入学式
棟方史宣の高等学校入学式の日は、嵐だった。
前夜までの予報では、翌日に嵐が到来することになっていた。また、荒天によって入学式の日程が変更となる場合、各人へ連絡が届く筈であった。
彼が目を覚ましたのは開式予定時刻を過ぎた頃であった。
部屋の中は薄暗かった。今更ながら急いで支度をし、廊下に出た。寮内はもぬけの空であった。かすかに風の音が聞こえてくる。
「冷たい奴らだ」
誰も起こしにこないことを愚痴る。史宣は学費を全額免除されるA級特待生である。やっかみで置いてきぼりにされた、と穿った見方もできなくはないが、知り合いとさえ言えないこの時期に、高校1年生が敢えて他人の部屋を襲う勇気を持つのは難しい。自分でもわかっていた。
それにしても、この天気の中、入学式を予定通り行うとは。
保護者や来賓の来校がない代わり、リモート中継すると聞かされていた。現地の状況に疎い学園の上層部が、予定通りと強行したのだろうか。
寮から学園の敷地までは、走って2、3分である。ただ、その敷地は広大である。
風は強いし、気持ちに焦りがあるものだから、史宣はとうとう方角を見失った。
立ち尽くしたところで辺りを見回すと、一面の桜吹雪で先が見えなかった。まるで、花びらの壁に囲まれたようであった。
「何をしている?」
咎める口調に史宣が振り向くと、桜の渦に取り巻かれるようにして、人が立っていた。長い髪を乱れるに任せ、射すくめるような視線を史宣に投げかけていた。
彼は一瞬、桜の精が現れたと思った。花びらがその周りだけ、遠慮がちに舞っているように見えたのである。
しかし彼女は、学園の制服を着込んでいた。
「答えぬか」
彼女は優美な仕種で指先を史宣へ向けた。剣道を嗜む史宣には、剣先を突きつけられたように感じた。
何かが起こりそうであった。
が、その腕を押さえた者がいた。
「ミラ、その必要はない。彼は単なる迷い子だ」
そうして彼は、空いた手で、ある方向を示した。彼の動きに応じるように、花びらが道を開いた。
史宣は狐狸の類に化かされているのではないかと思った。彼女の表情が急に緩んだ。
「リューイ、狸と間違われているわ」
「では、我々はそれらしく消えよう。迷い子よ、行くがよい」
はっと気付くと、入学式式場である、体育館が目の前にあった。正面に設置された時計は、開式時刻の数分前を指している。後ろを振り返ってみても、2人の姿はおろか、桜の木1本見あたらなかった。
間に合うかもしれない。駆け出す史宣の前に、はらりと舞う一片。反射で掴み、走りながら開いてみた。
桜の花弁だった。
史宣と彼らの出会いであった。




