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第四章 一

第四章 グリフォン


一 ノストラダムスの予言

セーヴを倒した次の日から、クレモンたちは一躍有名人になった。同じフランス人で同じチュニックを着ていても、顔つきも体つきもやはり十六世紀の人間とは違う。しかもクレモンたちは、アンリ二世のお墨付きを得たので、好きな服を着て町に繰り出した。つまり、シャツにジーンズ。タイムスリップした時の服装に戻ったのだ。本人たちはこれが一番落ち着くのだが、見る者たちの視線はそのおかしな服装にくぎ付けになった。

アレックスは時代が変わっても若い女の子にモテるようで、辻々を通るたびに台所の手を止めて若い女の子が飛び出してくる。

「あぁ、アレックス。強いだけじゃなくて、なんて美しいの…。」

「本当、あんな薄汚いフィアンセとの婚約、解消したいわ…。」

何て声が聞こえる。セーヴを倒したアレックスは、勇者として若い男の子の間でも英雄となった。モテモテのアレックスを見て面白くないのは、意外なことに台所の手を取られる婦人たちだった。

「なによ、あんな背の高いのと不釣り合いだってのが分からないのかね、うちの娘は。それより、その横にいるおかしな目のアクセサリーをしてる子の方が愛嬌があるわよ。見てて飽きないわ。」

メガネが希少価値のあった時代、黒ぶちのいかにも学童用の眼鏡でもおしゃれなアクセサリーに見えるらしい。手足の動きもやたらコミカルで、それがなぜか母性本能をくすぐるらしい。アレックスの槍試合の最中でもクレベルジェ夫人がずっと横でチボーを可愛がってくれたし、クロードの奥さんも、口ではチボーに厳しいことを言っていたが、その目は愛くるしい息子を見ているようだった。

彫りも深く鼻も高く、きりっとした眉で目も大きいとはいえ、決して二枚目とは言えないクレモンは、彼の長所である知性を群衆に披露する場がなかったからか、あまり人気がないようだ。いや、ただ一人、クレモンのファンがいた。クロードの娘だ。ルーガルーのオオカミオトコの一件の後、クロードと家に帰ってきたとき、あの何とも言えない幸せそうな瞳でクレモンのことを見つめてきたのだ。ふと人だかりの中に目をやると、クロード、奥さん、彼らの子供たちが三人に手を振っていた。クレモンが手を振り返した時、澄んだ目を大きく見開いて、一際大きく手を振ってきたのがクロードの娘だった。クレモンの記憶に強く残るほどキラキラした瞳だった。

三人は人ごみに押されるように、グリフの印刷所へと入っていった。グリフも満足そうに彼らを迎え入れた。

「おー、英雄よ、よう来た、よう来た。アレックスよ、昨日は素晴らしかったぞ。いや、お前たちは本当に未来から来たようだな。あんな戦いのできる少年は今まで見たことがない。勇気と度胸。それがあれば将来は安泰だ。いや、それだけじゃ足りんか。やはり知力も必要かな。」

相変わらず饒舌だ。生き馬の目を抜くような世界で人の心を巧みに見抜くグリフだ。アレックスに知性が欠けていることに気付いているらしい。それにしても今日は機嫌がいいから特に口の動きが滑らかだ。

「チボーよ、お前はおっちょこちょいだが、愛嬌がある。人間に愛嬌は必要だぞ。可愛げのない人間は、男でも女でも損をする。今まで何人も自分を過信して、傲慢な態度で身を滅ぼした男たちを見てきた。あー、今日からはかのモーリス・セーヴ様もその仲間入りだったな!ハハハッ!」

機嫌のいいのはセーヴが恥をかいたからのようだ。実際、セーヴはその後目立った活躍をすることなく、一五六四年ごろひっそりとこの世を去ったという。

グリフは、何か重要なことを思い立ったのか、急に小声になった。

「お前たちは本当に不思議な奴らだ。最初に会った時はどこのよそ者が迷い込んできたのかといぶかしがったが、どうやらお前たちが初めに言った言葉を信じてきてしまっている。実はノストラダムスさんも、サロン・ド・プロヴァンスに帰る前に不思議な詩をいくつか残していてな。」

グリフは自分で印刷したらしい、製本していない紙を広げた。そこには三つの詩編がつづられている。


人はあるべき場所に戻らねばならず

未来は過去を知ることはできず

過去は未来に生きてはならぬ

さもなくば神とその使徒が呼び戻そう


光とは神であり神とは光である

使徒は光の番人であり光は使徒の守護者である

王の力など取るに足らず

彼らの思いのまま


「これらの詩はどうやらお前たちのことを予言している気がしてな。未来だの過去だの、この世など取るに足りず、だの。ノストラダムスさんはこの詩について詳しくは語らんかったが、お前たちに会った直後に口から出てきた詩だと言っておった。この詩のせいで、お前たちが未来から来たんだと思うようになったんだ。ガダニュやらクレベルジェやらに頼んだのも、王様に引き合わせてもらうように仕向けたのも、何かを始めなければ話が進まんと思ったからじゃ。だが何を言わんとしているのかが分からん。」

グリフは頭を抱えた。

「でも、確か僕たちに会った時にも一つ詩を詠んだよね。こんな感じの。」

ふと指を立てたクレモンが記憶に残った詩を詠み始めた。


神々を引き連れ

天空も地上も

自由に飛び交う

グリフォンよ

汝の守る

黄金にも似た

輝く光を浴びて

ついに時空をも制せん


「おー、お前は素晴らしい記憶力の持ち主だな。一度聞いただけで完全に頭に入っているとはな。恐れ入ったわい。確かにそんな詩であったな。」

クレモンは記憶力も抜群だ。小学校のころ、詩の暗唱の宿題がとても多く、週に一つのペースに苦しむ生徒が多かったが、クレモンは宿題だけでなく、いろいろな詩を暗唱しては先生を驚かせていた。

「僕、ジャン・ド=ラ=フォンテーヌのファーブル訓話集が好きで、『セミとアリ』は今でも全部覚えているよ。


夏の間中

歌い続けたセミくん

北風がやってきたころ

食べ物がすっからかん

ハエや小虫のかけらもない

お隣のアリくんに

飢えて死にそうなんだ

ちょっとばかしの

種をちょうだい

春が来るまでだから、って

「ちゃんと返すから。

収穫前に。生き物の名にかけて誓うよ。

利子も付けるから。」

アリさんは貸す気なし

それが彼の悪いところ

暖かいとき何してたの?

セミさんに聞いてみた

「夜も昼もいつだって

歌ってたんだ、みんなが退屈しないように」

「歌ってたんだ?そりゃ良かったよ!

じゃ今度は踊ってよ!」


暗唱してるといっても、教訓として理解している訳ではない。「セミとアリ」はフォンテーヌ寓話集の第一番目に出てくる話で、「アリとキリギリス」の元になった話と言われている。

働き者のアリさんと、歌ばかり歌うセミくん。ジャン=ジャック・ルソーは、子供たちがこれを読んで、歌って暮らすだけのセミにあこがれたらどうするんだと、お勧めしなかったとか。

「なんじゃその詩は?イソップか?」

「ジャン・ド=ラ=フォンテーヌだよ。」

「フォンテーヌ?知らんなぁ。有名なのか?」

「あ、そうか。フォンテーヌはグリフさんより一〇〇年ぐらい新しい人だ。」

「なんじゃ、ワシが古い人間だと!しかも一〇〇年とは何じゃ!」

グリフの声が大きくなったので、アレックスはびっくりして隠れるようにクレモンの背中に隠れた。

「まぁよいわ。それよりノストラダムスさんの詩じゃな。あの時は書き留めなんだが、今ここにしたためておこう。これはワシの印刷屋へ向けての詩じゃろうからな。ワシの印刷した本が、黄金のような価値を持って、時を超えて読まれる、何とも勇壮な詩じゃ。」

グリフはクレモンが復唱した詩を手書きで紙に書き写しながら、

「もう一つの詩はどうもエチエンヌのことを話している気がしてならん。ノストラダムスさんに会いたがっていたエチエンヌだが、会わしてやれなんだ。残念でならんわ。せめてこの詩にあるように、人知の及ばぬところで不思議な邂逅をしてくれていることを願うばかりじゃ。」


生と死は神の司るところ

罪なくして果てた者は最後の審判にも召喚されず

あの世とは人知の及ばぬところ

何千里も何千年も


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