3. 婚約解消
読んでいただき、ありがとうございます。
テスト勉強はクレアに助けてもらいながら、いつも通り必死で頑張った。まだ婚約が解消される保証はない。
父にはテストが終わったらゆっくり話をしようと思っていたので、婚約者との契約履行のない週末に父の書斎へ行く。父はいつも忙しく、兄も学園を卒業するとすぐに結婚をして、領地へ行き領地経営で忙しそうだ。
「お父様にお話があるのですが、今よろしいでしょうか?」
「イザベラか、珍しいな。少しなら大丈夫だ。どうしたんだ?」
「私の婚約についてなのですが」
父は書類から目を上げると私を見る。
「そこに座りなさい」
ソファを指差すと自身も書斎椅子から立ち上がり、私の向かい側に座る。
「それで婚約がどうしたんだ?」
「実は、私のクラスの伯爵令嬢マリサが借金を肩代わりすると言ってくれているのです。そのかわり公爵家との婚約を解消するようにと」
「何?」
父は眉間に皺を寄せて私を見る。私は少し気まずくなるが、そのまま話を続ける。
「彼女は公爵家との婚約を望んでいて、父伯爵も同意しているらしいのです」
「何を言っているんだ全く。借金だけの話ではないのに。しかし、そんな話をするということは、イザベラはリアンとの婚約を望んでいないのか?」
「私達はお互いにこの婚約が本意ではありません」
「そうだったのか」
父はいささかショックを受けたようだ。
「よく会っていると聞いていたから、うまくいっているものだと思っていた」
「婚約の契約で決まっているからです」
「そうか」
父は何かを考え込んでいる。父を困らせてしまっただろうか。父も兄も身を粉にして働いている。やはり私の我儘で困らせたくはない。
「あの、やっぱり私は、」
「イザベラ」
父が私を見つめる。子供の頃に見た優しい目だ。
「お前達が望まないのなら婚約は解消しよう。私から公爵に話を通す。実は借金はもうほとんど返せているんだ。だから心配はいらない」
「本当ですか?」
「ああ、今まですまなかったな」
「お父様、ありがとうございます」
私は呆然と父の書斎を出る。こんなに上手くいくとは思っていなかった。もう私もリアンも婚約に縛られることはない。リアンのあの感情の無い目を思い出しホッと息をつく。
週明け、また廊下に成績が張り出されている。1位はリアン、2位はマリサだ。クレアは10位に下がっている。私はと探すが見つからず冷や汗が出る。やっと見つけた順位は41位、Aクラス落ちだ。実際は学年が上がる時の順位がクラス分けに関わるので、すぐに下のクラスに落ちるわけではないが、頑張ってこの順位は正直ショックだ。しかしもう婚約は解消される。リアンに悩まされることはない。
「イザベラ」
振り返るとリアンがいる。いつもの感情の無い目ではなく、どこか怒っているようだ。私の成績が悪かったので、また恥をかかされたと思っているのだろう。
「話をしよう」
「はい」
私達は空き教室に入り扉を閉める。
「イザベラ、あの成績ではクラス落ちしてしまう。明日から二人で勉強をする、いいね」
「それは、私がクラス落ちすると恥ずかしいからですか?」
「...そうだ」
はっきりいって腹が立つ。自分の評価のために私を恥だと思うのか。
「それだけではないが」
では公爵家にとっても恥だと言うのか。
「そのことなのですが、リアン様は公爵様から何かお聞きになっていませんか?」
「父から?父は外国へ行ってまだ帰ってきていない」
リアンの両親は国の外交を担い、ほとんど国内にはいない。そのため、私も何回かしか会ったことがない。
父から公爵へまだ話はしていないようだ。私から話をしてもいいものか迷うが、しかし、今しておかないと明日からあの猛勉強が始まってしまう。
「リアン様、いずれ私の父から話があると思いますが、私たちの婚約は解消されます」
「何?僕は何も聞いていない」
「公爵様が帰られたら正式に手続きされるでしょう」
「でも、援助が、」
「もう公爵家への借金はほとんどありませんので、ご安心ください。ですのでもう私を恥だと思う必要もありません」
「...しかし、僕は認めない」
やっと婚約から解放されるのになぜ認めないのか?私から婚約解消されることにプライドが許さないのかもしれない。
「お互いいつまでも望まぬ婚約に縛られなくてもいいでしょう」
リアンは目を見開いて私を見ている。こんな表情もするのだなと冷静に考えてしまう。
「では、失礼いたします」
私は先に空き教室を出ると自分の教室へ向かう。リアンが私に言い返せなかったのは初めてかもしれない。何とも言えない高揚感に胸がドキドキしている。これで私は自由だ。
リアンは朝礼が始まっても戻ってこなかった。どこに行ったのか気になるが、賢い彼のことだ、冷静に判断して婚約解消の手続きを進めようと家に帰ったのかもしれない。
結局、放課後までリアンは戻ってこなかった。
またしてもマリサに呼び出されるが、今回は私も喜んで付いていく。
「イザベラ、いつあなたのお父様へ話をするの?本当にする気があるの?」
「父には週末に話をして、リアン様とは婚約を解消することになったわ。それに、公爵家への借金ももうほとんど無いらしいから、マリサの家に肩代わりしてもらわなくても大丈夫よ」
「本当?良かった!でもうちからお金を肩代わりしないならリアン様と私の婚約はどうなるの?」
「それは自分で何とかして」
「そんな!」
「それはあなたのお父様とリアン様のお父様の間で決めることよ。もう私は関係ないわ。じゃあ、私は帰るわね」
これでマリサに呼び出されることもなくなる。今日はいい日だ。
私は家に帰り部屋で着替えようとしていると、侍女がやって来て父が呼んでいると言う。
着替えてからにしようかと思ったが、父の話も気になる。そのまま直ぐに父の書斎へ向かうことにする。
もしかすると公爵が帰ってきて話ができたのかもしれない。
「お父様、ただいま帰りました」
「ああ、おかえり。そこに座りなさい」
ソファに座ると父が難しい顔をして私の向かい側に座る。
「今日リアンがうちに来て、婚約について話をしたよ」
リアンは学校から帰ってうちに来ていたのか。
「そうですか。それでどうなりました?」
「彼は婚約を解消したくないそうだ」
「え?どうしてですか?」
「彼が言うには、イザベラとは上手くいっていると思っていたそうだ。だが、イザベラがお互い望んでいないと思っているのだとしたら自分の至らなさのせいだとも言っていた」
「そんな、二人で会ってもいつも本ばかり読んで会話さえありません。私との婚約は不本意だったに違いありません。それなのに今更そんなことを言うなんて」
「誤解があるのかもしれない。一度二人でよく話し合ってみなさい。婚約解消はそれからでも遅くはない」
「...わかりました」
本当なら今からすぐにでも公爵家へ行って話をしたいが、今日はもう日も落ちて来ている。
明日、学園で話をしようと固く心を決める。
翌朝、早くに家を出た私は教室でリアンを待ち構える。
「今日は早いわね。順位を上げるためにやる気になってるの?」
クレアが話しかけてくるが私の目は教室の入り口に釘付けだ。
「そうじゃないわ。リアン様と話がしたくて待っているの」
「珍しいじゃない。リアン様と話すことがあるの?」
クレアにはリアンとの事をいつも話しているので、二人の仲をよく知っている。
「婚約解消することになったの」
「え?」
小声で話していると、リアンが入り口にいるのが見える。
「行ってくるわね」
私は立ち上がりリアンの方へ行くが、先にマリサがリアンに話しかけている。
「リアン様、お話があるのですが少しよろしいですか?」
可愛く上目遣いでリアンを見上げている。
「僕も君に話がある。一緒に来てくれ」
二人は連れ立って歩いて行ってしまう。
私が話したかったのに。
どうしようかと迷うが、リアンとマリサの話が直ぐ終わるかもと離れて後を付いていく。