最終話 卒業式
今年は開花が早く、3月の下旬には五分咲き程度だが桜が咲いていた。
その中学校でも、桜の木の下で、校舎から出てきた卒業生たちが、別れを惜しむ姿が見える。
「ついに彼方たちとも離れ離れかー。寂しくなるなー」
「5人全員、バラバラになっちまったからなあ」
「スポーツ推薦で私立、工業高校、進学校の県立、私立、極めつけは芸能事務所に入って東京へ、なんてヤツもいるからな」
「可愛いアイドルの紹介オナシャス!」
「んなヒマあるかよバーカ」
深緑の筒を持った男子の卒業生5人組が話しているところへ、女子の卒業生4人組が近づいて話しかける。
「彼方ー!」
「お、奥さんのお迎えだ」
「今なら言える。リア充、爆発しろ」
「村田君はずっと言ってたじゃんねー」
「何度でも言いたい言葉ってあるじゃん?」
「もっといい言葉にしなよー」
わちゃわちゃと楽し気に笑いあう少年少女たち。
そんな彼らに近づく、一人の、別の卒業生の少女。少し硬い表情で、一人の少年に話しかける。
「須藤君、卒業おめでとう」
「ああ、近藤さん、卒業おめでとう」
「ありがとう。春日さんも、おめでとう」
「・・・うん、近藤さんもおめでとう」
「あれ、その髪留め・・・」
少年に話しかけた硬い表情の少女は、小さな蝶の形の髪留めを付けていた。
それは綺麗な色合いの髪留めだったが、年頃の少女が晴れの日に身につけるには、いささかチープさを感じさせるものだった。
「変・・・かな?」
「いや、似合ってるよ。懐かしいな、それ。保育園のクリスマスプレゼント交換会に俺が準備したやつだろ?」
「覚えて、るんだ・・・」
「ああ。誰の手に渡るか分からんかったから、必死で選んだ覚えがあるからな。今思うと、男子に渡ったらどうするつもりだったんだって感じだけど」
「ふふ、言われてみたらそうだね」
苦笑する少年と少女。
その隣の、少し背の低い少女は、黙って2人のやり取りを聞いている。
「でも、大事に使ってくれてるんだな。ありがとう」
笑いかける少年。
「・・・ううん、お気に入りだから。・・・じゃあね、須藤君。・・・双葉ちゃんも、またね」
「! うん! ・・・またね、コンちゃん・・・」
何かを堪えるように、顔をくしゃくしゃにする背の低い少女。
背を向けて足早に歩き去る蝶の髪飾りの少女。
背の低い少女の頭を撫でる少年。
「・・・さ、帰ろうぜ。母さんとおばあちゃんに声掛けたら、今からこの面子で卒業カラオケパーティだぞ」
「うん・・・」
少年は背の低い少女の肩を抱き寄せ、耳元で囁く。
「明日から春休みだから、めいっぱいイチャイチャできるな」
「・・・うん!・・・彼方、大好き!」
彼らを少し離れたところから見守っていた友人たちは笑い合う。
「将来、同窓会とかで会っても、あいつらあんな感じなんだろうなあ」
「あの2人を見てると、彼氏が欲しくなるなー」
「あそこまでのラブラブバカップルになれる自信はねーよ」
「すごく素敵な、いいカップルだよね!」
背の低い少女は、少年と腕を組み、優しげに笑う家族と合流する。
さや、と吹く風が、桜の花々を揺らし、彼らを見送るのだった。
<終>