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2. 温室

読んでいただき、ありがとうございます。

 私は公爵邸へ向かうため馬車に揺られている。いつもの婚約の契約のためだ。


「はぁ」


 今朝から何度目のため息だろう。せっかくの休みが苦痛の一日で終わることへの抵抗だろうか。

 今日の本はクレアお勧めの恋愛小説だ。あまりに現実が辛いため小説の中くらいはハッピーエンドになりたい。


 公爵邸に着き執事が迎え入れてくれると、いつものサロンではなく温室へ通される。温室にはテーブルと椅子が用意され既にリアンが座っている。


「リアン様、お待たせいたしました」

「ああ」


 いつもの一言で会話が終わる。しかし今日リアンは本を読んでいない。向かい合って座りメイドがお茶を入れてくれるのをじっと見る。公爵家のメイドは顔で選んでいるのかと思うほどみんな綺麗でスタイルもいい。自分と比べてますます居心地が悪くなるのを止められない。


「ありがとう」


 メイドにお礼を言い紅茶を飲む。私の好きなアールグレイだ。抽出加減も程よくとても美味しい。お菓子も私の好きなものばかり並んでいる。ベイクドチーズケーキを見つけ食べてみたいが、リアンの前ではいつも食べられない。食べても何も言われないが食欲がわかない。


「今日は温室を案内する」

「はい?」


 リアンからの思わぬ提案に思わず素で返事してしまう。


「執事が案内するようにと言っていた」


 なるほど、そういうことか。執事まで気を遣ってくれている。将来、私達が夫婦となることへの不安があるのだろう。


「わかりました」


 私達は立ち上がり温室の中にある小道を進む。温室の中はとても広く先が見えない。見たことのない花や植物、植木があり、ついつい足を止めて見てしまう。足元にはネームプレートもあり何の植物か、分かり易い説明も書いてある。公爵家の庭師はとても仕事熱心なようだ。


 一通り回るとまたテーブルへ戻ってくる。まだ時間はあるのでこれから読書タイムだろう。リアンは結局、初めの会話から何も話していない。執事に言われて仕方なく私を案内したのだろう。


 私は席に着くとリアンと自分の紅茶を入れ直す。今回は言われる前にしておこう。


「ありがとう」


 リアンは一口飲むと温室の外に目を向ける。温室の外は公爵家の見事な庭が見渡せる。我が伯爵家の庭も素晴らしいと思っていたが公爵家の庭と比べるとこぢんまりと感じる。読書タイムが始まらないのでどうしようかと思うが、変わらず外を見続けるリアンに業を煮やしドレスから本を取りテーブルの下で広げる。


 私も初めからこんな感じではなかった。初めは何とか話そうと仲良くなろうと努力をした。しかし、話がどうしても続かない。本来合わないのだろう。12歳で婚約を結び早4年、倦怠期は過ぎもう努力する気にもならない。最早お互い空気のような存在だ。


 本をそっと捲る。クレアお薦めだけあって中々内容が濃い。

 意に染まぬ婚約者を持ち、家のためと諦めていた主人公は、ある男と運命的な出会いをする。次第に惹かれ合う二人だが、彼が腹違いの兄だと分かり涙ながらに別れる。主人公は婚約者の元に戻るが、実はそれが誤解だったと分かり、再び愛を確かめ合った二人は駆け落ちを決意する。しかし、彼は王の隠し子で、無理矢理、城へと連れて行かれてしまう。彼と別れさせられ絶望の中、主人公は彼を思い続けるが、一人病になり死の淵を彷徨う。愛する彼は王になり、ようやく主人公を見つけ出す。彼女は病を克服して二人は未来永劫幸せに暮らす。


 濃すぎる。すっかり読み耽けって、また夕陽が差している。

 ふと前を見るとリアンが私を見ている。珍しいこともあるものだ。


「今日はありがとうございました」


 もう終わりの時間かと立ち上がり挨拶をする。


「イザベラ」

「はい」


 またリアンが話しかけてくるなんて珍しい。

 しかし、それからリアンは何も言わない。

 私は立ちながら待つがだんだん焦れったくなってくる。


「リアン様、なんでしょう?」

「いや、なんでもない」

「では、失礼致します」


 私は再びお辞儀をして温室を出る。


 我が家の馬車は既に門で待っていて、すぐに乗って帰る。今日も疲れた。




 もうすぐ文化祭が行われる。私は文化委員なので中心になって進めていかなければならない。我がクラスの催しは河川の堤防シミュレーションになった。面白いのかこれは?と思ったが、提案したのがリアンなので誰も何も言わずに可決された。


 毎日遅くなるまで残って河川を中心とした街並みの模型を微に入り細を穿って作り上げていく。河川幅を大きく取り堤防を設ける。正直もうこのくらいでいいのでは?とみんなが何度も思ったが、リアンが納得せず何度も手直しが入り、結局出来上がったのは文化祭前日の夜だった。


 誰か見に来てくれるのかと心配していたが、意外にみんな楽しそうに街並みの模型に水を流している。雪解け水を川に流し、堤防が有るのと無いのとで街への浸水具合を比べる。生徒だけではなく大人も感心しながら見ている。


 盛況に終わり文化委員としてホッとする。

 文化祭の講評があり、なんと我がクラスの展示が優秀賞を受賞した。クラスのみんなも遅くまで残って作らされた作品が認められて嬉しそうだ。チラリとリアンを見るといつもの無表情で賞には関心がなさそうだったが。


 街並みの模型は王宮の土木管理を担う部署に引き取られていった。さすがリアンの指導した模型だ。

 こんな堤防があればうちの領地も被害に遭わずに済んだかもしれないのに。




 文化祭が終わるとまたテストがある。しかしこれが終われば夏休みだ。夏には領地に帰るのでリアンに会うこともない。


 今回も40位以内に入らないとと気を引き締めながらクレアと図書館に向かう。二人で黙々と勉強をしているとマリサがやってくる。


「イザベラ、話があるの」


 いつもの調子に思わずため息が出る。


「今、テスト勉強をしているからテストが終わってからにして」

「今じゃないとダメなの」

「なぜ?」

「ここでは話せないわ」


 クレアもチラチラこちらを見ている。これでは周りに迷惑をかけると仕方なく図書館を出る。


 図書館の裏の木立に行くとマリサが胸の前で手を組み微笑んでくる。


「イザベラ、あなたにいい話があるのよ。私があなたの家の借金を肩代わりしてあげるわ。だからリアン様との婚約は解消しても大丈夫よ」

「は?」


 マリサが借金を肩代わり?何を言ってるの?


「お父様に話したらリアン様の婚約者になれるなら借金を肩代わりしてもいいと言ってくれたの。だから、あなたからもリアン様に話をしてみて」

「我が家の借金はかなりの額だけど」

「ええ、お父様が調べたけど、我が伯爵家なら何とかなりそうなの。そのかわり公爵家との婚約が条件よ。必ずこの話をまとめてちょうだいね」


 待ってほしい。確かにマリサの伯爵家は手広く事業をしていてお金持ちだ。しかし、元は子爵家から事業の功績を認められ、最近に伯爵家へと叙爵されたはず。つまり成り上がりだ。


「悪いけど、公爵家が我が伯爵家に援助してまで婚約をしたのは、由緒正しい血統があったからよ。あなたの家では無理だと思うわ。それに何度も言うけど、家のことは私には決められない。あなたのお父様と私の父、リアン様のお父様が話し合って決めないといけないのよ」

「だからまず、あなたからみんなに話して話し合いをしてもらって」

「なぜ私が?」

「リアン様が可哀想だと思わないの?」


 また始まった。はっきり言って私に失礼だと思う。私との婚約が可哀想だということだ。まあ確かにそうだけど私も決して望んだことではない。


「私から私の父に話をすることはできるわ。その後、父がどうするかは父次第よ。何度も言うけど私には何の権限もないの」

「わかったわ。とりあえずそれでいいわ。じゃあ絶対にイザベラのお父様に話をしてね」


 マリサは嬉しそうに去っていく。早く図書館に戻って勉強しなくちゃ。いや、もう婚約者でなくなるならしなくてもいいのか?マリサの後ろ姿を見ながら、またため息が漏れた。







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