指切り
世間は、暖かな陽気に浮かれているように見える。
彼女がいなくなってから、早3年。またこの季節がやって来た。僕と彼女は、幼い頃からの付き合いだった。だから、僕たちは、幼い頃から幼馴染みだった。まあ、恋人とかそういうのは違って、どちらかというと兄弟みたいだった。
あいつは、何でもないところで躓いて転けては泣いてたからな。妹みたいでもあったし、時にしっかりものの姉のようだった。
一時期は、お互いの関係が遠ざかったこともある。思春期の頃は、一緒に帰るなんていやだった時もあった。だから、お互いが違う高校に行ってからは、一緒に会うこともなかった。
再び出会ったのは、高校卒業したこの季節だった。友人と遊んだあと、家に帰る時に前の女性が躓いて倒れそうになった時に、僕が助けたその日から、僕と君の関係は再び動き出した。いつしか、僕たちは時間共にすることが増え、自然と昔のように遊ぶようになり、付き合うようになっていた。
高校卒業の後、僕は町を離れ有名大学に進学した。彼女は、地元で就職した。そして、僕たちは、3つの約束をした。
「毎月1度、私が滝くんの所に行って、浮気チェックをするから。」
「ちゃんと、チェックに来なかったら浮気1回だからな。」
「その代わり、滝くんが卒業するまで、ちゃんと達成したら、私を迎えに来てね。」
「ああ、そのつもり。」
彼女は僕の曖昧な言葉に、頬を膨らませた。
「ぶー。そのつもりっ?」
「絶対に守る」
僕は、ため息交じりに答える。
「信じられませんなぁ。」
「じゃあどうしろって言うんだよ。」
彼女は、僕の方に右小指を突き出す。
「指切り。」
僕が、動く前に彼女は、僕の右手を左手で掴み、彼女の右手の小指と絡まる。
「指切りげんまん♪、嘘付いたら皆に浮気者と言いふらして、子供の頃の恥ずかしい話を皆にバラして、あんたのお父さんに文句を言って、絶交してやる。指切った♪」
ニヤニヤと笑いながら、指切りする彼女を見て、僕もフッと吹き出しながら、
「おい!針千本じゃないのか?今の何だよ。」
僕たちは、そんな取り留めのない約束をして、笑った。
それから、3年間彼女は、毎月必ず1度は僕の所にやって来た。給料が出た、次の週の休みは必ず、僕の住むアパートにやってきた。でも、それは突如として終わりを告げた。
その日、僕は春休みで実家に帰り、彼女とこの桜舞う公園で待ち合わせをしていた。約束の時間になっても彼女はやって来なかった。だから、僕は彼女の家に向かったんだ。だけど、その日、家には誰もいなかった。
そして、その日の夕方、彼女が倒れて病院に運ばれたことを知った。
「滝くん。もしも、もしもだよ……私がダメだったらね。」
「何言ってるんだ。そんな――。」「聞いて!」
僕は、彼女の強い口調と真剣な眼差しに驚き、声を失った。
「指切り、して欲しいんだ。お願い。」
彼女は、ベッド脇から細くなった右腕を出し、小指を立てた。
「ああ、でも指切りの条件は?。」
「もし、元気になったらあと1年、前みたいに、浮気チェックをしに行く関係かな?」
「元気になったら一緒になるんじゃダメか?」
「ダメだよ~。だって、今だって浮気してるかもしれないし。暫く会えないから、分からないじゃん。そんなだったら、嘘付いたときの罰が出来ないじゃん。」
「浮気なんてしないって、お前一筋だから。」
彼女は、僕のそんな言葉を聞いて、小さく唇を動かした。でも、僕にはその声は聞こえなかった。そして、ずっと真剣な顔をして
「それでもしもね。もしも、ダメだったら、私ぐらい気立ての良い人を、お嫁さんに探して欲しいなって。」
「はっ?何だよそれ。」
「だって、私は気立ては良いし、料理は美味いし、滝くんのことなら何でも知ってるし。滝くんと子供を3人育てて、1人はスポーツ選手にするつもりだったしね!それに、私、あの日の指切り果たせないから……ね。」
「ぷっ、何だよ。それっ!自意識過剰だよ。お前、味噌汁の出汁も取らなかったクセに。それに、僕はお前に何も言ってないぞ。」
「残念。あの日滝くんこういったよ。私が破ったら、もっといい女を見つけてやるってさ。それにあの時も、お菓子もろくに作れないじゃんって言ってたよね。」
「そ、そうだっけ。」
「うふふ。そうだよ~。だから、ね。」
「イヤだ。僕は……俺は。」
「うん。分かってる。だからこそ言うんだよ。私も滝くんも、相思相愛だもん。でも、私決めたの。大好きだから、一緒になれるように頑張るって。それに……」
[何だよ。」
「何でもないよーだ。」「何だよ。言えよ。」「イヤだ。」「言えって。」「絶対やだ。」
と、彼女は突然、ベッドから起き上がり僕に抱きついてきた。
「滝くん。私頑張るから、だからお願い。指切りして。」
「わかった、分かった。降参だ。」
「えー。本当に分かってる。」
「ああ……うっ」
彼女は、僕の唇に軽くキスをする。僕の虚ろな気持ちを、透かした彼女の笑顔の目が合う。そんな、一瞬の間に僕の右手小指は彼女の右手小指に攫われた。
「とったぁ~。」
「おい。ちょっと」「指切りげんまん嘘ついたら、今度は末代まで呪ってやるぞ。指切った。」
彼女は、今まで見せたことのないような笑顔を僕に見せた。
彼女が、亡くなったのは、その夏の日から半年後、桜のつぼみが膨らみ始めた2月の終わりのことだった。
あれから、3年。
1人座る公園のベンチで、未だに僕はそんな彼女との思い出を記憶を、彼女の言った言葉をなぞっている。指切りの約束は、まだ・・・・・・。
暖かな南風が吹いた。暖かな何かが僕のほおをなぜ《で》る。
「滝くん。指切り。」
彼女が耳元で囁いたような気がした。僕は頬に手を寄せる。
そして、頬に触れた手でそれを掴む。ふと、目の前を歩く女性が何かに躓いた。
僕は、思わず女性の肩を支える。目の前の彼女に声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です。」
僕の手から離れた桜の花びらは、暖かな南風に舞っていた。鮮やかな桜色の景色にそれは、何かを見届けたかのように、空高く消えて行った。
ここでの投稿処女作のお客様を校正中に、思い浮かぶのは短編ばかり。
若人の告白の姉版を途中まで書いたけど、ちょっと前に整理したら、どこに仕舞ったのか分からなくなったので、捜索中。