第四章 四
四 色彩万歳
クレモンはグリフの印刷屋のあったトマサン通りから、メルシエール通りを抜けてサンタントワンヌ河岸に出て、橋を渡ってソーヌ川を超えた。その間、アレックスを追いかける娘たちに何度も囲まれたが、チボーが近所のご婦人さんにハリネズミのようにチョロチョロっと駆け寄って、
「マダム、助けて!」
と叫ぶと、
「あらぁ、エリソンちゃん!困ってるのね。任せて!ほら、あんたたち、若い男にうつつを抜かしてないで、早く帰って家事の手伝いをしなさい!」
そう言ってご婦人たちが駆けつけて若い娘たちを引っ張っていってくれた。
小さい男の子たちが英雄見たさに駆け寄ってくることもあった。
「マダム、子供たち、可愛いんだけど道をふさいじゃって通れないんだ。連れて行ってあげてくれないかな?」
チボーがそう声をかけると、お母さんたちが、
「あーら、あなた、クレベルジェ夫人が連れてた子ね。その愛嬌のある姿がたまんないわ。あんたのお願いなら聞いてあげないとね!」
と小さい子たちを連れ戻してくれた。
一度、町のごろつきのような男たちに絡まれた。
「何だ、おかしな格好しやがって。王様に認められたかもしれねぇが、俺たちは許さねぇぞ!」
チボーが近くで目に入ったおばあさんに恐る恐る、
「この人たち、怖いよぉ…。」
と助けを求めると、
「まぁまぁ、どこかで見たことあるような子ね。そうだわ、うちの裏にいたエリソンにそっくり。あれは可愛かったのよ、なついてくれたからね。まぁまぁ、あんたたち、そんなに息まかずに、面白くないこともあるだろうけど、許してやんなよ。」
やんわり諭すように荒くれ者たちをなだめてくれた。
クレモンは誰にも行先を言わなかったが、二人とも方向からだいたい見当がついた。この世界に迷い込んだトラブールへ向かっているのだ。そう、クロードが働いているトラブールだ。
「クロードに会いに行くんだな、クレモン。」
アレックスが問いかけると、
「うーん、そうとも言えるけどそうじゃない。」
と走り続け、旧市街のバレンヌ通りからトロワマリー通りへ駆け込んだ。
ようやく目的地に着いた時、息が上がって、両手が自然と膝についた。肩で息をしながらクレモンがアレックスとチボーに声を掛けた。
「着いたぞ。アレックス、チボー、さ、入ろう。」
トラブールの扉を押そうとしたが、扉が閉まっている。
「あれ?トラブールなのに入れないよ!」
アレックスが、
ドン!
と押してもびくともしない。中世のこんな時代に、コードキーの丸いボタンもあるはずがない。
「そうか、トラブールだけど、この時代はまだカギがかかってたんだ…。」
クレモンがつぶやく。そもそもどうしてここに来たのか分からない二人は、ようやくクレモンにその理由を聞いた。
「いや、自信はないけど、ひらめいたんだ。俺たち、多分家に帰れるよ!」
「えー!何でだよ?」
「ほら、ドレさんの話聞いただろ?あの話の通りだよ!二年前に死んだドレさんが、ついさっきパリから降って湧いてきたんだぜ!おかしいじゃないか!俺たちにもきっと同じことが起こるんだよ、きっと!」
「でも何でここから?どうやって?それにちゃんとうちに帰れる保証があるのかよ?もしまた別の変な場所に出ちゃったらどうするんだ!」
大声のやり取りを聞いた男が二階から顔を出した。
「うるせぇ!こっちゃ仕事してんだぞ!王様のお祭りももう俺たちには終わりだ。今日から早速仕事なんだよ!」
「あ、おじさん、スミマセン。でも僕たち、その仕事手伝うから中に入れて下さい!」
クレモンが叫ぶように答えた。
「バカ言うんじゃねぇ!お前たちに任せられるか。とっとと帰りな!」
門前払い、というか窓越し払いをされたところで、
「何だよ、お前さん、えらく大きな声を出して。」
と後ろから奥さんらしき人が顔を出した。
「ちょっと中に入りたいんです。僕たちクロードさんの知り合いで、彼に会いに来たんです。扉を開けてくれませんか?」
「うーん、あんたたちみたいな子供なら大丈夫だと思うけどねぇ。槍試合も見たから怪しんじゃいないけど、やっぱり見ず知らずの人を中に入れるのは…。クロードと知り合いって言ってもねぇ。しかも変な格好だし…。」
気の毒そうな表情を見せながらやんわりと断ってきた。クレモンとアレックスはどうしようかと困惑している。チボーは、顔をへばりつけて扉を押し続けるという無駄な努力を続けていたが、いよいよそれも諦めて、ひょこひょこっと道路に出て来て、
「マダム、ダメなの?」
と奥さんに話しかけた。
「あら!あんた、そんなところにいたの?槍試合の時、クレベルジェ夫人の横にいたわね。私も夫人のようにあなたの鼻を触ってみたかったのよ。ちょっとそこで待ってて。今下に降りて、開けてあげるから。」
突然女性の表情が和らぎ、考えもあっさり変わった。ここでもチボーのマダムキラーぶりがいかんなく発揮されたようだ。ご主人の方は勝手にしろとでも言わんばかりに中に入っていった。
「やったじゃないか、チボー、すげぇな。クロードさんの知り合いって言ってもダメだったのに!」
ギィー
扉が開くと同時に中から出てきた奥さんが、一目散にチボーの手を取って中に引きいれてくれた。
「クロードさんね、今はいないわよ。どこに行ったのかしら、まぁうちにお上がりなさい。」
マダムにスゴイ勢いで連れていかれそうになったので、
「いや、ちょっと中庭で待ちます。もししばらく待っても来なかったら、お宅にお邪魔します。」
クレモンはやんわりと断った。柔和な奥さんは、そうね、でも用事が終わったら必ず家へ来なさいね、その鼻を触らせてよね!と言いながら部屋に戻っていった。
ふー
クレモンは深くため息をついた。
「行くぞ、アレックス、チボー。このトラブール、光が差し込んできてるだろ?この光にグリフォンが当たると、不思議なことが起こるんだよ。ドレさんの話、聞いただろ?火の光がグリフさんの印刷屋の紋章、グリフォンに当たったからドレさんは助かったんだ。ノストラダムスさんの予言はそのことを話していたんだ。
人はあるべき場所に戻らねばならず
未来は過去を知ることはできず
過去は未来に生きてはならぬ
さもなくば神とその使徒が呼び戻そう
光とは神であり神とは光である
使徒は光の番人であり光は使徒の守護者である
王の力など取るに足らず
彼らの思いのまま
神々を引き連れ
天空も地上も
自由に飛び交う
グリフォンよ
汝の守る
黄金にも似た
輝く光を浴びて
ついに時空をも制せん
クレモンは得意の詩の暗唱で、グリフのところで聞いた三つの詩を見事によみあげた。
「そう、僕たちは未来に帰らなければならないんだ!そう、まさにこの場所で、光と使徒、神とグリフォンが一つにならなきゃならないんだ!予言の詩には意味があったんだ!」
クレモンは両手に本を持って、ゆっくりと光の当たる中庭に近づく。アレックスとチボーはクレモンの肩に手をかけて、離れないように一緒に進む。ゆっくりゆっくりと歩を進める。そして、まばゆい光が垂直に差し込んでくる中庭に立った。時刻は正午。太陽は真上に上がっている。
その時、
キラッ
と閃光が輝き、三人の周りを大きな光が包んだ。黒こげの本がまばゆく光り輝いたかと思うと、そこからグリフォンが飛び出してきた。なんと素晴らしい生き物か。美しく力強い翼、雄々しいライオンの体、研ぎ澄まされた爪。宙に舞うグリフォンの姿は、神の使いにしか見えないほど神々しい。背にした太陽の光なのか、グリフォン自身から発せられているのか、多角形に反射する光の祭典を見ているかのように、輝きを放っている。
うわぁ
アレックスもチボーも我を忘れて見とれている。
「みんな、近づいて!」
クレモンが二人の体を自分の方に近づけ、円陣を組むかのように肩を抱き合った。その時を待っていたかのように、天高く舞っていたグリフォンが、上空から三人目がけて突っ込んできた。
助けてー!
チボーが叫び声をあげたその瞬間、グリフォンの爪が三人の体を捉え、天高く舞い上がっていった。




