夜会にて
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濃いグレーの礼服を身に、袖には金の刺繍を施し、肩から胸に掛けてチェーンが流れ、銀のブローチが輝き豪華さを増す。
それがかえって整った俺の姿をさらに引き立てる。
周りから囁かれるこの優良物件の俺、隣には濃紺の礼服を身にする弟、彼はすでに売約済みである。
城内のホールには、すでに大勢の貴族たちが集まって、夜会の始まりを歓談しながら待っていた。
そして今日は今までになく、多くの令嬢たちが集まり、虎視眈々と狙う視線をひしひしと感じた。
俺は非常に居心地が悪かった。
国王の名前が響き渡ると、ホール内がすっと鎮まりかえった。
開催の挨拶が終わると、オスカーと婚約者のシャーロットが中央にでてファーストダンスが始まる。楽団が音楽を奏でる。その後から貴族たちも次々と踊り始めた。シャーロットのサーモンピンク色のドレスは、彼女がターンをするたびドレスに散りばめたパールが、シャンデリアの光で耀き、ホール内がさらに華やかになった。
国王が隣にいた俺に、眼でダンスをするように促がした。するとそれをさっしたのか大勢の令嬢たちが、我先にと詰め寄ってくる。
ーつ。
俺は思わずたじろきつつ、小さな溜息をだれにもわからないようについた。
ーまったく。
顔が引き攣ったのは言うまでもない。俺はすぐに何事もなかったように、彼女たちに向かって微笑んだ。
どぎつい香水と化粧の匂いに吐き気が襲う。
ーいやいや、ここは我慢だ。
自分に言い聞かせて、数人の令嬢たちと無難に踊った。
さすがに続け様に踊ったため、その場から席を外したくオスカーに言ってバルコニーに向かった。
バルコニーにでると、心地よい風が吹いていて気持ちが良かった。
しばらくすると、グラスを持ってフォレスト公爵家嫡男のライドがこちらに歩いてきた。
彼は王立学院からの友人で、俺と同じく結婚していない。
「やぁ、お疲れ。
今日は随分積極的だね、エドワード」
ニコニコと笑顔で言い、持っているグラスを差し出した。
「ったく、嫌味か」
「まあまあ」
グラスをとり、そのシャンペンを一気に飲み干した。
余程喉が渇いていたのか、すっと体に染み渡った。
俺たちは二人の時は名前で呼び合う。
顔を見てこの状況がわかったのだろう。彼は少し困った顔をしていた。
「国王陛下もご心配だから」
そう言って眉が下がった。
「あぁ、そうだろうな」
俺は眼を遠くに向けた。
ー自分でもわかっている、ただの我儘なのは。拗らせているのは俺自身だ。
上を見上げると、綺麗な満月がでていた。先ほど飲み干したグラスの飾りカットが輝く。
そこにオスカーが人を連れてやってきた。
「兄上」
すると見かけない男が彼の後ろから歩いてきた。
彼は来月俺が留学する国の大使だった。
彼はオスカーに会釈をしてから、俺に挨拶をした。
「初めてお目にかかります。ロワール王国大使、ガーネットと申します。
この度は、我が国に留学されると伺いまして、ご挨拶に参りました」
隣国でまだ行ったことがない国。ロワール王国。
我がイルヴァニア王国や、他の隣国の中で一番小さな王国だ。だが、貿易、教育、医療が隣国内で一番進んでいた。
特に貿易が盛んで、ここ数年で急成長している。また王室内にある図書館は、隣国一といわれ蔵書量が多く、貴重な本が多数保管されている。留学の目的は、この貴重な書物の閲覧と経済の発展を学べればと依頼した。
大使にそれを伝えると、彼は頷いた。
「そうでしたか、それは三年前に若い文官が加わりまして、それからでしょうか。彼が文官として入ってから今のように発展してきました。今回、王太子殿下が留学先に選んで頂き、とても光栄でございます」
ーその若い文官が入っただけで、そんなに変わるものか。
そう思っていたら、さらに大使が言った。
「彼は一文官ではありますが、稀にみる才能があり、今では王太子の補佐官も務めております」
オスカーが感心したように頷き、顎に手を添えた。
聞くと大使は、この文官とはすれ違いでこちらに赴任したため、会ったことがないと言った。
彼は優秀で、幼い頃から父親と諸国を周り学んでいたらしい。また美青年として令嬢たちにとても人気があり、将来が楽しみな人物と言った。
ーそんなにやり手なのか。一度会って見たいものだ。
大使が俺に頷いた。
「では国にその旨を手紙にしておきます」
「ありがとう、貴国には、以前留学した時の友人がいるのだが、その話は聞いたことがなかった」
その後も俺は大使たちと話し込んでしまった。
後日、国王陛下から雷が落ちたのはいうまでもない。