミは勝ち誇った表情で周囲を見まわした。見物人は慌てて目を伏せた。
「あたしの邪魔をする奴は、皆こうなるのよ。覚えておおき。あははっ」
そして犬になった男には目もくれず、タカミは立ち去った。
残された犬は、身悶えして辺りをぐるぐる回り出した。四つ這いのまま。
タカミはどんどん歩いて街を抜け、大川の土手へ出た。
朽ちた橋が目の前にある。辺りに人の気配はない。
タカミは橋のたもとから土手を滑り降りた。
橋脚の草むらからスポーツバッグを取り出すと、中から迷彩服が現れた。同じくバッグから取り出した道具で素早くメイクを落とし、服を着替えたその姿は、裏の生徒会情報組織の長、元締であった。どこから見ても男子生徒である。
彼はスポーツバッグを抱え、寮へ向かって走り出した。たちまちのうちに敷地内へ着いた。元締は人影を避けながら、棟方史宣の部屋がある辺りへ来た。
見上げると、部屋には明かりがついていた。彼は少し考えてから、再びスポーツバッグの口を開いた。
今度はライフルの部品が出てきた。元締はそれを組み立て、弾を込めた。それから手近な木によじ登り、史宣の部屋の窓枠へ狙いを定めた。
着弾音が、元締の耳へ届いた。ライフルはサイレンサー付きである。
彼はじっとして動かなかった。
間もなく、史宣の部屋の窓が静かに開かれた。部屋の灯りはすでに消されている。元締はペン型ライトを持ち出して、2回、1回、と点滅させた。すぐに史宣の部屋からロープが繰り出された。
元締は木から降りてライフルをバッグに突っ込んだ。バッグを背負い、ロープに取りつく。一気に最上階まで登り切った。
「今晩は、副長」
「卒業までに窓枠が穴だらけになりそうだ」
窓を閉めた史宣が皮肉る。史宣は裏の生徒会副会長である。
「で、何かあったのか」
「白飼さんが、鹿島彰へチョコレートを渡すよう示唆されました。親衛隊にも渡すそうです」
元締は『スナック・ライラック』での光一郎と妃美香の会話を話した。
「そんなこと、逐一報告しなくたって」
史宣が渋い顔で言うと、元締は妙な笑いを浮かべた。
「でも、この情報が流れたら、賭け率が大きく変動しますよ。それに、副長だって本当は気にしているんでしょう?」
史宣は目をそらす。
「余計なお世話だ。それより、最近裏街区で、犬やゴキブリだと思い込む輩が多発している、と噂になっている。警察が動き出す前に自粛しろよ。面倒なことになる」
「はい、承知しております。では、これにて」
元締は一礼すると、綱をつたって降りていった。史宣はロープを引き上げ、ため息をついた。
「理事長が親衛隊まで作るほど、入れ込んでいるんだものなあ。諦めるべきなんだろうな」
後ろでチョコレートを練る機械が、うぃんうぃんうなっている。
前では、阿久田星華が、うんうんうなっていた。
「綾小路先輩が、普段ここまで引っ込み思案だとは、想定外だったわ。聖先輩の意志の固さも。利益上がるかな」
2年の聖乙羽も口説き落とし、いよいよチョコレート製品の製作に入っていた。
厚生委員長である乙羽は、自ら工房の衛生点検に訪れたりなどして、こちらは体育委員長の綾小路弥生と対照的に、普段のイメージより積極的で強引だった。
「あたくしのイメージカラーは、白です。ホワイトチョコレートでなければ、契約は白紙にします」
「でも、ホワイトチョコ一色だと売り上げが」
「認めません」
というのを説得するために、いちごジャムを加えたマーブル模様を提案し、何とか受け入れられた。急にいちごジャムを仕入れることになり、原価も上がり、製作期間も延びてしまった。
大鳳島への物資搬入は、基本的に船によって行われる。もちろん金を使えばヘリや飛行機などで短時間での調達は可能だが、商売の観点から星華は島内で入手を決めたのだ。
校内でイチゴを栽培する農業クラブや園芸クラブなどを回り、イチゴを探すところから始めた。温室栽培のイチゴは、クリスマスシーズン需要のピークを終え、農業クラブは、イチゴ狩りで稼いでいた。
「形の悪い物だったら、自分で採ってくれれば、タダでやるよ」
農業クラブ員の好意により、イチゴ狩りに興じる生徒たちの傍らで、形の悪いイチゴを選んで収穫し、量が集まったところでジャムを作っている。
交渉は星華だったが、実際イチゴを集めたのも、今ジャムを煮るのも、妃美香である。工房内は、ジャムの甘い匂いでいっぱいだった。
そして綾小路弥生はといえば、星華の提案した、真っ赤なコーティングを施した唇型のチョコを断固拒否し、シンプルな四角いビターチョコに落ち着いた。
既に型枠を作っていた星華は、その分損失を被った。初めから契約に組んでおけばよかったかもしれないが、そうしたら契約にも至らなかった可能性は大いにあった。
妃美香のチョコレートは、2人の先輩の分だけ、割を食った気もする。普通の材料で、無難な半球形のミルクチョコレートに決まった。妃美香はチョコに関してさほどこだわりがなく、不満はない。
元となるカカオマスやミルクの配合を決める時に、色々試したことが面白かった。豆から作るのは大変なので、製品の原材料分は、星華の実家でカカオマスまで作ってもらったのだが、豆の産地により、香りや味が変わることを初めて体験できた。
「4粒千円はさすがに高いよね」
「1,000円?」
「980円もいやらしいな。800円で行けるかな」
タタタッと原価計算ソフトに入力する星華。
「阿久田さん。それ、私のチョコも同じ値段で売るつもり?」
「そうよ」
むしろ不思議そうに、星華が顔を上げる。
「私まだ1年生だし、その値段じゃ売れないよ」
「じゃあ、個数を減らして値段も下げよう。2個250円で。あ、これはいけそう。あなたは確実な売り込み先があるから、もう少し上げてもいけるでしょ」
あれ? 先輩たちのチョコより高くなっていない?
妃美香が思った時には、星華は別の作業に没頭していた。




