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全闘学園  作者: 在江
第四章 僕は目を見てイエスと言う
12/17

2 2月14日に関する注意事項

 キーンコーンカーンコーン


 終業のチャイムが鳴った。他の生徒たちが出て行くのを待って、白飼妃美香は帰り支度を始めた。

 出口へ向かうと、大人っぽい女生徒が近寄ってきた。アメリカからの帰国子女で、妃美香たちより2つ年上という噂である。自分に用があるらしいと見て、妃美香から話し掛けた。


「黒松さん、どうしたの」


 黒松汀(くろまつてい)は、妃美香を上から下までじろっと見た後、思い切ったように口を開いた。


 「上から81・55・86。やや痩せ過ぎ。でも外見は合格。成績も合格。家族関係もよし。何より彰様のお気持ちが大事。白飼さん、あなた、ウォーズ・ディには、鹿島彰様にチョコレートをあげるわね」


 「え? た、多分」


 唐突にまくしたてられ、ほぼ最後しか聞き取れなかった妃美香は、理解の範囲で返答した。汀は、うんうんと頷いた。


 「よろしい。では、ごきげんよう」

 「ご、きげんよう」


 彼女は満足そうに去っていった。

 妃美香は教室を出ると、直ちに生徒会館へ向かった。構内はクラブ活動へ行く生徒で(にぎわ)わっていた。


 『生徒会館行き』の路面電車を見かけた妃美香は、無理やり飛び乗った。車内は混雑していた。食事を取る猛者もいる。

 乗客の中から、こちらへ向かう物体があった。妃美香は最後尾の立ち席にいたのだが、()()は人込みの中から白手袋に包まれた手だけを出した。バンドで機械が巻きつけてある。


 「お客さん、切符買ってくださいよ」


 校内は一律120円である。妃美香はストラップを引っ張り、カードを機械に当てた。

 ピッと電子音が鳴り、運賃が引き去られた。手は乗客の間に引っ込んだ。終いまで腕から先は見えなかった。


 漫然と辺りの景色を眺める妃美香の耳に、女生徒たちの会話が入り込む。


 「今年は、誰にチョコを食べさせる?」

 「もちろん、風紀の棟方委員長様よ♡」

 「あなたも? 私もそうなの。私達ライバルね」

 「うふふ。頑張って棟方様のハートを射止めましょう」

 「でも、どうやって彼に渡すつもり。何か、今年はガード固いって噂よ」

 「えっ! 棟方委員長様にまで、本命が」

 「そう。男か女か、まだわからないんだけどね」

 「許せなーい。でも、チョコを食べさせれば勝ちよ。ふふふ」

 「そうよね。たとえ婚約者だって、関係ないわ。ほほほ」


 途中から会話についていけなかったが、バレンタインデーの話であった。

 2月14日に、女性から男性へチョコレートで愛の告白をする、というお菓子屋の陰謀である。妃美香も乗っかって金を稼ぐのだから文句は言えないが。

 

 妃美香は、考古学者の父が在宅の年だけ、チョコレートを渡していた。他の誰かに渡した覚えはない。

 咲寿賀高校へ進学し、男性の友達や知り合いができたので、今年は渡す人が増えた。それで星華の話にも乗ったのだ。

 妃美香はバレンタインデーを、異性の友達に日ごろの感謝を込めてチョコレートをあげる日、と認識していた。

 いちいち各人の誕生日を覚えて、相手に合わせたプレゼントを考えるよりも、楽な方法だった。


 バスが終点の生徒会館前へ止まった。一斉に生徒たちが降りる。

 その大半は女生徒であった。妃美香は彼女らの後から付いていく形になった。向かう先は、風紀委員会室であった。


 途中で半分くらいずつに分かれる。一方は階段を上って生徒会長室へ向かうらしかった。妃美香はトイレへ行った。背後でキャーとかワーとかいう声が聞こえた。


 手を洗いながらふと外を見ると、風紀委員の戸隠光一郎と目が合った。彼の制服はいつにも増してしわくちゃだった。丁度男子トイレの窓から出た直後で、妃美香の顔を見た途端、バランスを崩して草むらに倒れこんだ。


 「何だ白飼さんか。びっくりさせるなよ」

 「どうしたの」

 「そんなところからじゃ何だから、ちょっと外へ出ない?」


 光一郎の様子に切羽詰まったものを感じ、妃美香は女子トイレの窓から外へ出た。

 すると彼は、その長身をこころもち彼女の方へ折り曲げて、小声で言った。


 「実は今、俺は追われている。あんたもこの辺うろついてると危ねえから、一緒に行こう」


 何故かと聞き返す暇もなく、妃美香は腕を掴まれて引っ張られた。走り続けて校庭へ出た。原付より大きめに見えるスクーターが放置されていた。躊躇わずに座席からヘルメットを取り出す光一郎。妃美香に放り投げると、自分は前カゴからヘルメットを抜き出した。


「ほら、後ろに乗りな」

「でも、いいの?」

「え、勘違いするなよ。俺のバイクだ」


 そこで妃美香は、後ろにまたがり、光一郎の胴体にしがみついた。2人は凄い勢いで動き始めた。さっきの路面電車よりもよほど速かった。

 正門を出て歓楽街を抜けたかと思うと、あっという間に裏寂れた通りへ入る。


 「戸隠さん、ここって」


 彼はスクーターを停めた。


 「ま、普通ここまでは追ってこないからな。俺が付いている。心配ないよ」


 辺りは薄暗かった。夕方のせいだけではない。廃墟の雰囲気を持った建物が所狭しと立ち並ぶためであった。

 光一郎は手近な扉を押した。扉の隣に『スナック・ライラック』という小さな看板があった。妃美香は外に取り残されるよりは、と慌てて彼の後を追った。


 中は、思ったより明るく健康的な雰囲気だった。

 カウンターとボックスが3つ位の、純粋に飲むだけの店であった。客は見当たらず、接客担当らしい女性が近寄ってきた。中性的な感じのする、可愛い顔立ちの娘である。


 「光さん、いらっしゃい。女の方のお連れなんて、珍しいわね」

 「タカミちゃん、いつもの奴を頼む。それから彼女には……何にする? ジュースもあるよ」

 「じゃあ、オレンジジュースで」


 妃美香は小さな声で言った。タカミと呼ばれたホステスは、


 「はい、オレンジジュースね」


 と、にっこり笑って復唱した。光一郎がカウンターへ行こうとすると、タカミがマスターに言った。


 「ねえ、マスター。今はお客さんが少ないから、ボックスを使ってもらっても、いいでしょう? 光さん、折角女の子連れてきたのに」


 マスターは妃美香をちらと眺め、黙って頷いた。カウンターの裏で、手が忙しく動いていた。


 「さ、光さん。テーブルチャージはいらないから、ボックスの方へどうぞ」

 「ありがとう、タカミちゃん」


 2人は奥のボックス席に陣取った。やがてプリッツェルとオレンジジュースが運ばれてきた。それからボトルやグラス、氷、最後に枝豆も到着した。


 「ごゆっくりどうぞ」


 タカミが声を掛けて去った。光一郎は手馴れた調子で、水割りを作った。ぼうっと眺める妃美香の目が、ぱっと開く。


 「ちょっと待った。それ、お酒よね?」

 「ええっと。どうだったかな」


 光一郎の目が泳ぐ。どうも何も酒しかあり得ない。入学当初に会った時は19ぐらいだった筈だから、その後成人したのだろうか。


 「百歩譲って飲酒は個人の自由としても、帰りに私をバイクへ乗せて運転しないわよね」

 「あ……代行頼みます」

 「わかった。なら、私も譲ります。どうぞ」


 そこで光一郎は水割りを口にし、妃美香はオレンジジュースを一口啜って、つまみのプリッツェルに手を伸ばした。


 「ところで」

 「ん?」

 「何で追われているの」

 「そりゃあ、もうすぐバレンタインウォーズが始まるからさ。女共がい色々と策略を練って、その道具に俺の剣さばきを使おうって魂胆だ。俺も金儲けは嫌いじゃないが、当日は忙しいんでね」


 「あの、バレンタインウォーズって、何かしら」


 光一郎が一瞬固まる。妃美香は真面目な顔である。


 「2月14日のバレンタインデーは、知っているよね。生徒会の公示、見た?」

 「もしかして、チョコレート持ち込み禁止?」


 光一郎はやれやれ、と呟き、水割りで口を湿らせた。


 「仕方ないなあ。説明してやる。我が校では、2月14日が正統な行事日として扱われる。呼び名は様々だが、チョコを受け渡す日だ。生徒会がいくつかルールを設けている」


 「チョコレートを受け取るのは男子のみ。ちなみに女子その他はホワイトデーに受け取れる。適用期間は2月14日一日限り、学校敷地内へ立ち入った瞬間から敷地外へ完全に退出した時まで。ただし発電所内部と海域での受渡しは危険なため禁止」


 「渡す側は、義理チョコと本命チョコを第三者に判別できるよう明確に区別しなければならない。個数に制限は設けない。つまり、本命チョコを何人に渡しても構わない。だが、受け取る側の本命チョコは1個のみ。義理チョコは幾つでも良い」


 「受け取られなかった本命チョコはどうなるの?」


 「可能な限り専門部隊が回収して、後日まとめて相手に届ける。問題は、最初に食べる本命チョコだ。受け取り側は最初に食べた本命チョコの贈り主と1日デートする義務がある。バレンタインウォーズは、咲寿賀高校の全生徒及び全職員を対象とし、例外は認められない。既婚者に渡してもOK」


 では、生徒会長も対象なのか、と妃美香は思う。渡す気はないが。


 「すると、2月14日には必ず誰かにチョコレートをあげなくてはいけないのかしら」

 「そんなことはない。既婚者が本命チョコを渡した例はない。でも、白飼さんの親衛隊は期待するだろうね」

 「それは、義理チョコを用意するつもりで。あ、鹿島くんには別に渡すよう黒松さんから言われたんだった」

 「ああ、そうなんだ」


 光一郎は意味ありげに応じると、新たに水割りを作った。カウンターで控えるタカミに声をかける。


 「スルメちょうだい」

 「はーい。マスター、スルメだって」


 客は相変わらず妃美香と光一郎だけであった。スルメはすぐに届き、枝豆の空き皿と交換された。


 「それから非公式な話だけれど『賭け』が行われる。裏長の主催らしい。誰が一番多く義理チョコを集めるか、本命チョコをもらえるか、誰が誰の本命チョコを最初に食べるか。1口1、000円。当ててみる?」


 「やめておく」


 そうだろうな、と光一郎は時計を見た。妃美香も見た。1時間以上経っていた。


 「お、もうこんな時間か。あんまり遅くなると、俺でもヤバいからな。じゃ、白飼さん、そろそろ出よう」

 「ええ。いろいろお話ありがとう。ジュースとプリッツェルの代金だけ、払うね」

 「そうしてくれると助かるな」


 タカミが近寄ってきた。


 「あらら、お早いお帰りね」

 「こちら、ジュースとお通しの分だけ払ってくれるって。あとバイクの代行頼む。乗客2名で」

 「はいはい。お嬢さんは1,200円お願いね」


 妃美香は高いと思ったが、黙って支払った。

 酒場の見学と光一郎の講義代にジュースとつまみがついた、と考えることにした。

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