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新・三国志   作者: 明日ハレル
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新・三国志 第1章 争乱編 その2

曹操は青洲の円岳の勢力を調べ上げるとかなりの強敵である事を認識した。


ただ彼らは幽州の劉合と冀州・併州を有する袁紹と同盟を結んでいた。


これに対抗するには徐州の劉備と結ぶしかなかった。

新・三国志 第1章 争乱編 その2


曹操は数多くの間者を青洲に送り込み、今回兗州を攻め落とした敵の存在を大体掌握した。


彼らは青洲で勢力を伸ばした剣術師範竜牙円武の流れをくむ者達で数多くの剣士を世に送り出していた名門である。


最近では禁軍剣術師範の円明真威が有名で竜牙円武流の成祖となる人物だ。


今回敵として出てきたのは済北の豪商円岳の勢力であり、同じ円氏であるが武門の一族ではなく、文官として生きる道を模索していた傍流の一門だった。


ただ武門の一族だけあって、幼少から文武両道で鍛えられ円岳もかなりの腕前であった。


そして霊帝の周りに掬う十常侍らと手を結び力を伸ばす機会を手に入れたのだった。


彼らは政府の専売であった塩と鉄の青洲での販売権を十常時へ袖の下で手に入れ、


辺境で一族の傍流だが塩と鉄の商人として青洲で莫大な権力を持つ勢力に成長していた。


武道に関わる道場の人たちは保守的な考え方をする者が多く彼らを忌み嫌った。


青洲で力を持つ武道家達道場勢力とは互いに気に食わない関係にあり、


同じ一族なので争いを仲裁する者もいて、敵対関係は両者とも避けた。


関わらないという協定を結び、互いを無視するようになる。


ただ誰もが金と権力には靡いていく、若手の有望な者は円岳の勢力に流れた。


彼らの中から5星将軍が出て来ることになる。


済北太守となった円岳は次々と敵対勢力を滅ぼし、2週間前に青洲城を落とし、


孔融を討ち取り、青洲の覇権を手に入れたのであった。


青洲にあった反勢力の田豫らは劉備を頼って徐州へ落ち延びていった。


円岳も秦王のお気に入りの末っ子である劉備と事を構える気はない。


彼の後ろには雍州で100万の精兵を持つ秦王が控えているのだ、彼に逆らうとたちまち滅ぼされるだろう。


幸い円岳は大学でも劉備と面識があり、経済的な友好条約をまず結ぶため、配下の更衣を劉備の元に派遣していた。


現在劉備は族弟である豫洲太守劉宏を配下にし、荊州の劉表、益州の劉焉ともよしみを通じて勢力を固めていた。


現在の情勢として淮南の袁術や幽州の劉合、冀州、併州を有する袁紹、兗州の曹操、青洲の円岳、涼州の馬騰、韓遂らの勢力が割拠していた。


袁術は寿春、広陵、盧江を中心に10万近い勢力を持ち侮り型御勢力を持っていた。


劉合は権力や金に執着するタイプで劉備は肌が合わないと感じていた。それもそのはず幽州太守の劉備を讒言によって左遷させた張本人であった。


劉合は袁紹や円岳と結び反劉備勢力を形成していた。袁紹が10万余、円岳が5万余、劉合が5万余の戦力を持ち都合20万余の一大勢力であった。


父を失い盧江で燻っていた孫策は伝獄の玉璽を渡すことで袁術より5千の兵を借り、江南の劉瘍や厳白虎、王朗らの3勢力の討伐の為出撃した。


2年程で3勢力は降伏し、江南の孫策の勢力が勃興した。








河南の袁術は広陵、寿春、盧江を中心に15万を超える大兵力を有していた。


更には配下にある孫策が建業、呉、会稽の3郡を中心にこちらも10万近い戦力を有していた。


劉備率いる勢力は、まず袁術と正面から争う事になる。

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