第二話 風の精霊シルフィード
ある日の中庭、執事がへなちょこのお兄さんを紹介してくれた。
「は……初めまして……ゴ、ゴランと申します……」
「こちら、ゴラン氏でございます。アルベルト様からの言いつけで、本日から剣の稽古を行っていただきます。騎士になるため、父上、母上の意向ですので、しっかりとお励みになってくださいね」
「……お励みになってくださいね? ん? ちょっと待ってくださいね? 騎士になるっていうのは、どういうことなんですかね?」
私が知らない間に、話が進んでいたようだ。
騎士……? そんな大変そうな仕事、断じて受け入れるわけにはいかない。
「父上と母上、ともに元騎士で、アナスタシア様にも素晴らしい騎士になってもらいたいと、笑顔で話されていましたよ」
「そんなこと言われても……私は、ゆっくりと屋敷で過ごしたいです……」
「そう仰らずに。父上と母上への恩返しだと思って、精進されますようお願いいたします」
恩返し、その言葉には弱かった。
確かに毎日幸せな生活を送らせてもらっている。
ふかふかのベッドに、美味しい料理。そしてイケメンの執事を付けてくれる。
「それに、稽古の後には極上のスイーツをご用意しておりますよ――」
スイーツという言葉に耳がピクリと動く。
反射的に食い気味に答えた。
「――頑張ります!」
そう、私はイケメンだけじゃなく、甘いものにも目がないのだ。
しかし、稽古は心底嫌だった。
先生のゴランさんは、わかめのような黒髪で細身、どうみても不気味だった。
なのに強い。いらないギャップが詰め込まれている。
それに、できるなら稽古では弓を使いたかった。
別に弓が好きなわけではない。動かなくて済むからだ。
ある時、ゴランさんに相談したが、返事は驚くものだった。
「アナスタシア様……ご意見、ありがとうございます……。で、ですが、弓とは古い時代に使われた武器で……い、今となっては、誰もが見向きもしない……そんな武器でございます……」
マジか――。
私は稽古の度に屋敷を抜け出し、屋敷の裏手にある森へと散歩に出かけた。
森の中で見つけた猫の銅像にお参りをする。
「どうか、ダラダラと過ごせますように……」
銅像に刻まれている文字は読めないが、占いや願掛けが好きな私にとってはどうでもいい。
問題は、執事にいつも連れ戻されてしまうことだ。
私の体に位置情報が埋め込まれてるのではないかと疑ったこともあった。
爽やかイケメン、兄のアンドレイは優しく、よく遊んでくれた。
屋内ではダーツやビーズアクセサリー工作、屋外では鬼ごっこやかくれんぼをするのが好きだった。
(そうそう、こういう妹の面倒見がいいお兄ちゃんが欲しかったんだよ……! あんた最高だよ! アンドレイ!)
しかし、ある日……アンドレイが行方不明になった。
二人で遊んでいる時だった……。
近くでは雪崩が発生し、巻き込まれたのではないかと推測された――。
八歳の誕生日を迎えるころ、私は相も変わらず稽古から抜け出していた。
行き先は兄が眠る墓地だ。
稽古から抜け出す目的もあったが、兄の墓参りは欠かしたくなかった。
墓参りを終えた私は、いつも通り猫の銅像へと足を運ぶ。
今日のお願い事は、美味しいフレンチトーストをたらふく食べられますように、だった。
今朝、屋敷で食べたフレンチトーストが美味しかったからだ。
願い事を終え、目を開けると、不思議なことが起きた――。
目の前にある銅像の文字が、なぜか読める。
「我が名を、呼びたまへ……我が、名は……シルフィード、なり……?」
読み終えると、目の前が真っ白になり思わず目を瞑った。
目を開けると……。
銅像だったはずの猫が動いている――。
毛が風にそよぐほどのふわっふわの猫だ。
そしてなぜか、ぷかぷかと宙に浮いている。
「おい、お前! よくも起こしてくれたな! 気持ちよく寝てたのに! 顔が可愛いからって許されると思うなよ! おいコラ!」
何を言っているんだ、勝手に起きたのではないか。
私は猫をキッと睨みつける。
「言い過ぎたよ、悪かったよ! あのさ……悪いんだけどさ……名前を付けてくれないかな……?」
なんだこの生き物は……怒っていると思ったら、今度は照れてもじもじしている。
悔しいけれど、ちょっと可愛い。
「シルフィードって言うんでしょ? 長いと呼ぶの面倒だし、シルフィでいい?」
「なんでそんなに面倒そうなのさ! 風の妖精に名前を付けられる名誉なんて、そうそうないんだぞ!」
「はいはい、分かったわよ、シルフィ」
ポケットに入っているチョコをあげると、嬉しそうに食べた。
「これなんて食べ物? 美味しいね、こんなに美味しい食べ物、僕はじめてだよ! 君のこと気に入ったよ、大好きだよ!」
「ありがとう」
まずは飛んでいることを説明して欲しいところだが。
こうして、口うるさく面倒そうなふわふわした猫を飼うことになってしまった。
屋敷で父と母にお願いしたら、快く受け入れてくれた。
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