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北の辺境への着任

今日、何度うんざりしているだろう。

足先から頭の先まで寒さが覆い、手の指でさえ、動かすのがつらい。


ミリアは狼の毛とバッファローの革でできた防寒具で全身を覆い、

目と鼻先と唇だけを外気にさらしているだけだった。

それなのに、なぜ、こんなにも寒いのか。

そう、ここホーンノースがこの王国で一番北にあるからだ。

ホーンノースの国境の北は断崖と北海。国境の東は魔物がひっきりなしに出没する黒氷森。


「ベンチコートとヒートテック、U○Gのモートンブーツ、あとカイロが欲しい…。」

喋ると寒気が口の中まで入り込んでくるので、心の中だけでついそんな愚痴をつく。


何日も雪と風にさらされ無言で移動したきた集団が止まった。

ミリアはふと、顔をあげた。

目の前にはそびえたつ石の壁。ミリアはその高さに驚いた。見上げても先が見えない気がする。

ミリアを乗せたカリブ(巨大なトナカイ、巨体なわりにおとなしい)は先頭にいるカリブと同じように少し向きをかえて、壁沿いに歩き出した。心なしか、歩く速度が速くなった。


壁の先には大きな木の門があった。それが半分開けられていて、

ミリアを含めて集団はそこの隙間に1頭ずつ、入っていった。


門を抜けると、寒さが和らいだ。

カリブもそう感じたようで、ぶるっと全身を震わせて、茶色の鼻から鼻息をぶーっと出してみせた。

一緒に行進してきた兵士がミリアに寄ってきて、ミリアを抱えて、カリブから降ろしてくれた。

抱きかかえられたまま、ミリアはさらに巨大な壁の向こう側に移動した。

何枚かのドアを抜けると、寒さが和らぎ、むしろ防寒着のために暑苦しくなってきた気がした。

ミリアはやっとしゃべる気になれたので、

抱きかかえている兵士にしゃべりかけた。

「スラー、私、一人で歩けるけど?」

スラーはちょっと横目で私もみて、

「マスターが待っているのでこのままでいきますぞ。あなたは歩みがのろい。」

ミリアはむっとする。

「しょうがないでしょ。私はまだ、7歳なのよ。ちょっと遅くったっていいじゃない。」

スラーはまた視線だけ私によこす。

()()()()()()を待っているぐらいなら、抱いて移動したほうがここでは迷惑ではない。あと、貴方はたしか、6歳ではなかったぞな?」

ミリアは慌てて言いつくろう。

「昨日誕生日だった!」

この世界で生まれ落ちてから正確にいえば、5歳と4ケ月だった。

でも、ミリア的には、自分がいくつなのか、と問われるとそんなに素直に5歳とはいいずらかった。

なぜならば、前世の記憶があったから。

最初は記憶があったことを不思議に思わなかった。むしろ、みんなそうなんだと、思っていたのだ。


階段をいくつも上り、兵士が行きかう廊下を渡り、今まで一番立派なドアを抜け、大きな部屋に通された。

そこは防音されているのか、先ほどまでの喧騒が噓のようだ。大きな暖炉の薪が燃え盛るぱちぱちという音が聞こえてくる。そして、なにか紙のすれる音が聞こえる。

大きな木の書斎机の後ろでなにやら書類を調べていた銀色の髪をした男が入ってきたスラーをみて、手を止めた。

スラーは無言で銀色髪の男の前に立つと、ミリアを下した。

床におり、自分で立つと大きな書斎テーブルが邪魔をして、目的の人物を眺めることができない。


「領主、ローンデント領からの応援部隊と物資が到着しましたことをご報告しますぞ。」

スラーが胸を張り、敬礼しながら目的の人物に報告をした。

「ご苦労。とんだ骨折り損をさせたな。いずれ、ローンデントのあの腰抜けのけつの穴に焼棒を突っ込んでやるから楽しみにしろ。」

わかるのは張りのある声だけだ。

(あら、ずんぶんと物騒な発言が飛びだすのね。こんな無邪気な幼子を前にして。)

と実は無邪気でもなんでもない、精神年齢が実は年増なのではないかと思われる幼子はため息をつく。


5-6歩後ろに下がって、ちょっと上を向く。

するとやっと目的の人物を目を合わせることができた。

そして、目的の人物もミリアにやっと気づいた。

「・・・・()()は?」

(ご丁寧に指差しやがって。)

とちょっと目的の人物に影響されてか、ミリアの言葉も物騒になっている。

が、ミリアも自分の命がかかっているので、思ったことを口にすることはしない。

その代わり王都の貴族がやるようにカーテンシーを披露してみせた。

「北の辺境を守る誉れ高い北壁の主、ホーンノース公にビクター・フォン・ローンデント伯代理ミリア・フォン・ローンデントがご挨拶申し上げます。マナの年、魔物狩りの支援魔法師として参加させていただくべく、参上いたしました。」


ホーンノース公は不愉快そうに顔を歪めた。そしてまだ私を指さしたまま、スラーに吐き捨てるように言った。

「ローンデントには成人した男はいないのか?」


「いるにはいるんですが、閣下が思うような「男」の範疇にはいるのかどうかわかりません。ローンデントの男で剣を持てる者はおりませんので。」

私はスラーの代わり答える。

「ですので、増援のために魔力の強い私が派遣されました。私は小さいですし、魔力しか持ちませんが、魔力だけは多いのでお役にたてると思います。」


ホーンノース公は「はっ、これだから王都の奴らは!魔物がなにかわかっているのか?こんなチビに何ができるって?」と吐き捨てて、鼻で笑った。

(長めの銀色の髪はきらきらで顔も整っているのに、こいつ、王族なのかな?盗賊の頭じゃない?ってぐらい、表情が悪人ずらしてない?)

ホーンノース公の反応にミリアはがっかりしていた。


(このまま帰れと言われても無事に帰れる気がしない。

王都からここまで数カ月の旅路だった。幼い私の体力ではかなりの危険をおかしてここまでやってきたのだ。従者にとんずらされたり、お金を巻き上げられたり、飲み水でお腹をやられて寝込んだり、落ちて骨を折ったり、風土病で死にかけたり、攫われたり、盗賊にあったり、迷子になったっり……。あげくにこんな日が昇らないところまできて、要らないとか言われたらもう、はは、泣くしかないな…。)


そう思ったら、目から涙がこみ上げてきて、もう止めようがなかった。

幼児が泣く程度で北壁の氷騎士 アスクピエタ・ホーンノースがミリアに心を許すはずもない。むしろ、泣けばまずます、呆れられるか、蔑まれるだけだろう。

が、やはり子どもの体のせいだろうか、涙が止まらなくなっていた。


「家でもいらない、って言われ、ここでもい、要らないって、こ、こんなことなら、いっそ、家門なんて捨てて、途中で逃げ出せばよかった。わーん。魔力があればなんとかやっていけたのに!私は小さいけれど、世間知だけはあるんだから、ああ本当に!お金もあるんだし、そうすればよかった。ローンデントのあほ兄貴たちを見返すなんて馬鹿な考え持たなければよかった。ホーンノースなんて、私の知っている人もいないし、気にかけてもくれる人もいないとこで、役にたってどうなるっていうよ。えーん。」


ミリアは自分の判断の甘さを後悔した。途中の町ならば逃げ出すこともできたはずなのに、家門の代理という肩書をもらって、初めて自分がローンデントの一員になれた気がしたのだ。それがうれしかったのだ。だとえそれが、他のローンデントを守るために自分が生贄にされたということだったとしても。


ホーンノースは、拳を作って顔を覆いながら泣きながらしゃべる子どもを見下ろした。

(なんだ?これは?子どもってこんな風に泣きながら抗議できるのか?)

これはどうしたらいいのか?と思い、スラーを見やる。

スラーが「ミリア殿は長旅でお疲れのごようす。ここはいったん、休ませましょうぞ。」と助け船をだしてくれたので、乗り込むことにした。

ミリアを連れて世話をするようにと、ミリアを指さしていた手をひらひらとスラーの前で掲げてみせた。スラーはうなずいて、えぐえぐと泣くミリアを再び抱いて、静かに部屋を出て行った。

そうだ、スラーに任せてしまおう。子供に時間を割く余裕はない。ホーンノースは明日、起こるであろう、魔物との戦いに備えなければならないのだから。

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