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第三章 五

五 アンリ二世の入市

いよいよその日がやってきた。九月二十三日、王はリヨンに向かってソーヌ川を下ってきた。リヨン北西部にあたるヴェーズ地区の川沿いに王の休息所が作られており、王のテントには緑のシルク生地の天井装飾、周囲にはきめ細かい絨毯が敷き詰められている。王は予定通りそこで馬を止め、休息に入った。セーヴはその休息所で王のそばに侍りつつ、成り行きを監視していた。

行列が次々と王の面前に姿を現す。

まずリヨンの地方総督、司教団、行政官と王の色である黒と白で統一されたその騎馬射手隊、火縄銃隊が姿を見せた。王への忠誠を示す重要な時間だ。総督は王の前まで進み出ると、ただちに膝をついて、「王の意のままに」と言上を述べた。

黒と白のモノトーンの軍隊の隊列はいかにも重々しいが、その後にはきらびやかな同業組合の隊が王への挨拶を今か今かと待ちわびている。

王の前に侍る時には、それぞれの音楽に合わせて王のもとへ向かう。彼らは自分たちのカラーを持っており、

精肉業組合は青

織物業組合は橙

染色業組合は緋色

といった具合に、それぞれの色をあしらったシルクのタフタ、サテンといった晴れ着を着て行進する。印刷業者たちは黄色い靴を履きそろえていた。そして司法関係者らが続いたのち、最後に貴族の子供たちが挨拶にやってくる。ガダニュもメディチも、貴族団として謁見した後、自らの子達を連れて再度王の前に参じた。

クレベルジェとその夫人も、自分たちの預かるみなしご達を連れてやってきた。馬子にも衣装、十人ほどいる子供たちはみな初めて袖を通すであろう美しい服装に身を包んでいた。帽子を被せてもらっている子もいれば、頭にアクセサリーを着けてもらっている女の子もいる。男の子たちは、さすがに襟巻きまでは着けていないが、厚いベストを羽織り、足はボンボリのようなふくらみが膝の上まであるズボン、そしてそこからつま先まではタイツを履いている。女の子たちのドレスははやや厚めの生地で手触りはやや硬く、首元は四角く開いていて、袖は肩まで覆われている。胴の部分はそれほど引き締まっておらず、そのまますっぽりと足元まで伸びている。金銀の刺繍をふんだんに使って、いかにも華やかだ。

その中にひときわ背の高い三人の男の子がいた。三人の男の子とは言わずもがな、クレモン、チボー、アレックスだ。背が高いのはアレックスだが、小さいチボーでも大きく見える。これまた三人とも金銀の刺繍の入ったいかにも貴族風の三つ揃えを着せてもらい、何とも鼻高々な気分になっている。

「あー、スマホがあったら写真撮るのにな。」

「そうだよな。こんなの映画とか教科書でしか見たことないよ。でも着てみたら本とかで見るより、意外とカッコイイんじゃない?」

サッカー場もゲームもない世界で、楽しいことなど少なかったが、三人とも本物のコスプレを楽しんでいる。

グリフが彼らを王に会わせたかったのは、彼らが背格好からしても明らかに当時のフランス人の子供たちと違っていたからで、もし王の目にとまれば、彼らにとって良いことがあろうと思ったからだ。実際、グリフは彼らを預かってみて、どうも状況がおかしいことに気付いている。話す言葉も、内容も、体つきも。このままリヨンで暮らしていれば、得体のしれないものとして、ひどい目に遭うかもしれない。しかし、ガダニュやクレベルジェのようなリヨンの上流社会で高く評価されている貴族に保護してもらっているとあれば、王も悪くは扱わないだろうという算段があった。

案の定、とびぬけて背の高いアレックスがアンリ二世の目にとまった。

「そなたは異常に背が高いな。いかにも私への刺客のようではないか。違うか、クレベルジェ殿。」

ひっきりなしに挨拶がやってきたにも関わらず、王は一向に疲れた気配はなく、冗談を言えるほどの余裕がある。気の良いクレベルジェが刺客を送り込むはずのないことを知ったうえでからかっている。

「いえいえ、ただの少年です。ちょっとばかしすばしっこいですが。」

クレベルジェがアレックスの代わりに答える。

「ふーむ、大きいのにすばしっこいのか。ますます疑わしいな。確かに顔付きは子供っぽいが、昨今の輩は何を企んでおるのか分からんからな。」

「滅相もございません、王様。私が彼らを預かるのも、このような普通とは違う子供が不憫で仕方なかったからでございます。」

ジロリと鋭い視線をクレモンたちに向けて、アンリ二世が質問を投げかけた。

「そなたたち、そのように大きな体で、しかもそこの小太りの少年は目にメガネとやらまで付けているではないか。いかにも異国人だな。どこの国から来た?フランスではなかろう。」

「いいえ、私たちはリヨンで生まれたれっきとしたフランス人です。」

クレモンが答えた。

「ふーむ。地方の若者にしては珍しい。美しいフランス語を使うではないか。しかもあまり聞いたことのないアクセントだな。洗練された感じがあるとでも言えようか。名を何という?」

「クレモンです。」

クレモンは落ち着いて、しかも堂々と返事をした。

クレベルジェは思いの外、アンリ二世が三人に興味を示したので、背中に冷や汗をかき始めている。

「クレモンか、そなた、なかなか堂々とした立ち居振る舞いじゃないか。クレベルジェ殿の方が青ざめた顔をしておるぞ!」

「ははは、ごもっともで。まさか殿下が私どものみなしごにご関心がおありとは夢にも思わず…。」

笑い声とは裏腹に、クレベルジェの顔は引きつっている。

「さて、そこの大きいの。大きくてすばしっこいというではないか。少し前に出よ。」

アレックスは言われるがまま、王の前に進み出た。

すると王は何を思ったか、かたわらの護衛兵が持つ槍を手につかんだ。そして、

「革の鞘をかけよ。」

と護衛兵に命じた。命じられた兵士は慌てて背後にしまってあった分厚い革製の鞘を王が手にした槍にかぶせた。

「名を何と申す?」

「アレックスです。」

「アレクサンドルだな。」

「いいえ、アレックスです。」

「アレックスだけか。名前まで珍しいのか。まぁよい。さて、アレックス。世は多少なりとも槍の心得がある。世の槍をかわせるか?」

「槍を?」

「なに、見ての通り革がかぶせてある。仮に当たっても死にはせんよ。もう少し近う寄れ。」

クレベルジェはいよいよガタガタと震え出した。横で見ているセーヴも緊張を隠しきれない面持ちになっている。しかし、王の希望とあらば仕方ない。クレベルジェが動かないので、セーヴが代わりにアレックスの肩を抱いて、王の面前に連れて出た。

アンリ二世の目付きが変わった。アレックスは深く一息ついた。

「行くぞ、アレックス。」

言うや否や、王の槍がアレックスの左肩のあたりに飛んできた。

ヒラリ

アレックスは体を斜め後ろに反らして槍をかわした。

「ムンッ!」

掛け声と共に、王は槍を引いて今度はアレックスの右足のあたりに槍を突いてきた。

スルッ

アレックスは右足を左足に引き付けて槍との接触を避けた。

「ほほぉ、やるな。」

王はついに立ち上がった。

ふー

と深呼吸をしたとたん、

「ヤァッ!」

今度はアレックスの頭部に槍を打ち込んできた。

ビクッ

さすがにアレックスは驚いて体が硬直してしまった。

クレベルジェはもはや見ていられない。両手で目を塞いで下を向いている。その他のものは、息をのんで王の槍先を見つめた。

アンリ二世はアレックスの鼻先で槍を止めている。

「なかなか見込みがありそうだな。今日、リヨンで槍試合があると聞いているが、それに出場させてみよ。面白そうじゃないか。なぁ、セーヴ殿よ。」

「滅相もございません。このような小僧、槍など持ったこともありません。」

「この体格を生かさんのはもったいない。怪我せぬように本物の槍を使わずにやれば大丈夫じゃ。ちょっと出させよ。」

「そこまでおっしゃられますか…。アレックスよ、どうだ?」

聞かれたアレックスも返答に困っている。

「勝てば褒美をやるぞ。どうだ?」

「彼は乗馬は得意なんです!」

思わずチボーが横から口をはさんだ。確かにアレックスは乗馬クラブに入っていて、優秀な成績も収めている。

「ふーむ、乗馬が得意ならばなおさらだ。そこのおかしな目の少年よ、やはり褒美が欲しいのだろう?何が欲しいのだ?遠慮なく言ってみよ。」

そう聞かれるとチボーは、

「おいしい…、」

と言いかけたので、慌ててクレモンがチボーの口をふさいだ。

「国王陛下、無礼を承知で敢えて申します。私たちが欲しいのは自由です。好きな服を着て、自由にいろいろなところへ行き来したいと思っています。」

「自由…。そうか、なるほどな。やはりおかしな奴らだ。自由とはまた大きく出たな。そのような言葉を吐くのはやはりこの国の人間ではあるまい。何かを隠しておるようじゃな。まぁよい。アレックスの戦い方次第だが、そなたら三人だけにならそれぐらい許してやっても構わんだろう。楽しみにしておるぞ!下がれ!」

「あぁ、王様、そうおっしゃいましても…。」

全身の力が抜けて困り果ててしまっているクレベルジェをさえぎるようにセーヴが口を開いた。

「クレベルジェさん、任せておきなさい。私が悪いようにしないよ。」

クレベルジェは不安そうな目をしながら、みなしご達と退出していった。

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