第一話 弓道女子の異世界転生
ストン――!
矢道を一瞬で駆け抜けた矢が、六十メートル先にある的の中心に命中した。
距離があるからか、耳に入るのは意外にも軽い音だ。
亡き母が教えてくれた弓道。
情に弱い私は、天国の母を悲しませないようにと思いながら弓道を続けた。
そして、高校最後の全国大会を優勝で飾った。
弓を引いている私を見る周囲の眼差し……誰も、想像しえないだろう。
この私が、極度のめんどくさがりでズボラだということを――。
好きな言葉は「三食昼寝付き」。
体を動かすよりも、じっとしている方が心底幸せだ。
来世は、猫のようにまったりと暮らしたい……!
家路についた帰りの車の中。
少しだけ開けた窓から入る風を感じる。
夕方の匂いと、新緑の香りがする。
車のラジオからは、ライトノベルの新人賞について語られていた。
耳に入ってくる異世界転生の言葉。
「異世界かぁ、羨ましいなぁ。私もセレブな家系に生まれて、何不自由なく生活したいなぁ。お金持ちの家で飼われている猫のように……」
次の瞬間、私の視界は真っ白になった――。
この時はまだ、私が弓で無双するなんて、夢にも思ってなかった――。
目が覚めると私はふかふかのベッドにいた。
天井を一言で表すなら豪華絢爛、病院ではないと一目でわかった。
「お目覚めでしょうか、お嬢様。私奴は執事のミハイルにございます。何なりとお申し付けくださいませ」
目の前には、高身長イケメンの執事らしき人物がいた。
執事によると、私は街外れで拾われ、屋敷の養子になったという。
異世界転生……。ついに私の順番が来たようだ。
もう頑張らなくていいテストに部活。
夢にまで見た豪勢な暮らしが待ち受けているはず。
前世よりも、正直ワクワクしていた。
しかし、どういうことだろうか。
執事が着せてくれる服は、どう見ても子供用だ。
(十七歳の私には、そんな服は着られませんよ? ……おっと、入るようですね?)
部屋にある鏡を見ると、どう見ても五、六歳ほどの私がいた。
黒髪ではなく、紫色に。目もぱっちり二重だ。
転生して十歳以上若返ってしまったのだろうか。
深く考えるまでもない、そんなことはどうでもいい。
なぜなら、イケメンな執事に服を着せてもらう、こんな至れり尽くせりな状況を堪能しないほうが勿体ないからだ。
幸せな気持ちで着替えを終えた私は屋敷から食堂へと向かい、両親と挨拶を交わした。
テーブルには豪華な食事が並べられていた。
これはなんですか、パーティーですか。
「ガーッハッハッハ! アナスタシア! 目が覚めたようだね! エヴァ、君に似てべっぴんさんじゃないか!」
長いテーブルの端に座る父親。
マッチョだ……。父親は果てしなくマッチョだ。そしてデカい。
「あらまぁ、アルベルト、そんなこといっても何もでないわよ? さぁ、アナ。遠慮せずに食べなさい」
母親はとても優しそうだ。ぷっくりした頬が今にもこぼれそうで、きっと可愛いおばあちゃんになるだろう。
父親はアルベルトというのか。今にもワイシャツのボタンがはちきれそうだ。
父がゆっくりと近付き、私の体は軽々と抱き上げられた。
若干伸びているヒゲをこすりつけられる。ただただ痛くて、拷問だった。
そしてなぜだ、暑苦しくてたまらん……。
隣に座る男の子は兄のようだ。執事には敵わないが、なかなか美形だ。
年齢は、私よりも数個上だろうか。
「僕はアンドレイ。アナ、君が目覚めてくれて嬉しいよ」
父や母、私とも似ていないが、爽やかイケメンならそれでよし。
ある日、私はヒートテックのような温かくも薄着である服を着せられた。
本当はコタツに入り、ぬくぬくと生きていたい。
軽装備に着替えて中庭に出た。
寒い、寒すぎる。これは聞いていない。
(雪が積もってるじゃないの……!)
そこは、一面銀世界の雪国だった――。
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