その弍
話題に上がっていたラ=ムーネ閣下は、国王と同じく紅茶を嗜んでいた。
一口飲んで少し驚いた顔をすると、隣に立っていたルイ=ルールに訪ねる。
「紅茶、変えたのか?」
「はい、前のものが売っていなくて……」
申し訳無さそうにルイが言うと、ムーネは軽く首を振って呟いた。
「大丈夫だ。これも旨い……」
その言葉にルイはホッとしたような表情を浮かべる。
「ならよかったです」
そのまま和やかなティータイムが続くのか……と思った途端、物凄い勢いでドアを開けられ、ムードはぶち壊された。
「おいおい、壊さないでくれよ……?」
入ってきた兵士にムーネとルイは呆れた表情を見せる。
そんな様子を無視して、兵士は敬礼のポーズをとって緊張気味に叫ぶ。
「国王からの緊急命令です!」
「何だと!?」
「何ですって!?」
思いも寄らなかった連絡に2人は驚いて立ち上がった。
兵士は持っていた紙を机に置き、「命令状と許可状が出ております、確認次第すぐに向かってほしい、とのことです!」と言う、いや叫ぶや否や猛ダッシュで走り去っていった。ろくにもてなしもしていなかったことに2人が気づいたのはかなり後、丁度沸かしていたお湯が沸いて音を立てた時だった。
慌てて火を消しにいくルイ、そしてラムネ――――『ラ』と呼ぶのも『ムーネ』と呼ぶのもなんだかおかしいような気がするので、親しい者はそう呼んでいる――――は我に返ったように兵士が置いていった紙を持ち上げた。
「何があったんだ……?」
あんなに急いでいた事だ、きっと何かがあったに違いない……と黙読するが、いまいち意味が分からない。読めないのではなく、情報量があまりにも少なすぎるのだ。もしかすると目に異常があるのではないかと訳が分からない解釈をし、ルイにも読んでもらうことにした。丁度彼女はお湯を別容器に移し終え、戻ってくるところだった。
彼女は紙を見た後、眉をひそめた。どうやら彼女もよく分からないようだ。少し迷った後、読み上げ始めた。
「えっと……『国境町に魔王が出没!今すぐ討伐してくれ!』だそうです」
ラムネは盛大に紅茶を吹いた。先程読んだ筈なのに、まるで今中身を知ったかのようだ。
「さすが国王だな……」
「ですね……」
どうやら国王の様子はかなり広く知れ渡っているようだ。他国にまで知れ渡ると権威を下げかねないのたが、そのあたりは国民が頑張っているのだろうか。
「まあ逆らえないんで行きますか」
国王の命令は絶対、という決まりはつくづく面倒な状態に陥ってしまう。今が丁度その状態だ。
「とりあえず仲間だな……」
魔王という名を貰っているだけあり、自分で言うのもあれだがかなりの魔力と体力、基礎能力を持っているのが普通だ。一人で向かうのは自殺に等しい。
そのあたりを心得ている点では流石冒険者というところだろうか。
「私と、あと……ラムネさんの恋人はどうでしょうか」
「そうだな、旅が楽しくなるだろう。あとは……英会話塾の同級生でも引っ張ってくるか」
「私の知らない間にどこに行っているんですか」
ルイのツッコミが炸裂した。
○
「ってことで、一緒に魔王討伐にしに行かねぇか?」
勇者ラムネの恋人、ヨーコ家に付いてから約十分、事情説明がようやく終わりラムネは顔の前で手を合わせて頼み込んだ。
ヨーコの方は、心底呆れたとでも言わんばかりの顔をして腕を組んでいる。
「何デートに行くようなノリで言っているのよ」
「そこを頼む!」
魔王討伐?しかも準備もろくにせず?マジで言ってるの?
不安要素が多過ぎでいまいち行く気になれなかったヨーコは暫く断り文句を考えていたが、ラムネの真剣な顔を見て思考を放棄してしまった。
「はぁ……まあ、ボクが行かない事によってムーネが死んだら嫌だものね、行くわよ」
「流石俺の彼女!」
「理由になってなくない?」
渋々といった感じで支度を始めたヨーコはふと思い出したようにラムネの方を向いた。その顔は不安げだ。
「でもどうするの?ボクとムーネと、あとそこにいる付き人さんだけだとちょっと心細いわよ?」
ご指摘の通り、現在のパーティーは男一人に女二人。しかも女の方は大した戦力にもならずルイは槍、ヨーコは弓と遠距離攻撃か少しばかり周りよりも得意というだけである。
肝心の回復役、魔法攻撃役がいないのだ。
しかし、ラムネには何か案があるらしく得意げに言った。
「そこでタクアンヌの出番だよ!」
「で、一緒に来ないかと……」
ヨーコと一言一句同じ説明プラス先程我輩がした魔法云々かんぬんの話を終え、土下座のように頼み込もうとしたラムネを見て賢者、タクアンヌは呟くような小声で意図を読み取った。
「頼むよう!友達だろう?」
「俺とお前とは英会話塾の同級生という間柄だろ」
英会話塾で知り合ったとは人間関係は恐ろしいものである。
確かに、親友でなければ友人以下と言ってもおかしくないような間柄の人に頼むにはかなり重い内容である。しかしラムネはそんな事知ったことかともう一度頼み込む。
この人友人関係乏しいんだろうか。
「そこをなんとか!」
「まあ、行ってもいいんだが……」
暇だし、と興味なさげに言うタクアンヌにラムネは目を輝せた。それと同時に、タクアンヌの後ろに立っていたタクアンヌの奥様、シャラも反応を示す。
「よっしゃぁ!」
「あなた!?」
それぞれの反応は正反対で、ラムネは喜び、シャラは不安げな表情を見せた。
シャラの様子を見たタクアンヌは目を細め、シャラを抱いて囁くように言った。
「安心しろ、シャラ。必ず生きて帰ってくる」
「あなた……」
それでもなお不安そうなシャラを見て夫は微笑むと、ラムネ達の方を向いて申し訳無さそうに言った。
「役に立てるかは分からないぞ?」
「回復魔法、使えるだろ?十分だよ!」
回復役をしてくれるだけでも大助かりだ、とラムネは笑った。
(覚えてるけど、僕文系……)
しかし最早言い出せない状況になったタクアンヌは諦めたように首を振った。
「決まりだね」
何も口を挟まずに聞いていたムーネは頷いて言った。
「早速レッツラゴーだ!」
「古っ……」
俗世の流行は全くと言っていいほど分からないが、俗世の人間どもが言うのならきっとそうなんだろう。
さあ、賽は投げられた。どの目が出るかは、こいつら次第だ…………。