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幼馴染との距離の詰め方  作者: 広晴
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第19話 俺たちのバレンタイン


 もちろん双葉からは毎年バレンタインにチョコを貰っていたわけだが、それはあくまで義理チョコという意識だった。(のちに小5くらいから本命だったと聞かされたが)

 中2の今年はあらゆる意味で間違いなく本命チョコである。

 正月に実質的に婚約した俺は、なんならこれから死ぬまで本命チョコである。俺は勝ち組になった。


 しかし不安はある。

 それはクリスマスが良い例であるが、『昨今やや暴走気味な双葉がチョコというくくりに縛られるだろうか?いやない』ということである。

 別の意味で『双葉が縛られてくる』かもしれないまである。そこまでは予測して覚悟は完了しているが、それ以上を双葉が持ってきたとき、俺は恋人として適切な対応ができるのか、そこが不安である。

 こればかりは愛の知将にも親にも相談できない。

 俺の抱えるこの不安は、『双葉使用券』を見せなければ伝わらないだろう。つまり誰にも相談できない。


 とはいえ、暴走して我に返って恥ずかしがる双葉は、他の何に例えようもないほど可愛い。『双葉使用券』を書いた本人に見せながら、「これはどういう意味なの?」とニヤニヤしている俺に質問されているときの双葉は、決して誰にも見せられないくらい可愛い。

 だから、初手の反応で双葉を傷つけなければ、それであらかた問題ない。何があっても、双葉のチョコ(あるいはチョコに似た何か、もはやチョコではない何か、メタファーとしてのチョコなど)を笑って受け入れれば良い。

 そう、思っていた。



 バレンタイン当日の中学校の教室がどういうものであるか、説明は不要だと思う。

 うちの学校は羽目を外しすぎなければ、細かいことは目こぼししてもらえる。

 いつも騒がしいグループの連中は男女ともこれ見よがしにチョコの受け渡しを行ってマウントを取ろうとし、それでいながら、そのグループの男連中は他の見目好い女子からも貰えないかと期待しているのが見て取れる。

 その目立つグループ以外の男子も、受け渡しがないだけで、そわそわしているのはまあ似たようなものだ。


 そんな中、俺たち5人組は比較的平静である。

 朝一に双葉を含む4人組の女の子たちから義理チョコを貰ったからだ。

 主に村田を大人しくさせるために、予め双葉経由でお願いしていたのが功を奏したが、ホワイトデーのお返しについては早めに5人で相談しておかなければならない。


 放課後、そわそわしながら無意味に、失礼、期待を込めて教室に長居する男子連中を背に、俺たちは教室を出た。

 部活に行く連中と別れ、下駄箱に着いた時、ソレが目に入った。

 俺の下足の上に、赤い包装をされた箱が置かれていた。

 まさか双葉か?と思わず振り向くと、双葉は数歩向こうで『スンッ・・・』という擬音が聞こえそうな無表情で赤い箱を見ていた。

 ああ、うん、双葉からじゃないよな。

 こういうアクシデントは予想してなかったなー・・・。

 井上は毎年恒例という風情で自分の下足入れにも入っていた箱を鞄に入れながら、「あちゃー」っていう顔をしている。有川さんも向こうで「あちゃー」って顔をしている。


「あー、双葉さん?」


「なに?」


 おお、圧がやばい。あのおばあちゃんの血を感じるぅ。


「これって、どうしたほうがいいと思う?」


 そう聞くと、双葉からの圧が和らぎ、口元に手をあてて少し考えていた。


「・・・ひとまず受け取って、うちでいっしょに開けようか」


 良し。とっさに『2人の問題』にした俺、GJ!


「おっけ。見られる前にさっさと帰ろう。じゃあな井上、有川さん」


「ああ、うん。また明日」


「ま、またね姫。落ち着いてね」


「・・・うん。珠ちゃん、井上君、また明日」


 双葉さんになんとなくビクつきながら別れる俺たちだった。



 いつもの春日家の離れで問題の箱を開けると、中身は丁寧に包装された、けれども手作りであることを感じさせるガトーショコラだった。それとメモ書きのような小さな手紙が1枚。


『須藤彼方さんへ 中学に入学してから、ずっと好きでした。良かったら食べてください。春日さんとお幸せに』


 差出人の名前は無い。

 俺と双葉はしばし無言でガトーショコラを眺めていたが、意を決して口を開いた。


「・・・なあ、双葉。これ少し食べてみていいか? 変なものが入ってたらアレだから、俺だけ食べてしばらく様子をみる感じで」


「・・・うん。そう言うと思ってた。大丈夫そうだけど、一応、気を付けてね」


 双葉は念のため、水と吐き出すための屑籠を用意してくれた。

 指先で軽くつまめる程度の欠片を取って、変なにおいがしないことを確認してから口に入れてみる。


「・・・美味しい」


「・・・そう」


 そのガトーショコラは甘すぎず、ちょうどいいくらいの苦みがあり、少しアルコールの香りがして、とても美味しかった。

 俺の腕にひっついた双葉に心配そうに見つめられながら、30分ほどそれ以上食べずに様子を見たが、特に異常も無かったので2人で少しずつ食べることにした。

 食べながら、上目遣いで俺に尋ねる双葉。


「彼方はさ・・・この子のこと、気になる?」


「んー・・・気になるっちゃなるけど、知らない方がいいかな」


 実際、こういう『もろ本命』のチョコを貰ったのは初めてだ。男として嬉しいのは間違いない。

 ただ、手紙から察せられる贈り手の娘の心情を考えると、俺からこの娘にしてあげられることは、何もない。仮に差出人が分かったにしても、何もしてはいけないように思う。

 だから知りたくない。

 このチョコは、その娘にとってのケジメみたいなもので、もう終わってしまった何かなんだと思う。


「俺には双葉がいるからさ。双葉からのチョコがあれば、それ以上は俺の手には余るよ」


 そう言いながら、眉をハの字にした双葉を抱き寄せ、おでこにキスをした。


「・・・なんで、おでこ?」


「眉間のしわがとれるかなーと思って」


「・・・唇の方がとれる」


 俺は何も言わずに唇にもキスをした。

 ちょっぴりガトーショコラの苦みがして、少しだけ複雑な気分だったが、双葉の味だけになるまでしっかり大人のべろちゅーを堪能した。

 ・・・ごちそうさまでした。

 さて気持ちを切り替えよう。


「ところで俺の恋人からのチョコは?」


「・・・ん、ちょっと待ってて」


 双葉は離れの冷蔵庫から包装された薄めの箱を持ってきた。


「手作りは失敗したから、既製品のチョコでごめんね。・・・なに、その顔?」


「ああ、いや。普通のチョコだな、と思って」


 てっきり体にリボンだけを巻いた双葉が「ボクを食べて♡」と来るんだと思ってたから、普通過ぎて逆にかなり意表を突かれた。


「一応ね、チョコレートフォンデュを考えてたんだ。けど、ボクの体に塗ったチョコを食べさせるのは、ちょっと不衛生かなーって思って止めました」


「・・・ん?」


「ん?」


 『なにかボク、変なコト言った?』って顔の双葉と見つめ合う。

 やっぱり俺の恋人はちょっと暴走気味で、けどそこがまた可愛い、と再認識したのだった。


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