遠乗り
7
天気が良く馬に乗るには良い日だ。
朝から厩舎の中に人が多い。
今日は王女の馬に乗る日だった。
俺が厩舎に向かって歩いていると、後ろから走ってくる人影に気づいた。
騎士団長だ。彼はなにやら荷物を持って走ってきた。
急いでいるのか俺と向かうところは一緒なのに。
俺は団長を呼び止めた。
「団長、何を持っているんだ」
「殿下、すみません。これは王女殿下が使う鞍です。小柄なのでいつものですと大き過ぎるので」
そうだっな。王女には大きいな。
そう言って歩きだした。
しばらくして俺がふと思い出したように団長に聞いた。
「そう言えば、この間夜中に、ルークが馬に乗っていたが」
あんな時間にと俺は思って団長に尋ねたが、彼は当たり前のように言った。
「あぁ、それでしたら、彼は月が出る夜に乗馬をします」
「真夜中にか?」
「はい、昼間は仕事で乗れませんし、夜しか時間がとれませんので、日課になっております」
ーそうなんだ。
ーしかしそれでは数時間しか寝ていない。
すると騎士団長が笑った。
「ええ、そうです。彼はショートスリーパーらしいですよ。
朝は自分たちと同じ時間にすでにおります。
たぶん、三、四時間しか寝ていないでしょう」
ーああ見えて体力があるのか。
そんな話をしていると、すでに馬上で待っているルークと王太子がいた。
彼は白いシャツを着て、首下の細い金色のチェーンの留め金が輝く。
黒色の袖なしで丈が長い上着は、ペイズリー柄が同色で施されて、黒のズボンに茶色のロングブーツ。
いつもの文官服しか見ないが、この装いも似合っていた。
王太子は、白にグレーラインの縁取りされた上着に、袖周りが、金色の刺繍で施されてある。黒のズボンに黒のロングブーツ。
私的な乗馬のため護衛が少なかった。
すでに王太子を待たせていたので、騎士団長が慌てて走った。
俺が、ひとりの騎士に馬を渡され準備を終えたとき、王女が走ってこちらに来た。
今日のために揃えて乗馬服が真新しい。それが可愛く似合っていた。
騎士が王女の馬を連れてきた。
馬上のルークと王太子、その横に俺、王女に馬の扱いを教えている騎士団長と騎士が鞍の準備をしていた。
嬉しそうに馬の額に手をやり撫ぜる。
教わったとおりにゆっくりと馬に乗った。初めて馬に乗るため少し緊張して、騎士団長に手綱の握りかたを教わった。
その時だった。
どこからか「ヒュッ、パンッ」と炸裂音がした。
すると、王女の馬がいきなり両前足を上げて鳴き、俺たちの馬や馬上のルークたちの馬も騒ぎ出した。
馬が暴れ騎士団長と騎士がその場に倒れてしまい、握っていた王女の馬の手綱を放してしまった。
そして突然王女の馬が走り出した。
ーなんだ今の音は。
すぐさま走り出した馬をルークと王太子が追った。俺と近衛団長は直ぐに騎乗し、急いで彼らを追った。
ーなぜ暴走した。
炸裂音が何かはわからないが、三人を急いで追った。
広い庭園を抜け走り、馬二頭分の差で後ろをルークと王太子が追う。その後ろを三馬身差で、俺と近衛団長が追った。
さらに森に入ってしまった。走っても距離が縮まらない。後ろから見るとルークが王太子に何か指示をしているようだった。
随分走ると前に湖が見えてきた。
ーこれが例の湖か。
すると王太子が右に膨らみ走る。王女が乗った馬を挟むよう走った。
ようやく二人が王女に追いついた。三人は並走し、速さは落ちない。
ルークの左側には湖が通る。湖の水面がキラキラと風で波打っていた。王太子は、王女の方へ馬の幅を寄せ、さらに間を縮めて並走する。そして王女に何かを叫んだ。すると王女が泣き叫びながら馬の首からゆっくりと体を離しはじめた。
その時、王太子が自分の馬を王女の馬脇に体を当てた。弾みで体を離しはじめていた王女がふわりとルークの方に傾く。右腕を伸ばしていたルークが、王女を抱きしめて走ったままの速さで、二人とも湖に落ちた。
二頭の馬は、乗っていた主人がいなくなりそのまま走っていった。王太子が無理矢理手綱を引いたため、落馬しそうになった。
俺と近衛団長がようやく追いつき、俺が王太子と湖に、近衛団長が二頭の馬の方に別れた。
湖に俺と王太子が入ろうとした時、二つの頭が水面から現れ、岸に向かって泳いできた。
二人を岸まで運び、王太子が王女を受け取った。
王女は、気を失っていてぐったりとしている。王太子が王女を畔で、顔を叩き叫んだ。
しばらくしすると王女が目を開けて大泣きをした。
ーよかった。無事だ。
近衛団長が馬を連れ戻り、俺たちに駆け寄った。
戻った近衛団長に、王太子が王女を連れて城に戻り、至急、王室医師を呼び診察しするよう命令をした。
俺がほっとした時、先ほどまで立っていたルークは気が抜けたのか、ガクッと膝を草むらにつき蹲った。
湖に肩から落ちたので、左肩に手を当て顰め顔をしていた。
白いシャツに黒上着が肌に纏り、華奢な体型が露になった。
ー細っ。
ーこいつ、こんなに細かったのか。
すると何気に見た左腕に、怪我の後が広がっているのが見えた。
バサッ。
その時、王太子が自分の着ていた上着をルークに頭から被せた。
「風邪を引かれては困る」
「そうですね。すぐに戻りましょう」
俺が彼に肩を貸し右腕を乗せた。近衛団長が連れ戻したルークの馬と、自分たちの馬の手綱を、括りつけてあった木からほどき、ルークが落ち着いたようなので、城に急いで戻った。
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