3.イルヴァニア王国 その2
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部屋に入ってきた二人は、俺の向かい側のソファに座った。
俺が黙っていると、その場の雰囲気を察したのか二人とも沈黙し、無言の時間が流れた。
しばらくすると侍女がお茶の時間なのか部屋のドアをノックして入ってきた。
お茶をローテーブルに置き侍女が退席すると、冷ややかな無言の空気が止まり、ローテーブルを囲みながらお茶を飲み始めた。
俺は溜息をついてから、お茶を一口飲むとすぐにシャーロットが口火を切って俺に聞いてきた。
「それで国王陛下はなんておっしゃったの!」
前屈みに眼を輝かせ、ハンターが獲物を狙いロックオンしたように俺を見る。
そう、俺にはそう見えた。
ーさっきまで楚々とした公爵令嬢だったのな。
ーまったく。
さらに俺はお茶をもう一口飲んでから言った。
「今度の夜会でなんとしても相手を見つけろてさぁ、まず無理だろ」
ー今までだって無理なのに今度の夜会で決めろ、って。
ーそう、俺だってわかっている。
ー生涯の相手なのだから、絶対に妥協はしたくない。
ー今まで散々探して見つからないし。
俺は頭の中て悶々と考えていた。そんな様子を見ていたオスカーが聞いてきた。
「兄上、今まで探して見つからないのに、いきなり今度の夜会でなんて無理じゃないか」
俺はオスカーを睨んだ。そして言葉を聞いて眉間の皺がさらに寄り、プチッと自分の頭のどこかで音が鳴ったのがわかった。
するとオスカーは「あっ」と言って口元を両手で隠し黙った。
ーお・ま・え・なっ・
ー俺の気持ちがわかるならそれを言うなよ。
ーそれは俺が一番わかっている。
ーそれなのに、父上は。
俺は忘れられない。
俺がまだ子供で遊びたい盛り、家庭教師の目を盗んでは城を抜け出し、市井に遊びに行った。
街の中央には大きな広場があり、この国では有名な場所だった。
ある日、城を抜け出して広場を通り過ぎようとした時、そこにある噴水の淵にひとりの少女が座っていた。
少女は、背中まで伸びた銀髪に赤い眼をもっていた。
ーアルビノ?
その大きな瞳がとても美しい宝石のようで、その場に俺は立ち止まり思わず少女に見惚れてしまった。
すると少女は自分のポケットから小さな袋を出し、その中に入っていたキャンディを一つ手に取り口に含んだ。美味しそうに微笑む顔がさらに可愛かったのは、今でも忘れられない。
その様子を見ていた俺に少女が気づいたらしく、俺の方に向かい歩いてきて、袋に入っていたキャンディをひとつ取り出し、俺に向かって、「はい」と言って差し出した。
普通は全体に食べないが、俺は思わずそのキャンディを口に入れて食べてしまった。
ただのキャンディなのにとても美味しかったのが記憶に残る。
なぜここに座っているのかと聞くと、噴水の正面にあるキャンディ店の二階にある仕掛け時計が、動くのを待っているのだという。
もうすぐ時間が来ると言って、俺の袖を引っ張って一緒に近くまで行った。
するとポーン、ポーン、と音がなり始め、ギーッと音と共に時計の白い丸い文字盤が半分に分かれて開いた。奥から丸い台の上に小さな小鳥が何羽も出てきて、ピイピイと鳴きながらその場で音楽に沿ってクルクルと回り出した。またその中央には、男女の人形がダンスを踊り出した。
少女はこれが見たくて噴水の淵に座り、時間がくるまで待っていたのだった。嬉しそうな少女の赤い瞳が、さらに宝石のように輝いた。
この国で赤い眼はとても珍しく、俺は初めて見た。
少女が可愛らしく、俺は少女に釘付けになった。
また、この噴水も時間になると音楽と共に水の噴き出しに仕掛けがあり、時計と同じように水のダンスを始めた。
俺はこんなものが自分の国にあるのを知らなかった。それを見ていたら、少女に不思議そうに聞かれた。
「どうして自分の国のことなのに知らないの?」
少女にしてみれば至極当然のように、知っていると思い俺に聞いた。俺は思わずムッとした。
王子だが、いちいち市井のことまで知るわけがない。
しかし、少女にしてみれば俺が王子とは知らないのだ。
少女は笑って言った。
「このキャンディは仕掛け時計の下のお店で買ったの。美味しいでしょ?」
ーフフッと少女が笑った。
不思議と苛立ちは起きなかった。多分この少女だからなのだろう。
少女の身なりからすると、多分どこかの上流階級の貴族だろうか。
その時、蹄の音が聞こえてきた。すると一台の二頭立の馬車が停まった。黒光する上品な馬車が、俺たちの近くに停まった。馬車のドアには小さく金色のエンブレムがあり、二匹のライオンが向かい合い、その中には旗が描かれて、ライオンの周りに小さな葉が添えられている紋章を目にした。俺には初めて見る紋章だった。
馬車が停まると、扉が開き、侍女らしいき女性が降りてきて、少女の方に駆け寄ってきた。
少女に何かを言って、侍女は少女の肩に手を添えて、促すように馬車の方に歩き出した。すると、馬車に乗るステップ前で少女は俺に振り向くと、淑女らしくスカートの裾をつまみ、俺に挨拶をしてから馬車に乗り込んだ。
次の日、俺はまた城を抜け出し、少女がいた広場に向かった。それから何度も足を運んだが、少女に会うことはなかった。
ーどうして自分の国のことなのに知らないの?
その言葉がずっと頭から離れなかった。
俺の初恋だった。