第六話 父の背中
シルフィが爪をむき出しにし、空を切り裂く。
風の魔力によって作られた弓と矢を構える。
戦場の中、私の姿を一瞬確認した試験官ハイマンは、注意を促す。
「アナスタシア! そんな弓なんざ構えず、貴様は逃げろ!」
「ご忠告、ありがとうございます」
私は数秒目を閉じて、精神統一する。
弓を構え、余計な思考を排除した。
全身の血管が淀みなく流れ、筋肉に余分な力みが無くなる。
この瞬間――。
「初雪……!」
私が放った光の矢は一本から五本に分裂し、下級クラスの魔物を一気に五体仕留めた。
「アナ! 一つ目のスキルにしては冴えてるね! 次は二つ目! どんどんいくよ!」
シルフィは前足の爪で交互に空を切り裂き、十本の矢を作った。
矢をまとめて構え、再び集中する。
「牡丹雪……!」
放った十本の光の矢は、空気を巻き込んで太く、大きくなり、巨大な上級クラスの魔物にまとめて十本刺さった。
ドスン――!
大きな音を立てて、巨大な魔物が倒れる。
足元で戦っていた試験官ハイマンはこちらに気付き、称賛の声を上げる。
「貴様……アナスタシア! なかなか、いいじゃないか! お前ら! 彼女を援護しながら戦うんだ!」
他の騎士たちに命じながら、華麗な身のこなしで次々と魔物を倒していく。
魔物の数は多かったが、一撃で仕留める私の矢によって、徐々に減っていった。
会場の中心に立つ試験官が妙だった。
戦場でもピクリとも動かず、ただひたすらに立っている。
魔物も、その試験官のことは狙わないようだ。
よく目を凝らすと、仮面を被っているが……その姿は兄そのものだった。
「アンドレイお兄ちゃんなの……!?」
大声で名前を呼ぶと、初めて動いた。
仮面の男は、剣を構え、私に一直線に突っ込んでくる。
「危ない!」
シルフィが間に入り、一撃を止めた。シルフィは体を回転させ、尻尾で強力な風を起こす。
一度は引いたが、仮面の男はなおも突っ込んでくる。
先ほどよりも数段の速さで――。
あまりの速さに避け切れる気がしない。
どうせ避けられないなら、いっそのこと受け止めよう……。
私は過去の罪悪感から、攻撃を受けることにした。
一緒に遊んでくれていた時に行方不明になった兄のアンドレイ。
「お兄ちゃん、ごめんね……」
呟きながら、目を閉じた。
キイン――!
まだ生きている。
目を開けると、そこには父親の姿があった。
「お父さん……!? どうして!」
「すまない、お前にはずっと言えなかった。アンドレイは……あの日、魔の手に落ちてしまったのだ」
「そんな……! どういうこと……!」
兄と父が戦うのを前にして、私は動けずにいた。
感情の整理が追い付かなかった。
父の攻撃で、ふと仮面が取れた。
そこには変わり果てた兄の顔があった。
爽やかな甘いフェイスどころではない。
四つの目がぎょろりとうごめき、顔色もだいぶ変わっていた。
一言でいうなら、朽ちていた――。
「お前たちに……何もしてやれなくて、すまなかった!」
「え、どうしたのお父さん……?」
「ガッハッハ! なぁに、気にすることはない! エヴァや、後のことを頼んだぞ! シルフィ! アナを防御魔法で守りなさい!」
「待って! やめて!」
失うのはもう嫌だ。
私は弓を構えて集中する。
「シルフィ! あれ! 行くわよ!」
「分かった! 五つ目だね! 後で特大チョコ、待ってるからね!」
シルフィが不気味な鳴き声を上げると、空を分厚い雲が覆った。
私は目を閉じて、右手を前に出す。
シルフィは体を回転させて小さな竜巻を起こし、自身の体を矢に変化させる。
そして、そっと右手に乗った。
矢と化したシルフィを弓に構える――。
「ごめんね、お兄ちゃん……」
覚悟を決め、矢を放った。
「奥義! 雪泥鴻爪!」
光の矢は的をめがけて一直線に飛び、姿を矢から巨大な白虎へと変え、戦場を駆け抜けた。
一瞬、時が止まった気がした。
ストン――。
まるで六十メートル先の的の中心に命中した時のような、軽い音が鳴った。
矢は、兄の眉間を貫いていた。
白虎の光に触れた魔物たちは霧散する。
私は泣きながらその場に崩れ、父に運ばれた。
父の背中は大きく、とても温かかった――。
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