4. カンニング
読んでいただき、ありがとうございます。
二人は空き教室に入り、入り口は開けられたままだ。
私は廊下に立ち待つことにする。
「リアン様、イザベラと婚約解消されると聞きました。それで、私の父が是非リアン様にお会いしたいと言っております。週末、我が家にお越しいただけませんか?」
「週末は忙しいので無理だ。それより、君がカンニングしている証拠を掴んで、今朝、学園長に提出してきた。間もなく君は呼び出されるだろう」
「な!?」
マリサがカンニング?
だからいつも二位だったの?
「わ、私カンニングなんてしてません。リアン様、酷いです」
マリサは泣きそうな声を出しながらリアンに訴えている。
「用務員にテストを盗ませていただろう。最近ではクラスメイトにも答案を売っていた」
クラスで答案を売っていたの?じゃあ、私の順位が下がったのってマリサのせいじゃないの。
「もう少し様子を見るつもりだったが、君がイザベラに余計なことを吹き込み始めたから、急いで証拠を集めた。君は退学になるだろう」
「そんな!嫌よ!」
マリサは教室を飛び出して走り去ってしまう。
なんてことだ。あんなに私の成績を責めておいて自分はカンニングしていたなんて。追いかけて文句を言ってやろうとすると腕を取られる。
振り返るとリアンが立っている。
「イザベラ...話がある」
マリサに文句を言うのは後回しだ。
「私もあります」
二人で再び空き教室に入ると、リアンは扉を閉める。
私はリアンと向き合い睨むように見つめる。
「リアン様、昨日父に会われたそうですね」
「ああ」
「父に婚約解消したくないと言われたとか?何故ですか?」
「僕は婚約を解消したくないからだ」
「だから何故ですか?私達は上手くなどいっていませんでしたよね?会えばいつも本を読んで会話もないし。お互い不本意だったはずです」
「本を読んでいたのは、イザベラがそうしろと言ったからだ」
思わぬ話をされる。そんな事を私が言った?
「私がですか?いつ?」
「10回目に会った時だ。僕の話は難しくて分からないから、会った時には好きな本を読むようにしようと君が言ったんだ」
「10回目って12歳の時ですか?」
「そうだ」
そんなことを言った記憶はないが、言ったとしてもそんな前に言ったことをずっと守っているの?というか回数まで覚えてるの?
「言ったかもしれませんが、もう時効です。それに全然会話もないし」
「僕の話は難しいと言っていたから分かりやすく説明しようと考えてる間に、君が違う話をしたり本を読み出してしまう」
「世間話くらいできるでしょう?」
「世間話ってどんな話だ?」
「...例えば、天気の話とか」
「巻積雲が現れた翌日は天気が悪化するとか?」
「...今日はいい天気だねとか、暖かいねとか、そんな事でいいんです」
もしかするとリアンは賢すぎてダメなのかもしれない。今まで全然気づかなかった。
「でも、私の成績が悪くて恥ずかしいとおっしゃいましたよね?私ではやはりリアン様には合わないと思います。他の賢い方を探して下さい」
「恥ずかしいとは思っていない」
「でも確かにおっしゃいました」
「...同じクラスになりたいと言えなかったからだ」
唖然としてリアンを見ると、顔を赤らめている。こんな表情も初めて見る。
「私と同じクラスになりたかったから猛勉強させたのですか?」
「そうだ」
私はそこで思い当たる。マリサがカンニングしていたのを知っていたなら私の成績も本来の順位ではAクラスに入れていると知っていたはずだ。
「私の順位がマリサのせいで落ちたと知っていたのに、何故毎日勉強させようとしたのですか?」
「...一緒に勉強したかったからだ」
また唖然とする。この人は本当にリアンなのか?
「つまり、私が嫌ではないのですか?」
「嫌なわけがない。大好きだ」
もう口が開いてしまう。リアンを見ると首まで真っ赤だ。私も顔が熱い。おかしい。
「今まで、口に出さなくても伝わっていると思っていた。だが、イザベラとマリサが話しているのを偶然聞いて、君の気持ちが僕に向いてないと知った。だから温室に行ったり、文化祭の展示も頑張ったんだ」
「温室に行ったのは執事の提案ですよね?」
「いや、僕が考えたんだ。植物のネームプレートも君が分かりやすいように考えて作った」
あのネームプレートは庭師さんが作ったものではなかったのか。
「文化祭の展示は私が文化委員だから頑張ってくださったのですか?」
かなりみんなに迷惑をかけていたが、賞を取り今ではいい思い出だ。
「それもあるが、君の領地の役に立つと考えていたんだ」
「確かに、あの方法があれば領地の水害が無くなります。でも、そんなの言ってくれないと私には分かりません」
「そうだな、今まで言葉が足りなかった。これからは気持ちを伝えるよう努力する」
あれ?これは婚約解消しない方に話が進んでいるの?私はこれでいいのか?
「イザベラ」
名前を呼ばれてリアンを見ると、リアンは私の前にひざまずく。これはもしかして。
「君への想いを紙に書いてきた」
リアンが差し出す紙を広げる。数字の一つもない記号だけの数式が紙いっぱいに並んでいる。
「...これは?」
「つまり無限だ」
「もっと普通にしてください」
私はリアンに紙を返す。
「普通とは?」
「私を愛していますか?」
「イザベラを愛している」
「それが普通です」
「分かった」
リアンは私の手を取ると、下から私を見上げる。
「僕はイザベラを愛している。僕と結婚してください」
「あれ?ちょっと待ってください」
「なんだ?」
「もうちょっと考えさせてください」
「何故だ?」
「いつの間にこんな雰囲気に?婚約解消の話をしていたはずなのに」
「婚約解消はしたくない。これからの僕を見てほしい」
はぁとため息が出て、私は気が抜けて思わず座り込む。あんなに悩んでた日々が馬鹿みたいだ。こんな少し話しただけでリアンの本当の気持ちが分かった。
「私はあなたにふさわしくないかもしれませんよ?」
「イザベラがいい」
「私は早とちりするし、頭も良くないし、綺麗じゃないし、優しくもないし、すぐ怒るし」
「イザベラが僕の世界を広げてくれた。見えない世界を見させてくれるんだ」
「...その世界はつまらない世界ではないですか?」
「とても素敵な世界だよ」
なんかずるい。今まで全然話さなかったのに、こんなに感動させるなんて。
「では、婚約解消は一先ず延期ということで、これからお互い理解しあっていけるのか、いっぱい話をしましょう」
「分かった」
リアンは嬉しそうに笑いながら私を見る。こんな顔もできるなら、いつもしてくれたら良かったのに。
予鈴が鳴り二人で教室へ戻る。
クレアがこちらを心配そうに見ている。後で話すことがたくさんありそうだ。
先生が教室にやって来るが、今日は臨時休校になったと言われる。マリサのカンニングが公になったからだろうか。先生の顔色も心なしか悪い。
「イザベラ、リアン様との話し合いはどうだったの?」
先生が教室を出ていくと直ぐにクレアがやってくる。
「二人でもう一度やり直すことになったわ。それで今後どうするか考えていくと思う」
「そうなの。良かったわね」
クレアは安心した顔をしている。心配してくれていたのだと申し訳ない気持ちになる。
「それより大変なのよ。マリサの事なんだけど」
「マリサ?そういえばいなかったわね」
「カンニングをしていたらしいの」
「え!そうなの?なんかおかしいと思っていたのよ。賢そうには見えなかったもの」
「私も思っていたわ。それにクラスメイトにも答案を売っていたらしいの」
「なんてこと!私が必死に努力している間にみんなでカンニングしていたなんて!」
クレアは眉を上げて怒っている。私だって頑張って勉強していたのに腹が立つ。
「学園長が証拠を掴んだから、みんな処分されるわ。その為の臨時休校だと思うの」
「それでなのね。しっかり処分してもらわないと」