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第三章 三

三 ノストラダムス

翌朝、興奮冷めやらぬ様子で朝食の食卓についたのはクロードだけではなかった。クレモンもアレックスも、夕べの出来事がウソのようでもあり、誇らしくもあった。しかし、ポールの存在が人々の知るところとなってはいけないので、軽々と話すわけにはいかない。

「あんたたち、ルーガルーをやっつけたんだってね!すごいじゃないか!見直したよ。いつもなら朝ごはんは乾パン一切れだけど、今日は特別にヤギのチーズも用意しておいたよ。さ、夕べの疲れで腹が減ってるだろう?しっかりお食べ。」

クロードの奥さんも、不安の種が解消されたのか、上機嫌だ。二人の子供たちも、お兄ちゃんたちの武勇伝を既に聞いていた。男の子は興奮気味にアレックスに飛び掛かっては投げられるのを喜んでいる。女の子は強い意志を持つクレモンの冷静な判断がカッコイイと思ったのか、しきりにクレモンの側で話を聞きたがった。

目が覚めた時にはクレモンもアレックスもいなかったので慌てたチボーだが、二人の顔を見たとたんにホッとしたのか腹が減ったとみえ、二人よりも早くチーズに手をつけた。

「ちょっと!寝てただけの小僧のために用意したんじゃないよ!」

「げ、スミマセン…。」

クロードの奥さんはチボーには厳しく声を荒げるが、その目はいつも優しい。

「あんたは寝顔が可愛かったけどね。目鼻口が真ん中に集中してエリソンみたいだったわ。でも、それとこれとは話が別だからね!」

怒られたチボーを見ていたクレモンとアレックスは浮かない顔をしている。なぜなら二人ともヤギのチーズが苦手だからだ。あの独特の香りがどうしても喉を通らない。

「ほーら、あんたたちのために用意したんだよ。ヤギのチーズなんてなかなか食べられないんだから!」

「いやぁ…。パンだけで結構です。」

クレモンもアレックスも、ヤギの香りに食欲を奪われてしまった。チーズの中ではカロリーも低くて、健康には良いと知っているのだが…。

「さ、もう仕事にいかなきゃな。お前たちもさっさと用意しな。今日はナリスさんとこには連れていけねぇんだ。忙しくてな。グリフさんの印刷所にお前たちを連れていくことになってるから、一緒に出るぞ。」

支度をするものなどない三人は、クロードに連れられて外に出た。すると夕べ歩いたところも、朝日を浴びると美しい景色に早変わりしていた。太陽の恵みをこんなに感じたことはない。

「全然違う場所みたいだ。電気があったから今まであまり気付かなかったのかな。太陽ってホントにすごいんだな。」

三人は口々に「気持ちいい」を繰り返し、すがすがしい朝の光を満喫しながら歩いた。建物は黒くすすけているとはいえ、現代建築よりもずっと高さが低いから太陽の光が至るところに差し込んでくる。リヨンは南仏ではないが、その日の光はとても明るい。建物に使われている色がピンクや赤、黄色といった暖色系のものが多く、それも太陽光が映える理由の一つかもしれない。

グリフの印刷所に着いたところで、クロードは三人と別れた。

「グリフさんには今朝早く会ってきたんだ。話が通ってるから、中に入れば大丈夫だ。グリフさんによろしく言っておいてくれな。」

色鮮やかで、おしゃれなチュニックを羽織ったクロードの背中を見ながら、グリフの印刷所に入った。

グリフの印刷所のマークはグリフォンという伝説の動物だ。ライオンの体にワシの翼が付いている。いかにも強そうで、不思議な力を秘めた動物という雰囲気が醸し出されている。グリフの印刷所の入り口にかけられた看板も、そのグリフォンがあしらわれている。

作業場であるアトリエの中に入ると、

「おー、よく来たな。聞いたぞ、聞いたぞ。夕べはお手柄だったそうじゃないか。」

クロードが今朝早くにグリフに会ったのは、どうやら夕べの報告をするためらしかった。朝一番に扉をドンドンと叩かれた時はさすがにグリフも不機嫌だったが、昨夜の顛末を聞いて一気に機嫌が直った。

「素晴らしいじゃないか。町の人間を一人救ってくれた。こんな素晴らしい話はないぞ!ルーガルーかと…。おっと、これは大声で言っちゃダメなんだったな。」

グリフはしわくちゃな顔をなおもシワシワにしながら、喜んでくれている。いろんな話をしたいのだろうが、これは秘密であるというので我慢している。

それでも、今日はなおのこと饒舌だ。

「シスターにも早速話してきたよ。クロードが心配してな。顔の広いワシの方が説得力があるだろうって。シスターも良く理解してくれた。あそこのシスターたちは本当に天使のようだ。どんな病人でも嫌な顔一つせずに受け入れてくれる。命がけだぞ。自分たちも病気になるかもしれないんだからな。でもそんなそぶりは全く見せない。見上げたもんだ。オテルデューの連中なら必ず上手くやってくれるよ。」

クロードが報告に来た後、居てもたってもいられず、二人で一緒にオテルデュー病院まで足を運んだらしい。

「今日は朝から嬉しいことが二つあってな。一つはそのルーガルーの話。もう一つはお前たちに会わせたいお客さんが偶然来てくれてな。ノストラダムスという名医だ。ちょっと奥に行こう。会わせてやる。」

とクレモンたちを奥の方へ連れて行った。

ノストラダムスが最初にリヨンにやってきたのは一五二〇年から二五年ごろと言われている。まだ二〇代であった若き科学者は、アヴィニョンの大学がペストで閉鎖されてしまったために、フランス各地を旅行し、リヨンにもやってきたという。二回目のリヨン訪問はペストがリヨンを襲った一五四七年で、リヨンの執政官が、ペストに効く薬を処方する医師として知られていたノストラダムスを呼び寄せた。その後数度に渡りリヨンを訪れるが、有名な予言書を刊行するのは一五五五年になってからである。後に版を重ねることになるこの予言書によって、ノストラダムスはフランスのみならず、世界にその名を知られることになった。

「やぁあ、君たちが不思議な少年たちかねぇえ。私はノストラダムスというものだよぉお。」

南仏出身の人の独特のなまりだろうか。じつに不思議なアクセントだ。風貌もかなり変わっている。頭が異様なほど大きいが、それは髪の毛なのか頭なのかよく分からない。目は鳥の目のように小さく、鼻は象のように大きく、おちょぼ口なのに頬骨とアゴはビックリするぐらい張っている。白髪交じりのヒゲも耳から口の周りを覆っている。背は高く、当時の人にしては珍しく足が長いようで、肩からすっぽり被った服の裾から足がにょきっと出ていた。いやこれは足が長いとは言わないのかもしれない。ただ単にサイズが合っていない服を着ているともいえる。

「おやおやぁあ。君たちには不思議な未来が見えるなぁあ。はるかはるか遠くから来たようにもみえるが、グリフォンが頭上を自由に飛び回る姿も見えるぅう。うぅぅぅん。実に興味深い子たちだぁあ。」

「グリフォンが飛び回る、か。そりゃワシがこの子たちを守ってやらにゃいかんということなのかな。」

そう言うグリフを尻目に、ノストラダムスは突然詩をつむいだ。


神々を引き連れ

天空も地上も

自由に飛び交う

グリフォンよ

汝の守る

黄金にも似た

輝く光を浴びて

ついに時空をも制せん


「私の詠む詩は予言のように扱われてなぁあ。さぁ、この詩にどういう意味があるのか知らんがぁあ、突然口をついて出てきたわぁあい。」

「ふふふ、やっぱり不思議な御仁だ。エチエンヌが生きておったら、さぞあなたに会えるのを喜んだろうに。残念でならんわ。」

グリフは、恐らく無意識だろうが、ことあるごとにドレのことが口をついて出てくる。


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