第3失「陰琴唱歌」
本作品は多々グロテスク、ミステリアスな文章が入っています。
話の内容が深いこともあり、理解しづらい部分もあるとは思いますので
できるだけ心臓の弱い方はお控えください。
黒志木さんと僕は、先生に促されるまま所定の席に着いた。
窓際の席で紅葉の兆しも見え隠れする背景を背中に、隣は黒志木さん。
転入初日にこんなドキドキすることがあっただろうか。
僕は一人悦っていると…
「…顔がニヤけてます。きちんとしてください、卓君。」
女の子に下の名前で呼ばれることなど小学校いないなかったことなので、余計に意識してしまう。
そんなことはお構いなしとばっかりに、空に顔を向けため息をつく。
先生が正すように教卓を手でたたき、静かに授業の日程を説明し始める。
それでも、生徒のざわめきが収まらずにチラチラ僕のほうを見たり、ひそひそ話し合っている声が聞こえてくる。どうか、悪口じゃないことを願って…。
風に乗って黒志木さんの髪が揺れる。甘酸っぱい香りが鼻に触る。
それは、昨日食べた無花果の香りにそっくりだった。でもこんな凛とした彼女が無花果なんてもの食べるはずがないとすぐに頭から打ち消した。
当の黒志木さんは泳いだ目でじっと虚空を見ていた。
それに魅入られたのか僕はずっと黒志木さんに目がいっていた。僕のほうを確認すると邪険にするわけでもなく、今度は僕のほうを見つめてくる。
慌てて先生の話を聞いているふりをして誤魔化した。いや。絶対に誤魔化されてないだろうが。
そんな感じで、朝の会は過ぎていった。
一時限目が終わると同時に、僕の席に暴徒(生徒)が押し寄せてくる。
当然僕は質問責め。「好きな食べ物は?」「彼女とかいるの?」「前の学校はどうだった?」
僕の体は理不尽なことに一つしかないし、聖徳太子でもないのですべてを聞き入れることは不可能。
抵当に相槌を打っていると、黒志木さんの視線に気が付きみんなは僕の席がら少し退く。
僕は?マークを出しながらスキを見て、廊下に出た。
朝家で、トイレに行ってなかったので急に尿意がきてしまったのだ。
我ながら情けないと思いながら、トイレの場所を探していると朝の“突進少女”と出くわした。
「あれぇ?君は朝ぶつかった…だれだっけ…?」
ぶつかったことは思い出せるようだ。僕は少し、ほんのちょびっとだけ安堵の息を吐く。
「僕は転入生の神下卓っていうんだ、君は?」
「ん?私は木野又 鈴。一年三組の活発少女!!」
自分でああいってるんだから言葉通りだろう。
一年三組といえば隣の組じゃないか。今度一度行ってみよう。
「君ってもしかしなくても…転校生さんだよね。」
ズイと僕のほうにつめ寄り、問いただしてくる。
「う、うん。さっきこの学校に転校したんだ。」
「そうなんだ~。うちのクラスにくればよかったのに…ま、仕方ないか。じゃこの魍魁高等学校を以後よろしく!じゃ、またね。」
風のように木野又さんは去って行ってしまった。
「あ…トイレの場所聞くの忘れた…。」
僕としたことが…迂闊という言葉がここまでぴったり当てはまるのは僕ぐらいだろうな。
尿意を抑えつつ、教室に足を運んだ。
四時限目が終わって、やっと解放。
この学校は五時限目からは講義だの何かで、いつも帰りが早くなるらしい。
僕は一通り帰りの用意を済ませると、追っ手(生徒)をくぐりぬけて黒志木さんを探した。お互い転入生同士仲良くしようと、お昼にでも誘うつもりなんだけど…なかなか見つからない。
もしかしてもう帰っちゃったとかはないよな?でもそれは十分あり得る。何せ、あまり他連中には好かれてないようだったから、嫌気をさして帰ったのかもしれない。
それにしても、黒志木さんをみんな避けているような気がする。距離を置いているというか、なんだろう…前から黒志木さんの素性を知っていて、それで近づかなようにも見えた。
同じ転校生がそういう扱いをされていると思うと僕の良心が痛む。だからお昼を誘うのだ。
教室、購買、下駄箱。いろんなところを探したが、結局学校内に黒志木さんの姿は見つからなかった。
帰ったら帰ったで、帰り道で会うかもしれない。僕は上履きと外履きと早々に履き替え、中庭から学校を出た。帰る生徒が僕のことをチラ見してくる。そんな風に見られては、誰でもいい気はしない。
僕は足のスピードを少し上げ、帰路を目指した。
これで黒志木さんに会わなかったら本末転倒なのだが…会うことに賭けよう。
しばらく歩くと、どこからか見知らぬ音色が聞こえてくる。
なんだったかな…この音は…そうだ、思い出した。確か「琴」っていう楽器だったと思う。
しかし、いくら探しても音源が見つからない。僕は探し物が下手なことを改めて知った。
僕は観念して家路をとぼとぼ歩いて行った。
歩道橋に差し掛かると朝と同じ衝撃が背中に走った。
「たっくん見~っけ!」
後ろをとられ、羽交い絞めにされる。ぎりぎりと背骨が圧迫される。
「たっく…んって誰だ…」
ぼくの名前は卓、卓じゃない。
「だってぇ卓君って言いにくいしね?」
羽交い絞めの腕がヘッドロックに代わる。
脳が今度は圧迫され、視界が薄れていく。
「ほら、だんだん気持ち良くなってくるから…」
「ああ…それって生命の危機じゃ…」
これで決定的だ。この子は木野又さんだ。
「き…木野又さんやめ…て」
「き~の~ま~た~さ~ん~!?」
圧迫が強くなる。何か僕は悪いことでも口走ったのか?否、断じて否!そんなことは一言も言ってないぞ!勘違いに違いない。
「鈴ちゃん~」
と呼んでほしいのか…。僕の頭はもう割れそうだ。
「り…リンちゃ…ん…もう許し…て」
「よろしい!」
すっと腕の力の力が抜けて、僕に自由が取り戻される。
抱きついてきた鈴ちゃんの腕は黒志木さんと同じに、無花果の香りがした。
「てて…もう、いきなり…なんなんだ…?」
「えへへ~…だって、たっくん黒志木さんのことばかり見てるからさ…」
「べ、別に変な感情で見てたわけじゃないよ…?ただ何となく…」
僕の口は変に軽いらしく、考えてもいない言葉をいいそうになって口を閉じた。
「何となく…何?」
「それは~…そういえば、みんな香水でもつけてるの?」
「ごまかすな!」
右手で少し小突かれる。愛らしい表現だなぁ…。
「でも、香水って何のこと?そんなのみんなつけてないよ?」
「…え?でも今日、みんなから無花果の香りが――――――――――」
「…ッ!!」
鈴ちゃんが僕の体から飛び退く。悲痛な表情を浮かべながら。
僕の戸惑った顔を見てとると、必死に作り笑顔をした。
「あ…なんかごめんね?気悪くしたカナ…?」
「いや…こっちこそ変なこと言ってごめん。」
意味もわからないまま僕は謝った。家庭事情とかには深くかかわらないほうがいいのだが、これは何か違うようだった。
「じゃ、じゃあ、私はこれでバイバイするね!明日も学校ちゃんと来るんだよ?今度はこの町をゆっくり案内してあげるからさ!」
笑いながら言う彼女はなにか必死だった。僕はそれを察してわざとと明るくふるまった。
「うん。じゃあ明日、案内よろしくね!」
「う、うん!まかせといて!ばいばい!!」
お昼だというのに、夕焼け雲を連想させてしまうような焦燥感。
なんだろうか、何かを隠して様な素振りだった。僕はこのもやもやを少しでも消すために近くの喫茶店に立ち寄った―――――――――――――。
いちじくとざくろ…あなたどちらが好みですか?