コンピュータにはハートがある。
男を怪訝な顔を上げ、正面に座るしょぼくれた中年を見つめた。
無礼にも自分より確実に年上の男へ。
男は視線を落とし、資料を見つめ、もう一度、中年の男に視線を合わせた。
「大丈夫ですか?」
男は心配そうに中年に問うた。
もちろん健康のことではない。
「はい、以前、働いていた会社で経験しています」
中年男は自信に満ちていた。
「本当に」
男は額に眉をひそめる。
もし、ウソだと分かれば男の責任になる。
多少、経歴を盛って面接に来る人物はいるが。
「はい」
中年男は満面の笑みを浮かべる。
「うちIT企業ですよ」
面接官の男はため息交じりに漏らした。
「はい、インフォーメーション・テクノロジー」
中年の男は流ちょうな英語で答えた。
普通の老人ならインターネットと思いがちだが。
「コンピュータ、大丈夫ですよね。
本当に」
面接官は念を押した。
「中学生の時からコンピュータを扱ってます」
「えッ」
面接官を驚いて、視線を端末の履歴書に落とす。
年齢から計算すると40年以上?
「ベーシックからMSーDOS、95、98、ME、2000から、
今までずっとPCは手放せません。
もちろんMacも。
あなたたちの世代じゃあ、WORD、EXCELは、
Macのソフトだったことご存知でないでしょう」
「そうなんですかッ」
面接官は驚きの声を上げた。
「知らなかったです。
それにしても、コンピュータってずいぶん進歩しましたよね」
中年男は少し首をひねった。
「中学生の時はカセットテープにプログラムを保存していました。
メモリとか、速度は進歩しましたが・・・」
と言葉を濁した。
さすがに多くの人を面接しているので、見逃さずに言った。
「進歩してないってことですか」
「コンピュータの基本的な仕組みはまったく進歩していません。
ただ、ディープラーニングはちょっと分かりませんが」
面接官は予想外に自分より知識の上の中年男に言葉を失った。
「コンピュータって、ハートがあることをご存知ですか」
中年男は英語のアクセント発音で言った。
「ふッ」と面接官は息を漏らした。
「心って人工知能ですか」
男はドキッとした。
「人工知能のことではありません。
一般的なPCにもハートがあります」
中年男はまたハートを英語風に言った。
「PCに心があるわけありませんよ」
面接官は少し警戒した。
ハッタリをかましているのかと。
「ハートというより心臓です。
コンピュータには心臓があります。
少しコンピュータに仕組みをレクチャーしましょう。
心臓いわゆるクロックのことです。
リセット時、クロックを0からカウントします。
そのカウント値をアドレスとしてメモリからデータを読み込みます。
そのデータがMPUのレジスタにセットされプログラムが実行されます」
「クロックですか」
面接官は納得しながら2度3度頷いた。
コンピュータにはハートがある、これはどこかで使えそうだと思いながら。
唾の飲み落ち着こうとした。
さっきドキッとしたのは、
極秘プロジェクトで、感情をもつAIを開発していたのだ。
感情により処理速度が速くなることを期待して。
お役所仕事を見れば分かるだろう。
感情がないから、作業が滞り、たらい回しにされる。
もし、感情があり人を助けたいという心があれば作業が優先されるのだ。
そう、感情による作業の優先を組み込んだAIの開発。
面接官は正面に座る頼もし気な男を見て頷いた。
視線を動かさず、時計を確認した。
もう30分を過ぎていた。
「今日はどうもありがとうございました。
採用はおって、メールで連絡します」
中年男は一礼して、部屋を出た。
ニヤリとする。
でも、ソフト作ったことないんだよな。
彼はコンピュータのハードには詳しかったが、
ソフト、プログラムやアプリ設計は経験したことがなかった。
ガラ携からスマホに変えたのもつい最近だった。




