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第三章 六

槍の御前試合


その後、王を喜ばせるためのデモンストレーションが始まった。セーヴの演出は手が込んでいた。王の休息所の近くに、狩り場を作り、そこにシカやヤギを放しておく。笛の合図でショーがスタート。女神ディアンヌが仲間と共に妖精の姿で狩り場に登場する。そして女神が森の中で捕えてきたのが機械仕掛けのライオン。ライオンはリヨンのシンボルだ。そのライオンを王の色である黒と白の紐で繋ぎ、王のもとへ参じてくる。そしてこう言うのだ。「あなたの手にこのライオンをお渡しします」と。女神ディアンヌとはアンリ二世の愛妾ディアンヌ・ド=ポワチエのことであり、リヨンは王の手中にあるのです、ということを彼女を口を通して暗にほのめかした。これには王もたいそう喜んだ。

「素晴らしい演出じゃないか!リヨンは予に従順であるか!ハハッ!ようし、そのリヨンの町へいよいよ入るか!」

王は馬上の人となり、ピエール・シーズの門をくぐってリヨン市へ入っていく。この門には「忠誠」と「従順」という文字が彫られている。王がこの門をくぐり、リヨンへ歩を進めるとき、リヨンは王を裏切らないと誓うことになるのだ。

王の行列は、リヨン市民がため息をつくほど美しかったという。七千人とも言われる人々が王の行く手を埋め尽くした。町の至るところで祝賀行事が行われた。町中の広場という広場でダンスが行われ、市民はアンリ二世の来訪を心から喜んだ。

そしてその祝賀行事の一番の目玉とも言えるのが槍試合であった。

槍試合はジュイヴリー通りで行われることになっていた。十四世紀にユダヤ人が住み着いてユダヤ人街を意味するジュイヴリー通りと呼ばれたのだが、一三九四年にシャルル六世によって追い払われてしまった。しかし、名前だけはその名残を残している。

広い道ではないが、既に槍試合の見学客でごった返している。両脇の建物の窓から覗く人の数も百や二百できかないかもしれない。

試合をする騎士たちは外観のいかめしいデュガの館に集まって支度をしている。アレックスもクレベルジェに連れられてやってきた。中庭に騎士の格好をした人がたくさんいる。セーヴのその中にいた。クレモンとチボーは同じデュガの館の三階にクレベルジェ夫人と陣取った。夫人はチボーを傍らに座らせて、愛玩動物を可愛がるかのように、時々ぴくっと動く彼の鼻を撫でさすりながら通りを眺めている。筋向いの建物を見ると、グリフとクロードが座っていた。グリフは何やら落ち着かない表情だ。アレックスのことを心配しているのだろう。

「いいか、アレックス。怖くなったらすぐ逃げるんだ。背中を向けたら騎士は攻撃してこない。騎士たるもの、背を向ける敵を討ってはならんのじゃ。いいな。無理だと思ったら背を向けてすぐに逃げるんだぞ!」

心配性のクレベルジェが念を押す。

「はい、分かりました。でも全力でやってみます。なんだか血が騒いできました!」

アレックスはこういうチャレンジが好きなのだが、おそらくゲームのような感覚なのだろう。妙に意気込んでいる。相手はアレックスの向かいに座っている、青年と言える男だ。突然決まった子供との試合に、少しいら立っているようだ。本来であれば、大人の騎士と大人の勝負をする予定だったのだろう。突如、王の命で少年と試合をしなければならなくなった。いっぱしの貴族の息子なのだろう。鉄仮面を手に怒りを抑えるかのように静かに座っている。横には同じように鎧をまとった父親らしい人物が立っている。二人に渡された武器はともに木の長い棒だ。先はとがっておらず、危険のないように工夫されている。

「さぁ、只今より、槍試合を始めます!」

館の外で大きな声が響いた。観客のどよめきが聞こえる。

「初めは余興です。子供たちによる試合をご覧あれ!」

アレックスの隣にいた子供二人が飛び出していった。

仔馬に乗せられて、試合が始まった。

アレックスは館の中にいて試合の様子が見えない。しかし、勝負は一瞬でついたようだ。観客の声で手に取るように試合の様子が感じられた。どうやら一突き目で落馬して勝負が決してしまったらしい。

「次!前へ!」

その後二試合少年の試合が続き、アレックスが呼び出された。向かいに座る青年が兜をかぶる。アレックスには兜がなかった。

「あぁぁ、兜を用意していなかった。大丈夫か、アレックス、大丈夫かぁぁ。」

クレベルジェの緊張が頂点に達している。人の良いこのドイツ人は、自分の子供でもないのに我が子のことのように心配している。

「ふーっ!行ってきます!」

大きくため息をついた後、アレックスが飛び出した。二人に馬があてがわれ、馬上の人となった。相手が棒を脇に抱えた。試合開始の合図だ。アレックスも同じように脇に棒を抱えた。

「行け!アレックス!」

クレモンとチボーも思わず声が出る。

「おー、アレックス!全力で行くのだぞ!」

グリフも思わず声をあげた。

デュガの館の二階にはアンリ二世が座っている。王は馬上のアレックスがさっき出場を促した少年であると気付いたらしく、身を乗り出してきた。

最初に仕掛けたのは相手の方だ。馬をアレックスの右に回らせ、棒を突き出した。アレックスは左利きだ。右を取られると完全に不利になる。巧みに馬を翻らせ、今度はアレックスが棒を横に振り回した。棒は相手の脇腹に当たるが、決定打にはならない。今度はもう一度相手が馬を回転させ、上から棒を振り下ろした。アレックスは棒の動きを見切って馬ごとこれを右にかわし、再度棒を青年の右わき目がけて突いた。しかし、バランスを崩させることに成功したものの、急所は突けず体勢を持ち直された。一進一退の攻防だ。

今度は相手がもう一度馬ごと当たってきた。その衝撃で一瞬アレックスがバランスを崩したところを、棒を両手に持って押し倒そうとしてきた。しかしアレックスも自分の棒を相手の棒にあてがい、力比べに挑んだ。ほぼ互角の力比べであったが、一瞬のスキをついてアレックスが棒を外し、バランスを崩させたところを棒で突き倒した。

バターン!

相手は左肩から落馬し、勝負は決した。

激しいせめぎ合いを息をのんでみていた観衆は、アレックスの勝利が決まると同時に大きな歓声を上げて、アレックスを称えた。

「やりおった!」

グリフとクロードも思わず立ち上がり、もろ手を挙げて喜んでいる。チボーはクレベルジェ夫人と抱き合って喜んでいる。クレモンは両手を大きく突き上げた。

クレベルジェは試合を見ていられなかった。館の中で、歓声のみを聞いていたが、試合後の大きな観衆の叫び声を聞いたとき、アレックスが負けたものと思いこんで失神してしまった。

「素晴らしい勝負じゃった!」

アンリ二世も立ち上がって拍手を送っている。興奮冷めやらず、館内へ引き上げようとするアレックスに二階から声をかけた。

「もう一度見たい!また後で登場せよ!」

驚いたのはセーヴだ。

「なんと!王様、もう少年の試合はありません。アレックスの相手は大人しかいません。」

「あれほどの動きをするのだ。大人とやっても遜色あるまい。構わん。楽しみにしておるぞ!さぁ次!」

王の一言で次の試合が始まってしまった。この後はもう大人の試合だ。子供の出場者はいない。

「まずいことになった。まずいぞ。大人が相手ではアレックスが危ない。」

グリフはすぐにデュガの館に向かい、本当なら会いたくもないセーヴに会いに行った。

「モーリスよ、アレックスはムリじゃ。辞めさせよ。」

「セバスチャン、もとはと言えば、そなたがアレックスをクレベルジェに託したのが間違いであろうが。王の命には逆らえんよ。私は最後の試合に出るのだが、仕方あるまい。その後に余興として、アレックスと一戦を交えてやる。なに、心配するな。八百長だよ。彼には勝たせないがね。」

大人の試合は迫力が違う。生々しさも違う。一試合目も二試合目も流血沙汰になっている。名誉をかけた勝負、騎士たちは自らの力を誇示しようと本気で相手を突き倒す気でいる。槍試合では死者が出ることもあるのだ。

「次!前へ!」

「お、もう呼ばれたか。セバスチャン、心配するなって。良いように計らってやるよ!私が目立つようにね!どうせアレックスは噛ませ犬だ。怪我などさせないよ!」

セーヴが馬を引いて試合に向かった。

「モーリス・セーヴ、あいつは見栄っ張りで信用ならんのじゃ。」

グリフのつぶやきなどセーヴには聞こえなかった。

セーヴが登場すると歓声は一際大きくなった。

「ほぉー、さすがに人気者だな。」

王も感心している。

その王に向かって一礼し、試合が始まった。華麗に馬を操るセーヴに、対戦相手は手も足も出ない。出した槍はかわされ、突かれてはふらつき、セーヴにもてあそばれてしまっている。セーヴもすぐには落馬させず、彼の華麗な槍捌きを観衆に見せることで、自分の技量に酔いしれている。十分も経っただろうか。観衆のどよめきもだんだん小さくなったところを見計らって、

「やぁー!」

電光石火の一突きを相手に浴びせ、落馬させた。そして槍を高々と天に掲げ、

「アンリ二世、万歳!」

と叫んだ。役者である。観衆は再び歓喜の声をあげた。

「アンリ二世、万歳!」

「アンリ二世、万歳!」

観衆の声が鳴りやまない。

「モーリスよ、素晴らしいではないか。良い試合だったぞ!」

王もご満悦だ。

「皆のもの、静かにしてくれ!」

槍を高々と突き上げ、観衆を鎮めると、騎士気取りで王に話しかけた。

「陛下、もう一戦、陛下の望む相手とお手合わせいたしましょう。アレックス、前へ!」

もはやクレベルジェは夫人のところで気を失ったまま眠ってしまっている。アレックスの側にいたグリフは、

「アレックス、無茶はするな。モーリスの一撃を受けたところですぐに転べ。いいな。」

「はい、あんな槍捌きをする人には、勝てないと思います。」

アレックスは華麗なセーヴの槍捌きを冷静に見ていたようだ。今度はグリフが兜を用意していた。

「ほら、これをかぶれ。急いで知り合いから調達してやったぞ。最高の兜だ。軽くて丈夫なやつじゃ。ここを見てみろ。グリフォンが描かれておろう。ワシと一緒に戦っていると思え。よいな。」

アレックスはいっぱしの大人の騎士と同じ格好になった。

アレックスが姿を現すと観衆の興奮は最高潮に達した。まさかアレックスがおおとりの試合をつとめるとは、誰が予想できただろう。

二人が対峙する。

まずセーヴが構えた。アレックスも構える。

「やぁっ!」

セーヴが槍を振り回す。しかし、アレックスに当たらないように、いかにもデモンストレーションという感じで振り回している。いくら革の鞘がついているとはいえ、本物の槍だ。にも関わらず、アレックスはなぜか恐怖心がなくなっている。アドレナリンが出ているせいだろうか。しかも、さっきもたっぷり演技を見たからか、セーヴの槍捌きが手に取るように見える。

セーヴがブーンと大きく槍を回して馬をすれ違わせたとき、アレックスの耳元で、

「次、お前の体に当てるから倒れろよ。」

と耳打ちしてきた。

くるりと馬を返して、セーヴが槍を横から当てに来た。しかし、アレックスは根っからのスポーツマンだ。

ヒラッ

槍をついついかわしてしまった。

「バカっ!」

セーヴはもう一度同じ動きで槍を横から当てに来た。しかし、アレックスの目は完全にセーヴの槍を見切っており、体が自然にかわしてしまう。

「何をやってるんだ!ラストチャンスだぞ!」

セーヴはもう一度槍を振り回して当てに来た。しかし、アレックスはセーヴより最初に戦った青年騎士の方が強いことを既に肌で感じ取ってしまっていた。ついついセーヴの槍を自分の槍ではたいて、セーヴの馬を槍で、

ガツッ

と叩いてしまった。

セーヴはバランスを崩してあっけなく落馬した。

観衆がざわつき、顔を見合わせている。王も不思議そうな顔で試合を見つめている。

セーヴは鎧の砂を払い落として、再度馬に足を掛けながら、

「諸君、ビギナーズラックというものをご存知かな。初心者という者は得てしてラッキーなものだ。アレックス、いかんなぁ。私が手を抜いてあげているのに、そのような態度を取るとは。今度は手を抜かんぞ。もう一度勝負だ!」

あろうことか、町の英雄が、少年を相手に泣きの一戦をさも当然のように主張してきた。

「卑怯者!もう勝負はついただろう!」

たまらずグリフが叫んだ。

「うるさい!今のは勝負ではない。槍を初めて持ったアレックスのための練習だったのだ。本番は今からだ!」

「そんなことは認めんぞ!」

グリフが飛び出そうとすると、

「グリフさんよ、まぁそう言うな。モーリスにもう一度チャンスをやれ。」

王が口をはさんできた。しかし、その立派な口ひげの下には軽蔑すら感じる笑みが見て取れた。セーヴへの本当の感情がつい口元に表れたのだろうか。

観衆の意見がたったの一試合で大きく変わった。ここにきて、セーヴの神通力が切れてしまった。普段から鍛えている訳ではない男が、ただただだらしなく卑怯な姿を晒し始めている。いや、民衆も、以前からセーヴの試合は八百長だと知っていたのかもしれない。歓喜の歓声も、土地の権力者へのおべっかだったのかもしれない。

「アレックス!アレックス!」

突然現れた、いけ好かない奴を懲らしめる少年を応援する声も少なからず上がってきた。

「こんなガキに声援など送るでない!アレックス、さぁ、今度こそ勝負だ!手加減なしだぞ!」

セーヴが構える。アレックスも構えた。しかしアレックスはもう負ける気がしない。

「やぁっ!」

セーヴが正面から槍を突いてきた。左にかわしたアレックスは、あっけなくセーヴの背後を捉えた。しかし、背後から突いては騎士道にもとる。クレベルジェが教えてくれたことだ。もう一度セーヴの前に出た。

「おー、正々堂々と!なんたる騎士道精神!」

王もアレックスの態度に感心した。

またしてもセーヴが仕掛ける。馬の足を狙った槍は命中こそしなかったが、アレックスの馬が背を向けて逃げる格好になった。セーヴはアレックスの背後から槍を大きく振りかざし、

「隙あり!」

とアレックスのうなじのあたりに槍を振り下ろした。

しかし槍を読み切っているアレックスはひらりと馬を翻らせ、セーヴの槍をかわした。

ここにきて観衆の応援が一気にアレックスに傾いた。

「卑怯者、セーヴ!」

「恥さらし、セーヴ!」

という声が響き渡る。

一気に形勢が変わったセーヴ。

「うるさい!ウルサイ!貴様ら、誰のおかげでこのリヨンに住めていると思っているのだ!私が高尚な詩を書いてやってるおかげじゃないか!」

冷静さを失ったセーヴは血眼になって、

「もう許さん!アレックス、覚悟!」

と槍を突いてきたが、アレックスは面白いほどあっさりとセーヴの槍を叩き落してしまった。兜をかぶっているセーヴの顔は見えないのに、きっと紅潮しているのだろうと分かるぐらい、兜の隙間から湯気が上がっているのが見える。

「ハァ、ハァ、構わぬ。アレックス、お前ごときに槍などもともと不要だったのだ。チェスでナイトを落とすようなものだ。」

疲労とは裏腹に強がりを見せるセーヴに対し、今度はアレックスが仕掛けた。槍を一、二と左右に振り、セーヴの体を揺らしてから、

ズバッ

とセーヴの兜の前に槍を突きつけた。真剣勝負なら兜越しに顔面を貫かれていただろう。寸止めだった。もはや誰が見ても結果は明らかとなった。勝負あった。

「ハハハッ。モーリス、アレックスに感謝しろ。そのままだったらお前の右目から脳みそまでアレックスの槍で刺し抜かれていたぞ!」

アンリ二世はまさか後に自分自身が槍試合でそのような死に方をするなど夢にも思っていなかっただろう。しかもノストラダムスの予言が的中して。

一五五九年、アンリ二世は非業の死を遂げるが、ノストラダムスはその四年前の一五五五年、次のような四行詩を残している。


若獅子は老いた獅子を打ち破る

常軌を逸した槍試合の場で

黄金の兜に守られた目を突き上げられ

二度の勝利の後の一戦で残酷な死を迎える


二度の勝利とは、その時の槍試合は三人抜きがルールで、最初の二人、サヴォワ公、ギーズ公を鮮やかに打ち倒した後、モンゴメリー伯に敗れたことがその死を招いたという。いずれにせよ、一五四八年のこの時は誰もが王位についたばかりのアンリ二世のおぞましき死にざまなど想像もしていなかった。

「アレックス、あっぱれだ。約束通り褒美をやろう。お前の友人のクレモンとおかしなメガネの少年はどこだ?」

「あら、王様がお呼びですわ。さ、はやくアレックスのところへ行きなさい。」

クレベルジェ夫人がクレモンとチボーをアレックスのもとへ送り出した。

三人が揃ったところで、

「そなたらは、自由な往来を望んでおったな。よし、通関証と賞金をやる。好きなものを食べて、好きな服を着て、好きな時に、好きな場所を旅するが良い。リヨンを、いやフランス中を練り歩くが良い!」

ジュイヴリー通りに王の声が響き渡ると、今度は観衆の大きな声がクレモンたち三人を包み込んだ。


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