2.イルヴァニア王国
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十一年後
イルヴァニア王国
我が国は大陸内で隣国より広い領土と豊富な資源がある。北には海があり、南の土地は温暖な気候である。また隣国同士も争わず、平和で人々は穏やかに暮らしていた。
ーイルヴァニア王国城内。
トントンと机の上で指を上下に落とし音を立てる。その人物はこの部屋の主であり、この国の国王で、ここは彼の執務室である。国王の執務室の調度品はすべて磨かれ埃一つない。机に左側の壁には、天井の高さまである本棚があった。
また広い部屋の真ん中には、大人数で会議が開けるようなに長テーブルと椅子があり、その奥には天鵞絨の生地が張られた座り心地が良さそうなソファと、猫足のローテーブルの応接セットがあった。本棚の反対側には大きな窓があり穏やかな光が入る。
その部屋中に響きわたるこの不可解な音を鳴らし、奥中央にある机で椅子に座り、彼は頬杖をついて何度も溜息をついていた。
また、その重厚な国王の執務室のドアの前で同じように溜息をつくひとりの若者がいた。
彼は漆黒と光で深紫色にも見える髪に、深い碧い眼を持ち、背が高く、一見冷たそうに見える美丈夫。この美丈夫な彼は、この国の王太子である。濃いグレーの上着に黒のズボン、上着の襟や袖周りに金の細かい刺繍が施されている。襟をただし緊張しているのか、ドアを叩こうとする手が微かに震えているように見える。それを律するように自分の拳をぐっと握り、大きく息を吸った。
ーとうと呼ばれたか。
ーこれで何回目だろう。そろそろだと思っていたが。
ドアをノックし、部屋のドアを開けた。部屋に入り、奥の机で頬杖をついた国王の顔を見てその予感が当たっているのを感じた。
「お呼びですか。父上」
「あぁ、座りないさい」
少し緊張した面持ちで挨拶をし、奥にあるソファに腰を下ろした。深い緑色の天鵞絨の生地が張られたソファは、スプリングが柔らかく弾み、優しく包み込むように沈んだ。
国王は頬杖から両手を顎の前で組み、顎をのせて王太子に向かって言った。
「今日、お前を呼んだのはほかでもない。いい加減、お前の妃を決めなければならない」
ーチッツ。
俺は聞こえないように思わず舌打ちをしてしまった。
「お前はもう二十二だ。いつまでもそうやってはいられない」
「しかし、来月お前は隣国に留学する。これは前々から決まっているから仕方がない。
だからよく聞け。いいかエドワード、今度の夜会で留学前に相手を決めろ」
ーえっ・・・・
「そんな、いくらなんでも無理です」
「いや、そうやってずっと待っていたが、いつになっても全然見つからないでわないか」
ーげっ・・・
ーわかっている、わかっているさ、俺だって。
イルヴァニア国王太子、エドワード・ルイ・イルヴァニアとは俺のことである。
この国は隣国同士が協定を組んでいるため今は争いが起きていない。周りの国々と協定を締結しているからと言っても裏切りはあるが、ここ三百年ほど争いがない。
隣国の中で一番領土のある我が国は、昨年の大雨で作物が不作になり、協定を結んでいたため隣国に援助を受けた。
そのため今後もこのようなことがないよう俺は対策を考えていた。自然災害は人災ではないので、予測不可能ではあるが、できるだけ同じようなことがないように事前に対策を錬る必要があると思い模索していた。
また領土は隣国一だが、他の国々に比べると経済や貿易など産業に特化したもがこの国にはなかった。国の更なる発展、国民の生活の向上のため、諸国を回り見るため、身軽に動けるように結婚を先と伸ばしていたのだ。
ーそれともう一つの理由。
ーあの少女が見つからない。
ソファに座り、真剣な目をして言った。
「父上、俺はだま結婚は考えておりません」
「何を言っているのだ、お前の弟、オスカーはすでに婚約者がいるのだぞ」
思わず怒り掛かった声で言われた。
そしてさらに低い声で言い切った。
「だめだ、今度の夜会は国中の貴族令嬢たちが集まる。だからそのつもりでいろ!」
ーこんなことはもう何度も言っているがとうとう痺れを切らしたか。
「はぁ」
肩で溜息をし、そのまま黙って俺は席を立ち部屋を後にした。
だれも結婚しないとは言っていない。ただ自分が思う人が見つからないだけなのだ。
しかし、王族は相手を自分では決められない。
それはよくわかっている。
でも、周りは幸運にも自分で選んで決めている。弟のオスカーは、たまたま早く見つけただけだろう。
ーそれも近場で・・・
執務室からでて、重い足取りで廊下を歩き自分の部屋に向かった。
部屋に入りソファに腰を下ろすとすぐにドアをノックする音がした。
「兄上、どうだった?」
ドアを開けてすぐに弟のオスカーが入ってきた。
金色と薄い茶色の髪に少し癖があり、薄い蒼色の眼をもち、穏やかな性格の俺の弟。
彼は十九歳、その後ろには弟の婚約者のシャーロットも一緒に部屋に入ってきた。
私たちは幼馴染でよく遊び、先月、婚約した。
彼女は、この国の公爵令嬢で十八歳。綺麗な水色の眼に、ストレートのクリーム色の髪をもつ小柄な女性だ。目鼻立ちがはっきりして可愛らしい顔のため幼いように見えるが、こう見えて弟を手の平で転がす気性だ。
幼馴染のため王太子である俺にも、意見をズバズバ言う。
結婚前から尻に敷かれている弟だが、彼はそこがいいと言う。
ーこれでも俺は王太子なんだけど。
ーまぁ可愛い義妹である。
俺なら絶対に選択肢にはない・・・・