第1失「思想無花果」
本作品は多々グロテスク、ミステリアスな文章が入っています。
話の内容が深いこともあり、理解しづらい部分もあるとは思いますので
できるだけ心臓の弱い方はお控えください。
夏も、もうすぐ終わりを迎える。
蜩のなく声が油蝉の鳴き声と混ざって、悲壮感を漂わせる9月の下旬。
なぜかこの魍魁町は他の地域と違って少しばかり
季節の分かれ目が遅いそうだ。
僕は1日前にこの町に引っ越してきた、神下 卓。
訳ありで、この町に引っ越すこととなった。その訳というのは、家族喧嘩。
うちのお父さんは甲斐性ナシで、とうとうお母さんに呆れられたというところだ。
そんな、日曜ドラマのような展開にも限らず、当のお父さんは
のんびりといつもと変わらない様子で、少し苛立ちも覚えた。
そんなところで、前振りもここで終わりだ。
僕は明日のために、いろいろ準備をしなきゃならない。
僕が引っ越してきたのは土曜日。今は日曜日。
明日は当然学校だ。高校生の僕にとって学校なんて、社会行事の一環。
行っても行かなくても、何も変わらない。だが、行かなかったら
出席日数も心配になるので、前の学校でも毎日行っていた。
それでも僕は相当頭の悪い部類に入るらしいので、いい学校になどは入れない。
その理由もあってか、都会と田舎の中間ぐらいの発展途上の町。
魍魁町の学校に自動的に転入することになる。
僕は大体の教科書を鞄に詰めると、一息ついて
PCの横にある、炭酸飲料を飲みほした。
そんなシュワシュワとした娯楽に浸っていると、デスクトップ上に一通の手紙が
届いた。マウスのポインタを走らせ、受信箱をクリックする。
内容はこうだった――――――。
『神下 卓様。
このたびは、ご引っ越しおめでとうございます。
卓様宛に、お祝いの品をお送りしました。
どうぞ、ご家族の皆様でお食べください。
質素な文ですみませんでした。
では。 魍魁町会長』
丁寧な文章で、とてもデジタルで書いたのかを疑ってしまう
程の敬語だった。しかしこの文には一つおかしな点があった。
“会長”まで書いたのに、名前が記されていない。
本当のところなら、文章の最後に名前を付けるか何かするだろう。
でも、それは“魍魁町会長”としか書いてなかった。
大方、忘れてしまったのだろう。
文章からして老人のようだったし、人間ではありえることだ。
さっそく僕は自室を離れ1階へ向かう。
どうも、この家の構造は覚えづらい。自室は2階。居間も2階。
なぜか、前の家とは違う点が多すぎて困惑する。
郵便物が届いてないか、ポストを確認しようとすると
足元に何かあたる。小さな段ボールだった。でも、持ち上げてみると
しっかり重みがあり、それが果物だと匂いでわかった。
「へぇ…こんな田舎離れしているところでもこういう交流はあるのかぁ…」
どことなく新鮮さを感じながら、玄関をくぐり
父さんと妹を呼んでくる。
「お~い!届きものがあるんだけど~!!」
すぐに父さんが、自分の部屋から出てくる。
眠そうな顔を浮かべ欠伸までしている。父親らしくない気だるさだった。
「なんだ卓か…あのなぁ、父さんは仕事疲れしてて眠いんだから、もうちょっと穏便に起こしてくれよ…」
僕は盛大にため息をついた。
この父親を穏便に起こすことなど不可能なのだ。
この前、前の家では布団を蹴ちらして会社に行かせたのだ。
そんな奴を穏便になんて…考えるだけで無駄だ。
これ以上脳にしわを作っては、パンクする。
「…どう…したの…?お兄ちゃん…」
お父さんと違い、ちゃんとした対応をしてくれる妹の鈴菜。
中学2年生の清楚な妹。自慢したくなるような顔立ちだ。
世間から見ればこれはシスコンなのだろうか?
否。これは立派な兄妹愛。兄としての愛情思想だ。
でも、僕がさっき言った「届きもの」の部分は記憶からはがれていた。
というより聞いてなかった、と言ったほうが正しい。
「なんか、この町の会長…さんかな?
その人から祝いの果物をもらったよ。」
その言葉と同時に2人の家族の目が輝く。
「なんだと!なんでそれを先に言わなかったんだ卓!
父さんはこれでも腹ペコなんだぞ?」
さっきまでのげんなりとした様子はどこへ消えたのだろうか。
僕の右手の段ボールを凝視してくる。
僕がお父さんに、段ボールを差し出すと食らいつくように
奪い取り、中身を確認し始めた。父親としては惨めな姿を見るのは酷だが
鈴菜の恍惚としたうっとりとした表情を見たらそれも安らぐ。
「おっ、これは無花果じゃないか?」
「イ…チジク…?」
鈴菜の頭の上に?マークが浮かび上がる。
僕が前住んでいた町では無花果なんて、ほとんど食わないからだ。
鈴菜はその存在自体知らなかった様子で戸惑いの目を僕に向けてくる。
「イチジクっていうのは“無花果”って書くんだ。
花が無い果物って書いて無花果。
でも実際は、薄紅色の花が実に咲くんだけどね。」
「…へぇ…お兄ちゃんって…物知りなんだね。」
しまった。妹の前にも関わらずつい饒舌になってしまった。
指でジェスチャーまでしちゃったし…さすがちょっと引かれるかもしれない。
「そんなことはおいといて、とっとと夕飯にしよう!
もう、我慢できないよ。今日のおかずはなんだい、卓?」
僕を下僕か執事か勘違いしてるのか知らないが、言い方がムカついたので
今日の夕飯の父さんのおかずには、ワサビとからしを混ぜてやった。
無花果は甘く、なんともおいしかった。父さんに訊くと
この地域の名産なのだそうだ。無花果は確かに
秋に実がなるから、食べごろなんだろうけど
すごく熟していて実になりたてとは思えないほど
甘かった―――――――。
辞書でいろいろ果物の種類を調べた結果がこうでした。