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1. つまらない婚約

読んでいただき、ありがとうございます。

 今日も今日とて二週間に一度の婚約者と会う日だ。

 今日は我が家で会うことになっている。間もなく彼が来る時間なので、私の支度は侍女によってバッチリだ。


 婚約者とは毎日学園で会っている。しかも同じクラスだ。わざわざ週末まで会わなくても良くない?何度となく思った疑問がまた今回も浮かんでくる。


「お嬢様、リアン様がお越しになられました」

「今行くわ」


 私は重い足取りでサロンへ向かう。もう永遠に着かなくていいのに、すぐにサロンの扉の前に着いてしまう。侍女が素早く扉を開けてくれる。もう少しゆっくりでいいのに。


  扉の向こうではリアンが椅子に座って本を読んでいる。いつもの姿だ。


「リアン様、お待たせいたしました」

「ああ」


 リアンは本から視線を上げることなく返事をする。

 私はリアンの向かいに座り、テーブルの上の紅茶を一口飲む。淹れたてのアールグレイは私の好きな紅茶だ。マカロンやフィナンシェ、チョコレート、私の好きなお菓子が並び、とても良い香りがしている


 リアンはそんなものには目もくれず、相変わらず本から目を逸らすことはない。思わずため息が出そうになるが何とかそれを止める。

 我が伯爵家はリアンの公爵家に援助をしてもらっている。それも多額の。そのためこの縁談に私が口を挟むことはもちろん許されない。


 そっとリアンの様子を窺う。真っ黒な髪が目にかかり本を読むのに邪魔じゃないのだろうか。深い青色の瞳は一心に本に向けられている。顔はとてもかっこいい。10人いたら10人が美形だと言うだろう。 それに引き換え私は普通だ。灰色の髪に黒色の目。とても地味な色合いだ。


 リアンが読んでいる本は聞いたことのない難解な本ばかりだ。今日の本も題名を見ると数学の本みたいだ。私には到底理解できないだろう。

 彼は学園で常に1位の成績を取っている。私も上位にいるため同じクラスになってしまっているが、本来私は頭があまり良くない。15歳の入学で私は一つ下のクラスになった。その時にリアンは自分の婚約者として恥ずかしいからと私に猛勉強させた。そして16歳になった今もそれは続いている。


 私はそっとドレスに隠していた本を取り出し机の下でページを捲る。リアンは堂々と読んでいるが私は流石にそういうわけにはいかないだろうと隠れて読んでいる。


 今日の本は推理小説だ。

 仲間三人と訪れたホテルで殺人が起こる。犯人らしい客が次々と殺され、誰が犯人か見当もつかない。まさに手に汗握る展開に夢中になって読んでいると、コホンと咳払いが聞こえ慌てて顔を上げる。


「イザベラ」

「はい」

「紅茶を入れ直してくれないか?」

「はい」


 全然飲んだ様子のない紅茶のカップを片付け、新しいカップに熱い紅茶を注ぐ。


「お待たせいたしました」

「ありがとう」


 リアンは一口飲むとまた本に目を落とす。

 なんなんだ。入れ直す必要あった?


 私はテーブルの上に置いていた本を手に取るとまた続きを読み始める。せっかくいいところだったのに、気分が盛り下がってしまった。

 仕方なく続きから読み始めるが、すぐにまたのめり込む。最後まで読んで満足して顔を上げると、リアンは窓の外を見ている。サロンからは我が家の庭が一望できる。もう日が暮れかかり夕日が赤く差している。そろそろ終わりの時間だ。


「イザベラ」

「はい」


 ようやく終わったとホッとしていると、リアンは今日初めて私を見る。


「二週間後、我が邸で」

「リアン様、学園で会えるので邸で会う必要はないのではありませんか?」


 何度となくした提案をまたしてみる。


「これは婚約の契約でもある。必要だ」

「その契約ですが、誰かが確認するわけではありませんし、事情があれば履行不要とあります。用事があるということにして、お互い納得すれば不要なのではないでしょうか?」

「用事はないし、誰が確認しなくても不正は許されない」

「...はい」


 一刀両断に切られてもう何も言えない。


「では二週間後、待っている」

「はい」


 リアンはサロンから出て帰っていく。もう見送る元気もない。はぁと大きなため息がとうとう出てしまう。


 私の結婚はお先真っ暗だ。結婚に夢を抱く年頃に、なぜこんなに暗い将来ばかり思い描かなければならないのか。


 お金さえあれば。そうすれば公爵家からの借金を返して違う人と結婚できるのに。リアンももっと自分が望む相手と結婚できるだろう。


 なんとかお金を稼げないだろうか?

 学生の身分では働くこともできない。いや学生でなくても私が働いて稼げるお金など高がしれている。


 そもそもなぜ我が伯爵家はこんなに貧乏なのか?血筋で言うと王家と並ぶ由緒正しい歴史ある家柄だ。何代か前までは権勢を誇っていたと聞いた。

 いや別に権勢なんか無くてもいいんじゃないだろうか。公爵家から娘をカタにお金を援助してもらわなくても、もう伯爵家としての面子なんかにこだわらず、貧乏だとしても身の丈にあった生活をすればいいのではないか?


 理由は分かっている。5年前に領地で大規模な水害があり、田畑や家々が流されてしまった。そのために多額の借金をし立て直しを図ったが、運悪く母が病に倒れ治療にも相当なお金がかかった。父と兄は必死でお金を工面し、母の病気は治ったが借金は膨らむ一方で、もう私を売るしかなかったのだろう。父と兄を恨む気持ちはないが、自分の将来を諦めきれない気持ちも捨てきれない。


 リアンの父現公爵は王弟にあたり臣籍降下して公爵位を賜った。我が家の血筋が欲しかったのだろう。双方の思惑が合致した契約だったのだ。


「はぁ」


 沈みゆく夕日を眺めながらまたため息が漏れた。




 週明け、学園に着くと、先週あったテストの成績順位が張り出されている。50番までの上位のみだが人だかりができている。

 相変わらず1位はリアンだ。2位は学園の才女マリサ。10位くらいまでは大きな変動がなく変わらぬ並びだ。私はずっと視線を横にずらしていく。

 あった。私は33番だ。ホッと息を吐く。これが40位より落ちるとAクラスから外れることになる。そうするとリアンの猛勉強が始まる。もうあんな辛い日々は嫌だ。


「おはよう、イザベラ。今回は危なかったわね」


 Aクラスに入るとクレアが話しかけてくる。彼女は私の親友でリアンのことはいつも相談に乗ってもらっている。


「おはよう。なんとか踏みとどまったわ。もうあんなシゴキは嫌だもの。クレアは8位だったわね。いつも凄いわ」

「私も10位から落ちないように必死で踏みとどまってるだけよ。全ては奨学金のためよ」


 クレアの子爵家は我が家と同じく貧乏なのでとても気が合う。クレアには弟が二人いるので自分の学費は自分で賄おうとしている。学園の成績が10位以内だと国から奨学金が出て学費が免除される。私も頑張っているがとてもそこには及ばない。



 放課後、帰ろうと鞄を持つとマリサが話があると声をかけてくる。またいつものあれかと思わずゲンナリした顔になるが、マリサはそれには何も言わずに先に教室を出ていく。


 二人で裏庭に着くとマリサは私を振り向き、周りに誰もいないのを確認する。


「イザベラ、リアン様を解放してあげて。もう彼を縛るのはやめてあげてほしいの」


 また始まったマリサ節にほとほと困り果てる。


「あなたは彼に釣り合わないわ。あなたもそう思うでしょう?今回の成績だってAクラスギリギリだったわ」


 確かにそうだが、なんとか踏みとどまってはいる。


「マリサ、何度も言うけど私に言わずリアン様か私の父に話してほしいの。私にはなんの権限もないのだから」

「あなたから頼めばきっとなんとかなるはずよ。あなたがそんなだから、みんなが困っているのよ」


 みんなって誰だ。私が全て悪いみたいな言い方はやめてほしい。


「婚約は家同士の契約よ。私の意思は関係ないわ」

「結婚は当人達の気持ちが大切なのよ。リアン様が不本意にあなたと結婚しなければならないのを可哀想だと思わないの?」


 貴族の結婚に当人の気持ちが重視されるはずもない。私だってこんな婚約は断れるなら断っている。


「マリサ、うちは公爵家から多額の援助を受けているの。もう私達の気持ちなんて関係ないのよ」

「お金で彼を縛っているのね。本当にリアン様が可哀想」


 話聞いてた?うちが援助してもらっているんだけど。

 この子本当に頭がいいのか?


「あくまで婚約を解消するつもりはないと言うのね。本当に酷い人」

「私の意思ではどうにもならないと言っているのよ」


 マリサは私を涙目で睨みつけ去っていく。

 ああ、本当に毎日疲れる。もう既に人生の半分の苦難を受けている気がする。




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