第一話
一
「あの、何か用ですか?」
そう言って、アパートの一室から住人が顔を出した瞬間、私は素早く玄関のドアに足を踏み入れた。住人の男は慌ててドアを閉めようとしたが、私のつま先が邪魔をして閉められない。その隙に私は背後に潜んでいた部下に合図を出した。
「何なんですか?あななたちは?」動揺を露わにする住人。
「我々は警視庁対KTT特別捜査課の者です。あなたにKTT不正使用の疑いがあると通報を受けました」
私の言葉に住人の顔は青くなった。すでにもう諦めがついたのだろう。後は簡単に部屋に踏み込むことが出来た。我々は住人を部下の一人に任せ、部屋の奥に進んだ。部屋には我々が摘発しようとしているKTTがあった。その傍には住人の妻だろうか、トロンとした表情でKTTにその身を預けていた。
「何て腑抜けた姿だ、完全にKTTに依存しきっていますね」
私の部下の中で最も若い刑事が侮蔑の言葉を口にした。確かに女は完全にKTTに嵌まってすぐに逃げ出せない状態にあった。我々の侵入でようやく事態を把握して、現実に引き戻されたようだが、まだ現実とのギャップに混乱しているようだ。私はKTTの電源を抜いて、部下に女を連れて行くように指示を出した。そして、KTTも部屋から運び出される。後に残ったのは荒んだ生活をしていた男女の部屋だけだった。
※
KTT禁止法。
今年の冬に施行された法律だ。KTTという機械が人間を堕落させるというデータが出たことから国会でKTTを規制する法案について議論となった。当初は眉唾だったデータも議論が深まるにつれ、いや、実際はまともな議論はなされていない。ただ、メディアで大々的に取り上げられ、誇張された報道で視聴者の危機感を煽っただけだ。ネットでもその危険性について否定派と肯定派が分かれたことで騒動となり、結局、禁止案を押す与党が強行的に法案を通したのだ。
ただ、与党が法案を推し進めたのにも理由がある。KTTの使用が特に多いのはこの国である。いや、この国だけしか使用されていないといっても過言ではない。他の先進国との競争が激化している現状で、人を堕落させるというデータの裏付けがあるKTTを使用する国は信頼性に欠ける。今後の労働力不足にも拍車がかかる。政府にしてみれば、KTTに対する不安要素は多すぎたのだ。
そして、KTTはこの国で禁止の対象になった。こうして生まれた対KTT部門が我々の所属する警視庁対KTT特別捜査課である。
※
我々の役目は世間的には受け入れがたいモノかもしれない。KTTの危険性を認識していてもこのような弾圧をする行為は嫌われる立場になりやすい。世間では我らを警視庁の死神、弾圧の実行部隊のように蔑むことが多い。だが、この世の中を平穏に保つためには嫌われる側の人間も必要だ。だから、私は今の仕事に誇りを持っている。しかし、同時に自分の中で社会に対する猜疑心を抱いている。私は常にジレンマを感じていると言っていいかもしれない。
「課長、お疲れ様です」
仕事を終えて、解散を告げた私に最も若い部下が声をかけてきた。彼はKTTに対して憎しみにも似た感情を抱いていた。それは彼が強い正義感を持って仕事をしていると見られがちだが、私には世間の風潮に流されやすい人間に思えた。
「肩に力を入れ過ぎだ。もう少し力を抜け」
「お言葉ですが、それは出来ません。私はゆとり世代と蔑まれた時代の人間です。だからこそ、人を堕落させる機械を野放しにはしたくないんです」
若い刑事は熱く語った。確かに彼の憤りは分かる気がする。ゆとり世代とバカにされた若者よりもKTTにのめり込むのは古い世代の方が多い。長い不況により絶望感に打ちひしがれた人間がたどり着いた心の安らぎがKTTだという説もあるくらいだ。
「でも、課長は私にとって憧れの上司です。私をゆとり世代とバカにせず、心から信用してくれます」
「買いかぶりだ」
私は眉を顰めて言った。部下の信頼のまなざしが私には痛かった。




