1日目その2
私は隣でのんきそうに座っている男をちらりと見た。マンションの一室に図々しく上がりこんんでいる癖にただ胡坐をかき、部屋の角を何も考えていなさそうな顔で見つめている。
こいつがその依頼主である。こう見えても最近話題の作家である。
こいつ――名前は彼のファンのイメージを崩さないために伏せておこう――はれっきとした小説家だ。テレビなどでも時々名前を見かけたり、有名人のファンも多い。名前は影本彦太郎。しかし、彼は自分をひたすらミステリアスに演出しているのである。
これはどういうことかというと、その何某は話題にこそなっているものの、SNSやネット、メディアの露出をことごとく避けている。個人情報と言える全てのものが明らかになっていないために毎日あちこちで憶測に次ぐ憶測。東では美少女小学生の天才作家だといわれ、西では定年退職した老人の暇つぶしの産物だと言われている。
今度はさらなる神秘性を獲得したいと、長年の親友――私にとってはただの悪友だが――である私にあとがきの代筆を依頼してきた。本人の言葉を借りると、別の人物が書く文章が混ざることでさらなる憶測を生むことが出来ると。
正直いい迷惑である。あとがき、というものは作者がその本の裏話や制作秘話、現状を語る場である。間違っても本文を読む気も全く持っていない男が書ける代物ではない。
しかし、諦めるわけにはいかない。ここで投げ出してしまえば、それは純粋な裏方人生の汚点となる。私は今後一生、裏方になれなかったことを思い出し夜も眠れぬ日々を送ることになるのだ。それだけは何としても避けたい。