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第四章 三

三 ドレ復活

ドレの死は衝撃をもってリヨンに届けられ、町中の人文主義者を震え上がらせた。グリフも大いに悲しみ、その悲嘆にくれた姿は哀れな年寄りのようで、二十歳ほど老けたように見えた。ドレの死から二年が経つが、グリフには昨日のことのように思えた。

グリフの印刷所の看板にはグリフォンが描かれていることは既に述べた。このライオンの体にワシの翼を持つ空想上の動物は、中世のヨーロッパではどこかに実在すると信じられていた。黄金の番人だとか、スフィンクスやトリトンといった獣と争う勇ましい姿で描かれる一方、ソリのようにして王様を運んでいたとか、その背に女神を乗せていたとかいう、忠実な主のしもべだったという伝説もある。

印刷屋のオヤジ、グリフはもちろん、そういう伝説は知っていただろうが、彼が自分の印刷所の紋章にこれを選んだのは単に名前の語呂合わせに過ぎない。

当然、そうすることで紋章に不思議な力が生じるなどとは想像もしなかった。

グリフの印刷所には大きな印刷機が三台置いてあって、そこが作業場であるアトリエになっている。そこでクレモンの暗唱した詩を書き留めていた時、アトリエの奥にある一室で、

バサッ

と音がした。

「何だろう?」

チボーが見に行くと、そこに一冊の本が落ちていた。その本はやや黒焦げているものの、確かにグリフォンの紋章が付いた、グリフの印刷所で刊行された本だった。

「グリフさん、こんな本が落ちてたよ。でも真っ黒だ。」

チボーがアトリエに持ってきた。

「こんな黒こげになった本、うちにあったかな?」

グリフは不思議に思ったが、そのまま放っておくわけにもいかないので、丁寧に焦げた部分を取り除きながら、中の文字を読んでみると、どうやらドレのために印刷した、ラテン語の注釈書だった。

「確かこの本はエチエンヌが処刑されるにあたって処分したはずだが…。」

いかに豪放なグリフとはいえ、焚書処分にあった本を保管しておくと身に危険が降りかかるので、自分の手元に置いておくような馬鹿な真似はしない。分からないように梱包してドイツの知人のところへ送っておいたのだった。丁寧な仕事ぶりで知られるグリフなだけに、一冊だけ、しかも黒こげになったものが知らずに手元に残ったとは考えられなかった。

当時の本は表紙に印刷屋の紋が入っていたが、グリフォンの紋の部分だけはすすが付いておらず、むしろきれいに磨かれたかのように美しく輝いている。グリフだけじゃなく、現代っ子三人組もその輝きに目を奪われるように食いついていると、奥で物音がした。

ガタン!

物音で現実に戻ったグリフは、奥の方を目を凝らして見た。何も見えないが、

「痛っ!」

という声が聞こえるではないか。

「誰だ!」

グリフは例の大股で声の主の方へ近づいていった。奥の部屋の窓辺にある机の下から、足だけがぬーっと出ている。

「おい、どこから入った。ここがグリフの印刷屋だと知って盗みに入ったんなら、ただものじゃなかろう。誰の本が欲しいんだ?」

「いやいや、グリフさん、そんな物言いはあんまりですよ。」

机の下から姿を現したのはなんとドレだった。

「エチエンヌ!なんだ?どういうことだ?ワシは夢を見ているのか??」

「私も夢のようですよ、グリフさん。」

二人の会話を聞いて、三人組も奥へと駆け込んだ。

「こら、お前ら、勝手に人の家の奥まで入って来るんじゃない!」

グリフは明らかに取り乱している。チボーがさっき奥の部屋に本を取りに行ったばかりだ。

しかも、

「ちょっとこっちにきてエチエンヌの体を引っ張ってやってくれ。」

結局三人の少年に手伝ってもらう始末だ。

「よぉっこいしょ。」

三人に引っ張られて、ドレが大きな体を起こした。

「エチエンヌよ、一体何があったんだ。パリで処刑されたんじゃなかったのか?」

「いやいや、聞きたいのはこっちの方ですよ、グリフさん。あまりにも奇妙な話だから、ノストラダムスさんの予言でもあったかと思いましたよ。私が奇妙なやり方で九死に一生を得る、みたいな。」

「ノストラダムス?あー、ちょうどいまその話をしていたところだ。ノストラダムスさんは、


生と死は神の司るところ

罪なくして果てた者は最後の審判にも召喚されず

あの世とは人知の及ばぬところ

何千里も何千年も


という詩を残していたぞ。そうか!エチエンヌよ、お前さんは罪なくして果てたから、人知の及ばぬ力で時間も空間も飛び越えてきたわけか!お前さんの死は一五四六年だから、二年後の今にやってきた、というわけか!」

「そんな夢みたいな話があるものですかね。まぁ実際私は今ここにいるんですから、不思議なことです。風は強いが、太陽の光が広場に差し込むほど晴天の日でした。高い棒に括り付けられ、足元に私の本を積み上げられ、火がついたかと思ったら突然火花があがりましてね。それも普通の火花ではない。光り輝く光線のようなものでした。するとね、グリフさん、不思議なことにあなたの本の紋章が輝き出したんですよ。それからの記憶はありません。今ここに、その机の下に出てきたんですよ。」

「火あぶりにされた人間の証言など初めて聞くしのぉ。一体どういうことかさっぱり想像も出来んわ。」

グリフが目をパチパチさせている。

「私もおかしな話をしているとは分かっています。自分が生きたままここにきたのか、死んでから生き返ったのかすらも分かりません。」

「ワシらは生まれ変わりは教えられておらんが、そういうこともあるかも知れん。ほら、あの織物職人のクロードな、あいつは珍しく黒っぽい髪をしとるじゃろう。ありゃ、爺さんのピエールと同じでな。髪だけじゃなく、性格もそっくりじゃ。だからみんなクロードはピエールの生まれ変わりだと言っておる。本人は神父さんのいうことを信じてるから、生まれ変わりだなんて言われるのを嫌っとるがな。」

クレモンは何を思ったか、突然さっきのすすで黒くなった本をアトリエに取りに行った。アレックスはその様子をしばらく見ていたが、クレモンが長い時間考え込んでいるので、再びグリフとドレに目を向けた。アレックスがクレモンから目を離すかどうかのタイミングで、クレモンの右手の人差し指がスーッと立ち始めた。

「ほれ、エチエンヌ、こやつら、不思議な奴なんじゃ。お前さんの話を聞いていたら、ますますこの少年たちの言うことが本当のように思えてくるわ。何だか、未来からやってきたってな。服装も変じゃろう。それに、自由なんて言葉を使いよるんじゃ。」

「ほう、自由ですか。それは興味深いですな。もし未来から来たというのが本当なら、いつの時代かな?王様の名前は?」

「いやぁ、王様じゃないんですよね…。王様はギロチンで首を切られてからもういないし…。共和国ってのになってるし…。」

一生懸命答えようとするチボーに、

「何、王はいないのか?ギロチンで首を切られた?共和国?なんだそれは?」

ドレの質問攻めにチボーもアレックスも困り果てていると、突然勢いよく背中を引っ張られた。驚いて振り返ると、クレモンが珍しく興奮している様子で、顔を赤らめていた。

「今ちょっと試したいことがあるんだ。ちょっと外に出ようよ!」

クレモンが二人を急かせようとする。

「何でだよ?まだ昼ごはんも食べてないぜ。もうちょっとで太陽が真上に来るから十二時ぐらいだし、ご飯食べてからにしようよ。」

クレモンはチボーの言葉が終わらないうちに、

「グリフさん、ドレさん、ちょっと外に出てきます。帰ってくるかどうかは分からないけど…。それと、ちょっとこの黒こげの本も借りていきますね。とにかく、ありがとうございました!」

「おい、クレモン、どうかしてるのかよ?おい!」

アレックスとチボーはクレモンに引きずり出された。

中世のころはそう考えることも許されなかった生まれ変わりの話が出来るほど固定観念にとらわれないグリフとドレでも、この三人のやりとりの様子はただただあっけにとられて見つめるしかなかった。

「結局、共和国って何なんだ??」

「さぁ…。やっぱり不思議な奴らじゃなぁ。」

ドレとグリフはお互い顔を見合わせて、独り言のようにつぶやいた。

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