第二話 heroes
先の戦闘から少し経った。
ダンジョンのほぼ真上につくられた、コーレジウス達の街、「カナタリア」。
その郊外、ダンジョンの入り口となっている洞穴につけられた木の扉がゆっくりと開いた。
出てきたのは先程の男女二人のようだ。
「お疲れ、ライリ」
先に声を出したのは俺、ディザイア・オルティディナ。十七歳。
雑な髪型に銀髪。そして灰色の眼。これといった特徴もないと自負している。
「本当よ。あなたがいたから余計に疲れっちゃったじゃない」
そんな嫌味をそっぽを向いて吐き捨てるように言ったもう一人の姿。ライリスファ・フィーナンド。ショートで整った髪型に茶髪。エメラルドグリーンの色をした眼は輝いている。
「あーはいはい」
面倒だったので答えを適当にはぐらかす。
「・・・・・」
彼女の頬がぷうっと膨らんでそっぽを向いた。
「そっそうだ!うちで飯食ってかねえか?多分あいつがつくってくれているだろうから・・・」
冷や汗をかきながら慌ててそう言葉にする俺。
「ええ、そうさせてもらうわ」
そっぽを向いたままそう口にする。
こいつ・・・めんどくせーー!!
このお嬢様を誰かどうにかしてくれ…
一方は一面に広がる大草原。一方は大きな山脈。
その境目のようなところにお城のようにそびえている。
それが先程言った「カナタリア」という街だ。
この町はこのダンジョンの攻略のためにつくられた街だ。
戦いや探索に役立つモノがいろいろ集まる。
街の構造を簡単に説明すると二つの地区に分かれている。
豊富な武器や防具、道具の数々を売る繁華街と呼ばれる地区と
コーレジウス達が住んでいる住宅街。
今は俺も、ライリも、その住宅街の一角に住んでいる。
「相変わらず、ぼろいな・・・ここは・・・」
帰り道、土だけの住宅街の道を歩いていた俺がボソッと口にする。
金属や木でできた倉庫のような家。手入れが届いておらず、
どこもかしこも汚い。歩いているとその汚れから虚しさすら感じられる。
「・・・・・」
横で一緒に歩いているライリはそれを肯定するように少し俯きながら黙っていた。
…それともまだ不機嫌だったりします?
しばらく歩いた二人は、とある家の前で止まった。周りとあまり変わらない薄汚れた鉄でできた家。
我が家だ。
家の前の道には、小さな窓から差し込む仄かな灯りと美味しそうな香りが広がっていた。
「ただいま~」
「お邪魔しま~す」
木の扉をゆっくりと開ける。
「兄さん!おかえりなさい!」
キッチンに立っていた女性が玄関へと近づく。
「ただいま、メリア」
メリアス・オルティディナ。
俺の三つ下の妹であり、たった一人の家族である。
俺と同じ母親譲りの銀髪をロングヘアーと
父親譲りのサファイアブルーの色をした目。いつも笑顔でいてくれてる自慢の妹だ。
「ライリさんもおかえりなさい!」
「ただいま、メリアちゃん。」
ライリの顔もメリアの声に、自然と綻ばせる。
「さぁ、二人とも早く上がってください!ちょうど夕ご飯もできましたので」
俺は、メリアに家の家事をすべて任している。掃除、洗濯、ご飯作りext...まったく、頭が上がらない。
少し時間がたった。木の机の上には、湯気が立ち込める白いシチューが三つ並べてあった。
「今日はホーンラビットのシチューです。めしあがれ~」
カナタリア家庭料理の代表格の一つ、ホーンラビットのシチュー。一つの角が生えたウサギ、ホーンラビットの肉を使ったシチュー。安価で手に入り、味もなかなかおいしく、俺たちぐらいのランクのコーレジウスによく好まれているものだ。
ランクの説明は後にして…
「いただきます」
スプーンで口に運ぶ。兎肉のジューシーさとミルクのまろやかさの絶妙なバランスが口いっぱいに広がる。
「おいしい・・・」
さすがのライリでも感嘆の言葉がこぼれ落ちる。
「ふふ・・・」
メリアも静かな笑顔を見せた。
鍋に満杯に入っていたシチューはすでになくなっていた。
「ああ~うまかった・・」
「いえいえそれほどでもないですよ」
「さすがメリアちゃんね・・・」
三人はそれぞれがシチューの余韻に浸っていた。
「・・・・あっ、そうだ!」
なにやらライリが思い出したかと思うと彼女のポケットからいろいろ入った布の袋を取り出した。
「今日の戦利品の山分けをするわよ!」
二人でダンジョンに潜った時の恒例行事、戦利品の山分け。まあ、わかってるとは思うけど、しょうもない戦いが始まろうとしています・・・
机の上に色とりどりの石や花、よくわからないものが広げられた。それを見て真っ先に声を上げたのは
「あっ、これって・・・!」
俺でもライリでもなく、メリアだった。
メリアが声を上げたと同時に手にしたものそれは、
「リザードソルジャーのしっぽですよね!?初めて見ました!どうしてランク〈B⁺〉なんてものがあるんですか?」
ランク・・・この世の中のもののレア度、人、モンスター、装備の強さを〈C~SS〉で序列化したものである。
特にこのランクはダンジョンの層数で大まかに決められており下層になればなるほど、入手可能アイテムのレア度、モンスターの強さのランクが上がっていく。
「そうなのよ。本当は15層以降にいるはずなのに7層にいたからラッキーて思って一か八か戦ってみたのよ。それで、勝った上にそのアイテムをドロップしたってわけ。本当ギリギリだったわー」
誇らしげに語るライリ。メリアは目を輝かして聞いている。
・・・おーい俺も頑張ったんだぞー
「でもこれって兄さんとライリさんが協力して戦ったから手に入れられたものなんですよね。そしたらどうやって山分けするんですか?お金にするんですか?」
そう、それで今、俺は悩んでいたのだ。お金にしたら、
武器の強化素材として使えなくなってしまうからだ。
「じゃあ、それは保留にしませんか?緊急時用として残しておいてみましょう」
それはなかなかいい案だった。とりあえずメリアが預かるということで俺もライリも決めた。
ライリが帰った後、俺はベットに横になっていた。電気は付けず、窓から差し込む仄かな灯りのみに照らさえている。
微睡みかけたその意識に抗うように、目を横に向けると棚の上に置いてあった写真を見つけた。
映っていたのは俺とメリア、そして俺たちの育ての親、祖母にあたるフィークおばあちゃんである。
俺たちは母親も父親も、物心ついた時にはこの世にはいなかった。そのためフィークおばあちゃんとの思い出しかない。
・・・フィークおばあちゃんも2年前に亡くなってしまった。
メリアは俺の最後の家族なのだ。
・・・そう考えると“メリアが死んでしまったら俺は生きていけるのだろうか〟という縁起でもない疑問が頭をよぎる。たとえライリという親友がいても、メリアという、家族という存在はまた別の意味で重要なのだ。かといってライリが死んだほうがマシとかそんなわけでもない。
何より・・・何か失うのが怖い。
誰も死んでほしくない。
だから、強くなりたい。
だから、俺はみんなを救える“英雄〟になりたい。
———俺の意識はいつの間にか眠りに落ちていた。
次の日、俺は一人でダンジョンに潜っていた。俺のランクは〈B⁻〉。大体第十層まで行けるランクだ。
三十分もかからずそのギリギリの十層に到着する。
一人だけということもあり、その静けさが俺の身体に纏わりつく。
じゅるじゅるじゅる・・・
道の奥から気持ちの悪い音が近づく。
「ワームの群れ」だとすぐに気付いた。本来ならばCランクと生息域ももっと上層だが、群れになると退路を断とうとして周囲を囲んでくる厄介なモンスターとなる。そのため、「ワームの群れ」はランクがB⁻となっている。
「ざっと・・十二匹か・・・」
そうつぶやくとともに背中の片手剣「スティールソード」を引き抜く。
軽めの片手剣「スティールソード」は安価で手に入りやすく、打撃能力面でもそこそこの能力を持っているため、多くのコーレジウスに好まれている。
剣を横に構える。そして地を蹴り、前方二匹を横に切り裂く。
「はあっ・・・!!」
次に縦に振り下ろし、さらに横にいたワームを切り込む。
先程も言ったが、ワームの群れは周囲を囲んでくる。そのため先手を取って囲むのを防げば、戦況はこちらのものになる。
無造作にだがしっかりと相手の中心・・・核を斬れるよう剣を振るう。
「ふぅー・・・ぼちぼちか」
五分後には一匹残らず切り倒していた。ワームの亡骸はダンジョンの魔力によって消滅していった。否、ダンジョンの魔力になった。
そう、ここで死ねば、ダンジョンの魔力にされてしまうのだ。
ほのかな灯りに包まれて消えていく。それが綺麗でコーレジウスをやっているサイコな奴もいるのだが、俺はあまり好きではない。
とりあえず一息置く。いつも一人でダンジョンに潜るときは自分の戦いを自己評価する。
今自分がどんな状態か、手際良く戦えたか、評価を怠らない。
今自分がどれだけ弱いかいやでもわかっている。
だから実戦による鍛錬を怠ることはできない。
どれだけ差があろうともいつか届いてやると。
そんなことを考えているとけたましい猛獣の雄たけびが聞こえた。
「・・・近い!」
俺はすぐにに剣に手を伸ばした。
地が揺れる。
少しずつ揺れは大きくなっていく。
俺の五感が警鐘を鳴らす。
これ程の力を今まで感じたことはなかった。
俺の身体からは汗が滝のように溢れている。
「あ・・・うぁ・・・」
その正体はもう、俺の前にその姿を現した。
最低でも4mはあるだろう巨身に一つの角。
・・・本で見たことがある。
一つ目でこちらを睨んでくるその威圧には畏怖を感じざるおえなかった。
・・・ランク〈A〉モンスター・・・「レッドサイクロプス」・・・
何故二五層以上のモンスターがここにいるのだろうか・・・
一秒がとてつもなく長く感じる。
・・・そうか、これが”力〟という理不尽なものの差なのか・・・
理解させられた。いや、理解しないとやっていけなかった。
———何なんだこの差は――!!
俺の身体は戦闘モードに切り替えてから全く動けていない。
・・・死ぬ
心臓の鼓動はみるみる加速していっている
汗は大きな水滴となり、地面にポタポタ垂れていく
手先も足も震えて動けない
怖い怖い怖い
死の恐怖が近づく
動けなきゃ戦うことも逃げることもできない
そして、レッドサイクロプスのもつ大きなこん棒が高く振り上げられる。
俺は依然として動けずただ無慈悲に降ろされるこん棒を
見つめているだけであった。
しかしそのこん棒は振り下ろされず、俺の目の前で止まった。
いや、止められた。
「なっ・・・」
その衝撃からこぼれ落ちた言葉には三つの意味が込められていた。
お待たせいたしました。第二話です。いかがだったでしょうか。