第二話
二
帰宅すると、部屋は暗く静かで、寒かった。数年前には妻も子供もいたが、今は一人だ。孤独感は仕事をしていると忘れさせてくれるが、こうして一人誰もいない家に帰ると途端に自分の精神を蝕んでいく。
私は熱燗の準備をした。後は乾きものをつまみにする。外でラーメンを食べてきたので、食事の必要はないが、寒さと孤独を癒してくれるには酒が必要だった。そして、もうひとつ欠かせない存在があった。
こたつである。
私はこたつの電源を入れて、熱燗やつまみをテーブルに置く。そして、テレビでも見ながら、一杯。冷え切った体が、内側と外側から温められる。私はそこでやっと一息つくことが出来た。さらにもう一杯。このときばかりは五臓六腑に染みわたるという言葉を実感する。
熱燗もいいが、やはり冬はこたつだ。こたつは寒い冬に欠かせないだろう。特にこの日本では伝統的な文化の一つと言ってもいい。さらに私はテーブルの上のみかんにも手を伸ばす。やはり、こたつにみかんは欠かせない。これも日本の愛すべき風習だ。こうやって仕事の疲れを忘れさせ、明日への英気を養うのだ。
そう思いながら、私は次第にウトウトとしていた。気が付くといつの間にか、見ていた番組が終わっている。私はチャンネルを変えながら、体を横にする。体が鉛のように重たい。私はつまみの袋を少し離れたところにあるゴミ箱に投げた。ゴミはゴミ箱には入らず、その傍に転がった。
「またか・・・・・」
私は舌打ちした。ゴミ箱の傍にはゴミが散乱していた。前日、いや何日か前にも、こたつに入ったまま投げて外したのだ。コントロールが悪いばかりではない。ゴミ箱はすでにゴミが溢れそうになっていて、新たに入るゴミの侵入を遮るのだ。その結果、ゴミ箱の周りは入り損ねたゴミだらけになっていた。
そう言えば、こたつのテーブルの上の灰皿も山になっている。熱燗を呑んだときに使用した御猪口や食器も重ねて置かれている。テーブルの上はモノであふれて隙間がなかった。
隙間がないのはテーブルの上だけではない。部屋には脱ぎ散らかした衣服で足場がなくなっていた。もはや、どれが洗濯したのか、していないのかも分からないくらいだ。
「ハァー」
私はため息をつくと、もう諦めてそのまま、体を休めることにした。ここで散らかった部屋を見ていても仕方がない。それよりも体を休める方が先決だ。おそらくこのまま行けば、朝まで眠ってしまうだろう。そんな予感がした。予感というよりも普段の行動と言った方がいいだろうか。
そして、私はいつしか眠りについた。まだ浅い眠りの中、私は音を聞いた。ドタドタと騒がしい足音だ。それは私の家の玄関前で止まり、そしてドアをこじ開ける音になった。そのときになって私はようやく状況を理解した。
私はとっさにこたつの中に体を隠した。そんなことをしても無駄だということは分かっている。ただ、本能的にやっただけだ。こたつのヒーター熱が皮膚にモロに当たり、熱かった。そして部屋に入ってくる足音。私は息を呑んだ。
こたつ布団がめくられる。そして「出ろ」という感情の籠らない命令口調。私は諦めてこたつから体を出した。やはり、こたつから出ると寒い。だが、それよりも今の状況の方が寒かった。
「まさか、対KTT捜査課の課長ともあろう人がこのようなことになっているとは・・・・」
呆れたような声が頭上から聴こえた。私はその顔を見ることが出来ない。しかし、その声の主が誰なのかはよく分かっていた。彼は私の部下だ。私は顔を伏せたまま立ち上がる。いつかはこうなる日が来ると分かっていた。しかし、昔から愛用してきたこたつを捨てる気にはなれなかった。私の妻もそのことが理由で家を出て行った。確かに子供のことを考えるとそれは正しい選択だろう。
「済まなかったな」
私は部下に言葉をかけた。それに部下は無言で頷いた。彼にとっても苦しい決断だったのだ。そして、私は部屋から連れ出される。だが、その前に私の前に立ち塞がった者がいた。それは私の部下でも最も若い刑事だった。熱くKTTに対する嫌悪感を抱いた部下だ。
「あなたには失望しました。何故、こんなことを・・・・」
「世の中にはどうにも抑えきれない感情があるものだ」
私はそう呟くと最後に愛用のこたつに視線を送った。まだ体にはこたつの温もりが残っていた。




