手紙
ジャンルはミステリーですが、作法などよく分からないのでお手柔らかに。
本文を読む前に、タグの方確認した上で読んでもらえればと思います。
その日は、普段と変わらない日だった。
朝一番に後輩の女性社員が旅行土産ですと差し入れてくれたお菓子を、午後の休憩時間に食べたくらいで、あとはいつもと変わりない日だと思っていた。
いつものように仕事を終えて、いつものように自宅アパートに帰宅して、一番最初にやることは、郵便受けの確認。
普段なら光熱費の明細やチラシくらいしか入っていないが、たまに重要な書類やアパート管理人からの回覧が入っていたりするので、確認を怠るとヤバいことになる。
以前に、アパートの管理人からの回覧を見逃して、トラブルになりかけたことがあった。その時は無事解決したのだが。
その日の郵便受けには、差出人不明の白い封筒。
メシ食って洗い物済ませて風呂入ってあとは寝るだけにしてから、お茶のペットボトル片手に、ベッドに腰かけて封筒を開いてみた。
中身は、一枚の便箋。
まっさらなレポート用紙のような味気ない紙には、ちょっと正気を疑うような内容の文章が印刷されていた。
※※※
『ころして死に水を取ること、どうかお許しください。
穴谷足す蹴られたこと、今でも忘れません。
五日、怨返し餓死体です。
舞っていてください。
遭いに逝きます。』
※※※
………………なんだこりゃ?
百歩くらい譲っても怪文書そのものだが、誤字なのか本気なのかまるで分からんな。
ちょっと、寝るまで時間はあるし、この手紙の意図でも探ってみるか。
・ころして死に水を取ること、どうかお許しください。
いきなりひどいな。ころしてとか死に水とか、誤字にしてもひどい。
これ、『筆を執る』だろ。縁起でもない。
手書きじゃないから、連絡を取るでもいいかもしれないが、博識ぶって難しそうな表現を使ってみただけじゃなかろうか?
たぶんここは、誤字と表現の間違いだな。ころしてはひらがなだし、漢字の変換ミスとか以前に、誤字だろう。
・穴谷足す蹴られたこと、今でも忘れません。
……これは難問だな……。
普通なら、穴は『あな』、谷は『たに』、足すは『あしす』ではなく『たす』だろう。
まさか、谷を『や』と読んだり、『足す蹴られた』がたし算の『たす』ではあるまい。
『あなや たす 蹴られた』、だと、蹴って追い討ちしてるみたいだ。あなやってなんだよわけわからんし。
だからここは、
『あなたに助けられたこと、今でも忘れません』
だろうな。
……でも、次が、
・五日、怨返し餓死体です。
だからなぁ……。
『蹴られたことを今も忘れてない餓死体だ。この怨みを返してやる』
という言いまわしでもおかしくは……。いやいや、おかしいから。怪文書だから。
普通なら、
『いつか、恩返しがしたいです』
だろう。
……今日は……七日か。とっくに過ぎてるな。現地時間とかニューヨーク時間とか関係ないな。うん。
怨念で呪いを掛けて、五日間飲めず食べられずで餓死体になれってことではあるまい。
つ、次にいってみるか。
・舞っていてください。
ここは、『待っていてください』だろう。
まさか、道化のように舞台の上で舞っていろとは言うまい。俺、演劇とかやらないし。
…………五日後、お前は餓死する。それまで、健康と勘違いしたまま道化のように舞っているがいい。
………………だったら、やだなぁ……。
さ、最後の行だ。
・遭いに逝きます。
……逝くってどこへ? 天国?
いやいや、『会いに行きます』だろう。
………………だよね? 誤字がひどくて自信ないや。
もう、ないよな?
紙は一枚だし、これ以外には書かれてないよな?
一枚上の紙に書かれた跡が残ってるとかないよな?
あぶり出しとかしなくてもいいよな?
手紙の内容、補正をかけて書き直してみるか……。
※※※
『こうして筆を取ること、どうかお許しください。
あなたに助けられたこと、今でも忘れません。
いつか、恩返しがしたいです。
待っていてください。
会いに行きます』
※※※
これでいいと思う。たぶん。
たぶんとしか言いようがないが。
各行の一文字目を読んでみても意味は繋がらないしな。
誰かが会いに来るかもってとこか?
ま、多少の暇つぶしにはなったか。
少し早いけど、もう寝よう。明日も仕事だしな。
※※※
翌日。
スマホのアラームで目を覚ます。
しかし……。
(体が、動かない……? 声も、ほとんど出ない……)
目は、開けることができた。しかし、体はほとんど動かない。動かそうとしても、力が入らない感じだ。
それ以外に体の異常が感じられないのが不気味だ。
熱っぽくもないし、咳が出るわけでもないし、鼻水や喉の痛みもない。
呼吸は、普通にできている? ようだ。息苦しさなども感じない。
胸や腹、つまりは、肺や胃なども痛みや苦しさはない。
ただ、力が入らない。
目はちゃんと動く。
いわゆる、金縛り?
いや、首は、ほんの少しずつなら、動く。
苦しさや押さえつけられているような圧は感じない。
首が少しでも動くなら……。
まずは指先。指の関節を一つずつ曲げて、次第に手首、肘と少しずつ動かして、手探りでスマホを見付け、画面に触れたところで、アラームが止まった。偶然だけれど、停止の操作ができたようだ。
たったこれだけのことをするのに、体感時間は数十分。これでは、確実に遅刻だ。
……いや、それどころか、身動き一つ取るのも大変なんてものじゃない。
これでは、起き上がることさえ……。
……これでは、仕事どころか、食事、水分補給、トイレなど、あらゆることが全くできない……。
助けを呼ぼうとスマホに触れたが、寝返りもうてない状態ではスマホの画面も見れず、持ち上げようとして失敗し、ベッドの上から床に落としてしまった。
普段なら、たとえ病気で苦しんでいても、ベッドから下りてスマホを回収するのは時間などかからない。
しかし、今は、このほんの2、3メートルの距離が、途方もなく遠くに思えて……。
体を動かそうと四苦八苦しているうちに、疲れ果てて気を失ってしまった。
※※※
それから、何日経ったろうか?
意識を失い、また目を覚ましを何度か繰り返し、昼も夜も何度か繰り返して、次第に衰弱していくのを自覚した。
飲めず、食べられず、体も動かないとなると、衰弱するのも当然。
既に、昼か夜かもよく分からなくなっている。
たぶん、次に意識を失ったら、もう二度と目を覚まさないんだろうなと、なんとなく思った。
そんなとき、がちゃり、と、玄関の方から鍵を開けるような音がなぜかはっきり聞こえた。
(誰だ……? いや、誰でもいい。助けて……)
『こんばんは』
声は聞こえても、耳もダメになってしまったようだ。声の主が、男か女かも分からない……。
『死に水を取りに来ました』
……は? 今、何て言った……?
『心臓が止まるまで、側にいてあげますね』
お前は、誰だ……?
『やっと死んでくれる……。これでようやく、怨を返せます』
おん、かえす……?
『言い残すことがあれば、聞いてあげますよ? もう、目も耳もダメになってるみたいですけど』
あな、たす。あな、ふたつ……。
『なんです? よく聞こえませんよ?』
ヒトを、ノロわば、アナ、フタつ。
…………地獄に、堕ちろ………………!!
『あはは、安心してください。私はとっくに堕ちてますよ。この世の地獄に。一緒に逝ってあげますから、地獄巡りに付き合ってくださいね? 憎くて憎くてたまらない人』
これは、ホラーではなかろうかと頭を抱えつつ、ミステリーということにしました。
どうぞ、お手柔らかに。