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顔の良さが生命線の男達

顔が良い幼馴染みとお世話係の私

作者: 東條

 私の幼馴染みは馬鹿だ。髪はボサボサ、裾が擦りきれ辛うじてローブと呼べなくもない布をまとい、怪しげな実験を繰り返す。毎日毎回声を掛けなければ、風呂はおろか食事さえ疎かにする程度に魔術馬鹿だ。

 あまりに小汚ないので、そのうち新種のキノコでも生えちゃうかしらと冗談交じりに注意したことがあった。ちゃんとお風呂に入りなさいよ、とも。するとこの馬鹿、ハッとした顔になったかと思えば、「コンタミネーション?!」などと訳の分からないことをのたまわり、あっという間に体を清潔する魔術を開発してしまった。そうじゃない。

 

 ちなみに身綺麗にした幼馴染み───ユエインの容貌は、曰く夜空を思わせる黒髪に星の煌めきを集めたようなヘーゼルの瞳、鼻筋はスッと高く、淡く色付く唇はなんともいえない色気がある。上背もそれなりなことに加え、研究ばかりで外にでない肌は抜けるように白く鑑賞するにはこの上ない極上の男、とのことだった。






 私達のはじまりは、それこそ生まれた時からである。なんのことはない、家がお隣だったのだ。



「みてみてユエイン、きれいなトンボ!」


 

 活発な子供だった私は、ユエインをよく連れ回していた。



「ほら、触ってみなよ」


「やだ」


「大丈夫だってば」


「こわいからいや」



 イヤイヤ言っても決して離れず、後ろをちょこちょこ付いて回られたものだった。

 昔から人見知りをするユエインは、唯一私にべったりで、何をするにもおっかなびっくり。ひとりでいると所在なさげな暗い顔が一転、にぱっと笑って駆け寄る姿はとっても愛らしい。そう、とてもとても可愛かったのだ。

 当時はキラキラのガラス玉よりも流行りのお人形よりも、私に懐くこの可愛い可愛い幼馴染みを過剰なくらい愛でていた。


 慣れとは恐ろしいもので。この頃から私がユエインをお世話する、ユエインは私にお世話されるという関係が出来上がってしまっていた。


 幸か不幸か、互いの両親にとってもこれは当たり前の光景となり、ありあまる才能から王都一の魔術学校への推薦を得た彼のお世話係は迷うことなく私に決まった。

 というのも、寮があれど未だ人見知りなユエインは「他人と住むなんてやだ」と近くに部屋を借りて通う宣言をした。けれど、冒頭で述べた通り、彼には壊滅的に生活力がない。故に家事全般を担う存在が必要となるのは自然な流れだった。

 今考えると、突然、彼の母親から「リーフェちゃん、入学式だけど来月の6日みたい。それまでに必要な物は入学案内にリストがあったから、このお金で用意してあげてね」とナチュラルに託され、疑問に思うことなく従った私も私だったのだけれど。


 そんなこんなが卒業後も続いてしまい、結婚適齢期真っ只中の男女が同じ屋根の下、二人っきりで暮らしているという可笑しな事態になっている。



「ユエイン、起きて。はい、顔洗いに行くよ」


「ん」


「はーい、まだ水冷たいよ。気をつけてね」


「ん、んんっ」


「良くできました。はい、顔拭こうね。起きたよね」


「……おはよう」


「はいはい、おはよう」



 幼馴染みは朝に弱い。遅くまで薬品を調合したり術式を研究したりで、そのまま寝落ちてしまうらしい。書類やらビーカーやらが乱雑に置かれたテーブルが朝の定位置。充分な睡眠は取れているのかいないのか。使われた形跡の殆どみられないベッドが少し不憫に思えてしまう。



「今日は買い物してこようと思うけど、夕飯のリクエストは何かある?」



 朝食のサラダをフォークでザクザク刺していたユエインは、こちらを一瞥するとすぐに作業を再開した。



「ない」


「そう?」


「リーフェのご飯、なんでも美味しいし」



 隠しきれない言ってやったぞ感溢れる顔で、ちらりちらり。無駄に造形が整っている分、いくつになっても可愛いから困る。



「じゃあ山盛りのサラダにしてあげよう」


「ハンバーグが食べたいです」



 即座に撤回する様は情けない筈なのに、相も変わらず愛くるしい。が、そう思うのは私だけらしい。

 例えば久しぶりに会った故郷の友人に、いかにユエインの可愛さが増しているかを訴えた時も「可愛い?格好良いだとか綺麗ならまだしも……」と本気で首をかしげられてしまった。

 私としては苦手な野菜をこれでもかとつつき回して漸く観念したように口へ運ぶところや、ハンバーグにすりおろした人参がたっぷり入っている事実に未だ気が付かないところ、デザートのプディングにへらっと笑うところなど挙げればキリがない。顔が整っている分綺麗ならまだしも、格好良さとは対極に位置する男とさえ思っていた。








 格好良い、といえば宮廷魔術師のクロード様のような人を言うのだろうな。と、生け垣の向こうにちらりと見えた姿へ思いを巡らす。

 噂によるとお貴族様の彼はまさに頭脳明晰、容姿端麗、女性の扱いもお手の物とのことだった。優秀な魔術師の中でも一握りしかなれない宮廷お抱えのポジション、華やかな顔立ちに自信に満ち溢れた言動、今まさに複数の女性にキャッキャッと囲まれているご様子。なるほど、天は気に入った者へ二物も三物も与えるものらしい。


 キラキラしい集団を横目に、私は再びジャガイモの皮剥きへと没頭した。村から出てきた私はユエインと同じ学校へ入学出来る訳もなく、大多数の田舎から来た娘と同じように働きだした。

 たまたま王宮の下働きをする人達のための食堂で働けるようになったのは僥倖だったと思う。五年程前から、野菜の皮剥きに配膳、皿洗い、備品の補充など雑用を担っている。ピークは目の回る忙しさなものの、賄い付きに加え、比較的早い時間に帰宅させてもらえる環境は正に天国だ。給料はそれほど多くないものの、慎ましく暮らせばギリギリ二人分の生活費が賄える。


 月に一、二度だけ心底嫌そうに外へ出るユエインに稼ぎは期待出来ない。というより、日々楽しげに研究に没頭する彼へ、なんでも良いから仕事を探してこいとはとてもじゃないが言えなかった。

 ひょろひょろの体では力仕事は無理だし、例え頭脳労働であっても相変わらずの人見知り。他人と会話して、協力して、滞りなく作業が出来るとは正直思えない。そもそも彼の才能と並々ならぬ努力を誰よりも知っていたし、だからこそ、その道で活躍する未来を誰よりも夢見ているのかもしれなかった。


 有名な魔法学校を卒業した者は漏れなく立派な就職先があるとばかり思っていた私は、やはり田舎者なのだろう。

 何か実績がなければ駄目なのか。それなら、以前ユエインが片手間に開発した体を清潔にする魔術は、騎士の間で不可欠になるほど重宝されていると聞く。引く手数多でも可笑しくはない。むしろ魔術の開発料的な、なにかしらの報酬があっても良いのではとさえ思ってしまう。


 となると、平民という生まれのせいなのか。







 考え事をしてる間にバケツ一杯の皮剥きを終え、自分の成長に少しだけ胸を張りたくなった。最初は今の倍の時間で、しかも分厚く剥いてしまっていたから。

 とはいえ、ちらり視線を右にずらせば皮剥きを待っている芋達は山盛りのバケツ五杯とまだまだ序の口。思わずこぼれる溜め息に被さるように、手元へと影が差した。



「やあ、今日も精が出るね」



 右手を軽く上げながら声を掛けてきたのは、騎士のロイドさんだった。騎士の方々の食堂は別にあるのだけれど、ここは訓練所から向かうには近道らしい。裏口の段差に腰掛けて何かしらの皮を剥く私と彼は三日に一度くらいの頻度で顔を合わせていた。



「こんにちは、ロイドさん」


「いつ見ても果てしない量だね」


「ええ、数百人分となるとどうしても」


「凄いよなあ」



 ちなみに清潔にする魔術が騎士の間で有り難く使われているという話は彼から聞いた。

 貴族の三男だか四男だかのロイドさんは騎士の中でも所謂下っ端らしい。だからなのか、身分の差を感じさせることもなく初めから気さくな態度で接してくれる。



「これを一人でやるなんていまだに信じられないよ。無理はしないでね」


「でも仕事ですから」


「そんな風に一生懸命な君も素敵だけれど」


「はあ、有難うございます」



 そうして、二言三言交わす間、最近感じるようになった物言いたげな視線に居心地が悪くなった。

 意味もなく左手に持ったジャガイモをくるくると回して弄ぶ。と、彼の視線もそれにつられ、次いで手元をまじまじと眺めているようだった。



「前から思っていたけれど、リーフェちゃんって綺麗な手だよね」



 これには思わず苦笑した。そして、仕事について早々、ぱっくりひび割れてしまった指先に気づいたユエインのまんまるおめめを思い出す。


 確か夕飯を食べていた時だった。何気なく視界に入ったのか一度は食事に視線を戻し、たっぷり間が空いた後、これでもかと目を見開いて私の手を凝視した。



「それ、どうしたの」



 始めは何を問われているのか分からなかった。というのも、あまりに大きく開かれた目にびっくりしたからだ。そのままスープにこぼれ落ちてしまうんじゃないかと本気で心配になり、質問は右から左へ聞き流してしまっていた。

 


「……リーフェ、その指、どうしたの」



 伝わらなかったことが伝わったのか。今度は眉間と口元に力を入れたユエインに見咎められる。慌てて、食堂で下働きできるようになったこと、水仕事も多く荒れてしまったことを話した。

 よくある話だと思うのに、ユエインは大層痛ましい表情を浮かべていた。

 そして数日後、乳白色のクリームが詰まった小瓶を差し出してきた。加えて、私の手をとると、優しく包み込むように塗り込んでくれたのだった。



「まだ試作段階だけど。何もしないよりずっとましになると思うから」



 その日以来、寝る前に一言声を掛け、クリームを塗ってもらう習慣ができた。

 効果の程を観察するためと分かっていても、熱中している研究をわざわざ中断し、隅々まで丹念に塗ってもらう行為はいまだに胸をざわつかせる。卓上ランプの頼りない灯りの中、伏せられた睫毛の影。じんわり温かい指先。


 改良に改良を重ね、数年経った今では、まるでどこぞのお嬢様のような手だ。どうにも苦笑が漏れる。



「よく効くクリームがあるもので」



 お嬢様になんか会ったこともないけれど。







 ◇◆◇◆◇




 その後、黙々と仕事をこなして無事に帰宅すると、居間のテーブルにユエインが突っ伏していた。椅子の背もたれには比較的小綺麗な外套が掛かっており、珍しく外に出た日のようだった。

 何の用かは知らないけれど、外出した後は決まって力尽きていることが多い。



「ただいま」


「……おかえり。あー、たすかる」



 ことり。自分の分を入れるついでにと、お砂糖たっぷりのホットミルクを差し出せばいそいそと飲み出す。寝ぼけ眼に赤い痕がついた額を晒しているにも関わらず、つい笑みがこぼれてしまう。顔が良いってすごい。間抜け面も愛くるしく思えるふしぎ。



「そういえば手紙届いてたよ」



 腕で下敷きにしていたのだろう、少し皺の寄った手紙を渡される。 珍しいもので、送り主は父だった。


 当たり障りのない文面───仕事の具合や体調を気遣うことに始まり、飼い犬が五匹の子供を産んだこと、近所の誰それが嫁に行ったこと。そして、『お前の花嫁姿はいつ見られるんだ』というような内容で締め括られていた。


 これにはガツンとやられた。王都での暮らしにすっかり馴染んで忘れていたけれど、田舎の娘は結婚が早い。村では既に行き遅れと思われても仕方のない年齢になっていた。



「……リーフェ?なにか良くない事、書いてあったの」



 よっぽど酷い顔をしていたのだろうか。気遣わしげなユエインの表情に、どうにか口角を引き上げる。



「ううん、そんなことないよ。今年は麦の育ちが良いみたいだし、近所のサリアちゃん覚えてる?あの子がお嫁に行ったんだって」


「そうなの?でも……」



 それだけじゃないでしょと言いたげにじっとり見つめられ、じんわり汗が滲み出る。殆どまばたきもしないその姿は妙な圧があり、どうにも居心地が悪く、例え潔白であっても何もかも自分が悪かったと懺悔したくなるような圧倒的な美しさがそこにはあった。普段は無造作に跳ねている髪を丁寧に撫で付け、そのご尊顔を晒しているから余計だ。唾を飲み込む音が、やけに大きく響く。



「その、いつ結婚するんだ、って」


「え?」


「もうこんな年でしょ、だから心配みたい。選り好みしてないで、まずはこの前告白してくれた騎士様とでもお付き合いした方が良いのかなぁ」


「はぁっ?!」



 驚愕の叫びと共にユエインは勢いよく立ち上がり、弾みで椅子を蹴飛ばしたのか酷く大きな音を立てた。

 呆気に取られた私は、そうしたらユエインが心配だけどもう一緒に暮らすのは難しいね、と続けようとした言葉を思わず呑み込んでしまった。



「僕たち結婚してるようなものじゃなかったの?!」


「えっ」



 何か信じがたい言葉を聞いた気がする。



「だから……僕たち、結婚してる、ようなものじゃあ、なかった?」



 殆ど理解できなかったことが伝わってしまったのか、咎めるような視線を向けたユエインは、ゆっくりと、ご丁寧に細かく区切りながら、改めて私に問いかけてきた。いや、微かに語尾が上がってはいたものの、問うというより言い聞かせるような口振りだった。



「えっと、初耳なんだけど……?」


「じゃあ僕たちってなに」



 矢継ぎ早に質問を投げ掛けるユエインが怖い。完全に目が据わっている。



「何って、ただの同居人では」


「どうして」


「どうして?だって特に恋人っぽいこと何もなかったじゃない」



 聞くや否やユエインはへなへなと座り込もうとするも、椅子が倒れていたためあえなく失敗し、テーブルの下へと消えていった。次いで、あーだのうーだのに濁音の混じった呻き声。

 私が悪いのだろうか。心当たりはないが、あまりの落ち込みように罪悪感が頭をもたげる。



「 ……確かに婚姻届け出してなかったけど、卒業後も一緒に住んでくれるし、僕のこと大好きって言ってたし」



 ひょこりと鼻から上だけ現したユエインの瞳は、これ以上ない程潤んでいた。こんな状況でなければ、なでなでしたものを。



「そりゃあ、小さい頃は言ってたけど」


「今は?今は違うの?」



 私はこの顔にめっぽう弱い。しょぼくれた捨て犬のような眼差しは、けれど、捨てるなんて許さないといった剣呑な雰囲気も併せ持っており、どうにも心を掻き乱す。



「……今も大好きだよ」



 つい、言うはずのなかった言葉が溢れた。

 するとあっという間にテーブルを吹き飛ばしながら自らも飛び込んできたユエイン。そのままぎゅうぎゅう抱き締められる。



「僕もだよ、リーフェ!!」



 ちなみに飲みかけのマグカップは派手な音を立てて割れていた。大惨事では。







 ◇◆◇◆◇




 その後の話をしよう。


 想いを確かめ合った私達は、すぐさま婚姻届を提出しに行った。後日でも良いんじゃないかと思わないでもなかったが、全ての手続きが完了した際のユエインといえば、あまりにご満悦な様子。やって良かったと密かにキュンとしてしまった。


 また、私が仕事を続けるか否かについて話し合った。これは口説かれていた件が余程嫌だったそうで。

 私としては仕事をやめたら生活費をどうするのか心配で仕方なかったのだけれど、ここでも二人の間に思い違いがあったことが発覚した。どうやらユエインは、ずっと自分が養っているつもりでいたらしい。

 手を引かれ連れていかれたのはユエインの部屋。ドアのすぐ横に大きな瓶が置かれるようになったのはいつ頃からだったか。私の腰まであるその瓶の中を初めて覗き込めば、紐で口を縛った布袋がいくつも押し込められていた。不用心にも程がある。

 なんとなく中身に当たりを付けながら手に取ると、思った以上にずしりと重い。恐る恐る封を開ければ目映いばかりの金貨がどっさり入っていた。



「へやぁっ」



 間抜けな声が出てしまったが仕方がないと許してほしい。


 なんとユエインは既に宮廷魔術師として活躍していたそうで、月に数度のお出掛けは研究の報告と魔法薬の納品、給料の受け取りに行っていたとのこと。例の清潔にする魔術の他、私も使っているクリームは本物のお嬢様方にも人気の品で、稼ぎは私の軽く十数倍だった。危うく白目を剥いて倒れるかと思った。

 どうしてこんな大事な話を伝えてくれなかったのかと詰め寄れば、「言ってなかったっけ」と悪びれることなく言い放つ始末。これには腹が立ってしまって────すぐに、そうよねユエインはそういう男だったよね今更よねと思い直したのだけれど、少しだけムスッとした顔になっていたらしい。慌てふためいたユエインがうるうるのおめめでひしと掻き抱いてきたので、正直どうでも良くなってしまった。なんともお粗末、というか結果の分かるオチだった。





「リーフェ、お疲れさま」



 結局、家でじっとしているのも性に合わない私はユエインの送り迎えを条件にそのまま食堂で働き続けることにした。

 外に出るようになったからか、ユエインの顔色が以前より健康的になった気がしないでもない。



「ごめん、今日はちょっと遅くなっちゃったね。お待たせ」


「大丈夫だよ。待ってる間、リーフェがどんな風に働いてるのかみんな教えてくれて楽しかったから」



 当初、好奇の目で見られるばかりか、挨拶程度の関係性しかなかった人達からも根掘り葉掘り聞かれて参ってしまった。

 最近ではようやく収まりつつあるが、その後の反応は大きく二つに別れる。主にユエインの顔が良すぎるという理由で。


 一つ、遠くからこっそり鑑賞する者。

 一つ、少しでも目に止まろうと積極的に話し掛ける者。


 今回は後者に絡まれていたようだ。しかし、私の姿が見えた途端、ほわほわとした笑みを浮かべて駆け寄ってきてくれるのだから不安になるのも馬鹿馬鹿しい。

 自然と手を絡められ、今日も今日とて帰路に就く。



「そういえば手紙届いてたよ」



 家に着くなり渡された二通の手紙。その内の一通、見慣れた面白味のない茶封筒は、やはり父からであった。


 前回の返事に、事後報告になってしまったがユエインと結婚した旨をしたためたのだけれど、大層驚いたらしい。『まだだったの?』と。

 なんと先日の手紙の意は『いつユエインと式を挙げるんだ』というもので、もうすっかり私達が婚姻しているとばかり思っていたそうだ。変なところで面倒臭がる娘のことだから書類を出しただけで済ませているのでは、是非とも花嫁姿を見せてほしい、といった思いを綴ったつもりのようだった。なんて紛らわしい。


 また、シンプルな白い封筒はユエインのご両親からだった。こちらも結婚したことを手紙でお伝えしたのだが、その返信は『まだだったの?!』というような一文から始まっていた。既視感がすごい。

 ご挨拶にも行かず、勝手なことをしてしまったと若干の罪悪感のようなものを燻らせていたのが馬鹿みたいに、祝福に溢れたメッセージ。そして、早く花嫁姿を見せてほしいと、つい先程も見かけたばかりの内容が続く。やはり既視感がすごい。

 どうも息子のハレの姿より随分と楽しみにして下さっている熱量が伝わってきて、うっかり笑ってしまった。



「なんだか嬉しそうだね」



 声に釣られて、なんの準備もなくユエインを見てしまったことに軽く後悔する。あまりに甘やかな眼差しで私を見つめていたからだ。



「リーフェが嬉しそうだと僕も嬉しい」



 垂れていた横髪をするりと右耳にかけられ、名残惜しげに撫でられる。既に赤くなっていた顔のみならず、全身が一気に熱くなる感覚を覚えるも目が逸らせない。



「……私もユエインの嬉しそうな顔、好きだよ」



 途端にへにゃりと見慣れた笑みに変わって、ぎゅうっと抱き締めてくるユエイン。そのことに、少しだけほっと息を吐く。


 手紙には続きがあって、どうやら昔のユエインを私は人見知りの大人しい子とばかり思っていたけれど、感情の高ぶりによって周囲に風を巻き起こし滅茶苦茶にしてしまう子どもだったらしい。生まれつき魔力の高い者にはよくあるそうで、それが関係するかは分からないけれど、成長するにつれて段々他人と距離を置き、私以外は平気で無視するようにまでなっていたそうだ。

 そんな子がここまで立派に育ったのも貴女のお蔭、これからも重々よろしく頼むと綴られていた。


 捕まえられたのは、果たしてどちらなのだろう。


 私を送迎をするようになってから毎日整えられるようになった髪をサラサラと梳けば、一層強く抱き締められた。

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