雲の行方
自由に身動きできない。
集中豪雨に見舞われ、駅で停車した特急列車で、オレはそんな憂き目に遭っている。
小学校時代の旧友と旅に出ていたオレは、帰路の特急で足止めを喰らった。降り続く雨が音を立て、雨粒が窓に滴る。クーラーが役立たずなのか、狭い車内は蒸し暑い。
この豪雨が止まない限り、特急は駅から出発しないとのこと。地方のどこだかわからない田舎駅で、しばらく待ちぼうけ。
「…………」
四人掛けシートの窓側に座るオレは、左手前に座る十代半ばの少女を見る。別に下心じゃなく、邪魔くさい体勢を取り続けているから。黒髪で灰色のワンピース姿の少女は、大根足をオレの左側の席に乗せている。ただでさえ車内は狭く、四人掛けシートはさらに狭苦しい。少女の靴先は、背もたれについている。親のしつけはよほど適当だったらしい。少女はまったく気にしていない。
そんなわけで、オレはトイレにも立てない……。向かい側に座る旧友はスマホに夢中で、まったく気にしていないご様子。
そして、少女の足はオレのそれに触れている。オレはデニムを履いているが、感触は確かに伝わってくる。あらぬ疑いをかけられないかと少々怖くなったが、少女はまったく気にしていない。
少女はスマホに夢中で、何か面白い画像でも見つけたのか、たまに体を揺らす。その度に足が擦れ、こそばゆいような感覚を覚える。こんな状態なので、オレは下手に身動きが取れない。厄介な子だ。
早く雨が止み、特急が目的地に着けば、気まずい思いを脱せるのに。とりあえず今は、尿意を催さないよう祈るばかり。
「それじゃ!」
突然、少女がオレに言った。オレがどう返すべきか迷う内に、少女は消失した。いや、正しくは瞬間移動したのだ。
少女は車内から車外にいた。線路沿いの草地に一人立ち、オレのほうを見ている。雨の中、少女は傘を差していないが、平然と笑みを浮かべていた。
窓や雨で自分の声は届かないと考え、オレは手を振った。少女は友人でも知り合いでもないが、このまま無視は良くないと思ったのだ。
「また!」
少女は確かにそう言った。天然水のように透き通った声だ。
そして、少女は再び消失する。今度は瞬間移動でなく、どこにも現れない。車内を見回しても、反対側の窓を覗いても。
これで過ごすやすくなったはずだが、オレは素直に喜べない。
「おっ」
「やっと止むな」
旧友や他の乗客が口々に言う。彼らは窓に密着し、外を伺っていた。
雨は勢いを弱め、止みつつある。この分だと、列車はじきに走り出すだろう。
「ううっ……」
車内のどこかで悲しげな声がする。そっと立ち上がり、声のほうを伺った。
何人かの男女が、たちまち変わる空模様に涙していた。夢中で写真に収める者もいる。大空の変わり様は確かに劇的であり、涙もろいと彼らをバカにする気は起きない。
オレは気分転換にホームへ降りる。発車ベルが鳴ればすぐ乗れるよう、特急列車のそばは離れない。ホームの屋根のない部分まで歩き、大空を見上げた。周りに人影はない。
僅かな雲が漂うだけの青空が広がる。さっきまで豪雨を降らせていた積乱雲は、もう東の彼方だ。あれだけの雲がつい先ほどまで頭上に浮かんでいたとは。
……ふと気づけば、涙を流していた。一粒か二粒の涙を頬に感じる。小雨だが雨は雨だ。なぜ涙を流したのか? 荷物を手に帰りやすい好天に恵まれたのに。オレも空模様に感涙したのか、いや違う。
答えは単純じゃない。今の気持ち同様、複雑なのは確かだ。