5.マジックノギス
5.マジックノギス
「またこれか……」
服の下に入れてあるので、ちらちらとしか見えないが確かにそこには工具があった。
皆さんは《ノギス》という工具を、知っているだろうか?
いかんせんマイナーな工具なので、興味のある方はネットで調べたほうが詳細は理解できると思うのだが、簡単に言うとナットなどの径を正確に測る、英語の『F』のような形をした工具だ。ごく初期の原始的なノギスと、発展型のダイヤルノギス、デジタルノギスと言う種類がある、これは原始的なノギスに分類されるものだろう。
俺は、なぜかこれを昔から後生大事にお守りとして持ち歩いている
確かに、六芒星を二つ重ねた星型図形(12芒星)と見慣れない文字の刻印がしてある。
全長10cmくらいの小さな工具に書かれている文字なので、つぶれて読めないと勝手に思い込んでいた……が、言われて見ればオセのマジックツールとも、いくつか共通点のような物はある。
なるほど、確かにこれは、俺にとってもいわく付なアクセサリーであるのだが……
ここでまた魔法の杖として登場するとは思わなかった。
今までの事件の中でも、何度かこれは重要な役どころとして登場した。
特異点の発生源? ――とか、妹との思い出の品とか、使われ方はまぁいろいろだ。
まてよ……
「これがマジックツールなら、俺は魔法が使える事にならないか?」
「一嵩さんは最初から魔法を使っていましたよ??」
「違う! それは前の俺だ!」
つい声を荒げた俺に、彼女は抗議するように。
「あたしには、その違いが解りません……」
確かに……
もっともな意見だ。
この時間のない中、訳のわからないことを言っているのは、むしろ俺のほうだ
「すまない……だけど、本当に俺はその部分だけ抜け落ちているんだ、だから知識さえあれば魔法も使えるのではないかって」
彼女はそれでも納得していないようだった。
当然の反応ともいえるけど、これは、それだけではない様にも思える。
「そんなはずありません」
そんなはずない?
「魔法とは、骨に刻むものであって,知識によるものではないからです。あなたがマジックツールを持つ以上、あなたも魔女の係累であり。魔女である以上、骨に魔法が刻まれているはずです」
「骨?」
骨とはいったい何のことだ?
「それに、マジックツールは複製や製造、または譲渡ができる物じゃない。一度手放しても必ず手元に帰ってくる……そういうものなのです」
俺は違和感に気づく
「いや、それはおかしい。いつかは思い出せないが、これはもらったものだ」
オセは微妙に警戒するように身構える。
「それに、俺は歳をとらないわけじゃない」
「…………えっ?」
彼女は信じられないような顔をしてこちらを見ている。
そして、彼女は搾り出すように言葉を吐く
「歳を取れる魔女なんていません! 嘘です、そんなの……」
彼女の顔が見る見る青くなる
「嘘じゃない、アルバムだってここに」
本棚を指さす。
勢いで言ってしまったけど、あるよな……アルバム。
時間軸の改竄で消えてなければいいが。
視線を本棚の下段に移し、赤い背表紙の分厚いアルバムを確認する。
よかった、ちゃんとあった。
俺はそれをオセに手渡す。
「…………」
オセはそれを食い入るように見つめている。
「小学生以前の写真がありません」
「おフクロが写真を撮るのをいやがるんだ その影響からか、10才くらいまでの写真は1枚もない」
「……」
「お母さん……いるんだ…………」
「いや、俺が小さいころに死んじゃ……」
なぜか急にオセは険しい目を俺に向けた。
「どうして、そんな嘘をつくのですか?」
どういうことだ? 俺は嘘なんてついていない。
「魔女が歳をとるなんて、そんな都市伝説……」
その時オセは、何かに気づき、そして……
「都市伝説? そうか、あの魔女が……」
オセは肩を震わせて、
「《あがり》は本当にあったんだ…………」
オセは俺の胸倉を掴み激しく言い寄る。
「一嵩さん! 一嵩さんはどうやってあがれたんですか??」
オセはすがるように俺に質問する、目も声色も尋常じゃない。急にどうしたというのだ。
「あがり? あがりって一体何だ」
「冗談はやめてください! 魔女にとってのそれは……」
オセは何かに気づいたように、急に押し黙った。もう、何が何だかわからない。
「そうか……記憶をなくしたって言うのも嘘なんですね」
「オセ、何を言っているんだ」
「そこまでして……あがりの方法を教えたくないのですか??」
オセは興奮して掴みかかった指の力を強める。
『あがり?』……何のことだ、歳をとることが《あがり》なのか?
「オセ、やめろ! 騒ぐとやつらに見つかる」
オセはさらに青くなる。
掴んでいた手は力を失い。二歩、三歩とよろめきながら後ろに下がった。
「まさか……自分はあがったから私の事が邪魔になったのですか??」
「変な時間稼ぎをしてスナークハント達が来るのを待っていた??」
ちょっと待て、本当に何の話をしているのだ?
「おかしいと思っていたんです……聡明なあなたが、何故こんなことするのかって」
「だまされていたんですね……私」
まてまて、変に納得しないでくれ。本当に知らないだけだ。
「あたし……信じていたのに……」
まずい、この流れはかなりまずい。
それは、少し想像すれば解ったことかもしれない、彼女が魔女だって事……
歴史的に迫害され、歳をとらず、十数年も狂気の世界にいた女の子。
俺にとっては、不思議でありえない設定だとしても、彼女にとってのそれは、1000年以上の間、連綿と続く残酷で無慈悲な現実だったのに。
情報を、情報としてだけ捉えていた俺は、彼女の言う1000年以上の迫害の歴史なんて想像できるはずもない。安易にアルバムなんて見せるべきではなかったのだ。
今回は、本当にどうかしている。魔法と言う言葉の魅力に、――怒涛のように押し寄せる不思議な謎に中てられてしまったのかもしれない。 正直俺は、魔法や謎解きの部分に夢中で、彼女の気持ちや心境など、まったく考えなかった。
すでに、俺の頭の中には失敗のイメージが支配しつつある。
もし、もしも俺が失敗したのなら――またどこかの改竄された世界の俺が、これを引き継ぐことになるのだろうか。
そんなことが頭をよぎる。
「返して……」
俺は彼女のヒステリックな悲鳴に現実に引き戻される。
「?」
一瞬何かわからない。何をだ
「返して……地図、私にはまだあれが必要なの。返して! お願い、返してぇっ!!」
ダメだ、この流れは本当にまずい、何とか軌道修正しなくては……
「落ち着け! オセ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
取りあえず両手を抑えようとするが体をひねって全力で拒絶される。
それでも、押さえつけなくてはならない。
とにかく落ち着かせなくては。
その時だ、
俺の視界の隅を何か黒いものが映る。
瞬間、背筋に戦慄が走る。
2メートルにも及ぶ黒い塊、黒いドライアイスが不気味な靄を纏っているかのような、そんな印象の物体だ。一目でこの世のものではないと感じるほどの強烈な違和感。
それが、窓の外……ベランダからこちらを見ている。
それは、概ね人型に近く、眼窩の部分だけが、白く浮き出でいる。そして、その眼窩中央には、蒼い虹彩と濃い群青色の瞳孔があり、それが感情無くこちらを見据えている。瞳孔や表情からは何を考えているのか、一切検討がつかない。不気味としか言いようが無い、見るからに恐ろしい化け物だ。
距離にして2メートル弱――
近い、近すぎる。
スナークハント――
初見だか間違えるはずもない。認識共有……、間違いなく俺もその支配下に入ってしまった。その瞬間、狩るものと狩られるものが決定した感覚に襲われる。もちろん俺が狩られるほうだ。
冷静に状況を分析しなければ。
そう思えば思うほど、俺の手は汗ばみ、思考は混乱していく。
情報量が多すぎる。整理する時間も無い、いや、目の前のことをまず考えなくては……
もう一度、化け物を見る。
彼は片手にベルを持っている。おそらくベルマンだと推測される……『スナーク狩り』を提案し、皆を指示する人物だ。よりにもよって指揮官タイプか、なら、ほかの隊員も近くにいるに違いない。最悪の展開だ。
まずい……まだオセから現状を聞いただけで、対策や考察する時間なんてまったく取れなかった。これではどうしようもない。やはり、初めの30分のロスが大きい。
幸いオセは、まだ彼に気づいていない――が。しかし、これは幸いといえるだろうか?
とにかく、彼女を落ち着かせなければ、
俺は、まず暴れるオセを窓から視線を外すように押さえつけ、その手に地図を握らせた。
「落ち着け…… 落ち着け、オセ」
「ほら地図だ。大丈夫、俺は君に嘘なんてつかないし、見捨てたりもしない」
「ゃあぁぁぁああ!!」
「嘘よ!!……嘘…」
オセはいまだに暴れようとしているが、幸いなことに力はそれほどでもない。簡単に押さえつけられる。
「大丈夫だよ…ほら」
頭に手をのせる。そして、子供をあやすように優しく髪をなでる。
「《あがり》のことについても、俺が責任もって何とかしてあげるから……」
「嘘、嘘だもん」
「魔女は嫌われ者で……迫害されるのが、当たり前なの…………」
「かかわるもの全てが不幸になるの」
「きっと、あなたも自分に危険があれば見捨てるに決まっている」
窓の外、化け物がずっとこちらを見ている。
彼女を抱きしめる手が、小刻みに震えている。
彼女に不安が伝わらないか、それだけが心配だ。
「大丈夫だから……」
そういいながら、優しく頭をなでる。
彼女は一瞬、体を硬直させ頭を上げようとしたが、強く包み込むように抱きしめ、また頭を撫でる、そしてもう一度。
「大丈夫……」
同時に、俺の目線は窓の外、スナークハントを見据えている。
どうする。
もう一刻の猶予もない。
時間の感覚だけが長く引き伸ばされていくが、考えはまったくまとまらない。
オセのほうも、次第に落ち着きを取り戻していく。
いや、俺の動揺に、この異変に気付いたのかもしれない。
どうする。
さっきから、この言葉しか思いつかない。
後に続くはずの選択肢が、一つも思いつかないのだ。
いや、正確には一つの言葉だけが頭を支配していた。
『にげろ!』
それ以外は思いつかない。
しかし、逃げることも出来そうにない。
なぜなら『その答えは間違っている』と……頭の中で警鐘が鳴り響いているからだ。
自慢ではないが、こういうときの直感は割とあたる。
しかし、逃げる以外の選択肢とは何だろう……俺は必死に頭を働すが何も思いつかない。
状況を鑑みるに、すでに取り囲まれているといって過言ではない。
何の準備もなしに逃げるのは、たしかに自殺行為かもしれない。
そして、何より不安なものは地図の存在だ。
彼らは、あの異世界から複数回逃走した対象でも警戒しないのだろうか?
もし、彼らに地図の存在が知られでもしたら、こちらの世界への帰還は絶望的になる。
知能が無く、ただ連れ去るだけの輩なら、御しやすくはあるが………
彼らは俺達を観察していた。
それは、知能の無いものの行いだろうか?
そう考えると間違いなく次は無い。楽観的な希望的観測は避けたほうがいいだろう。
もちろん、前の俺が持っていたという異世界に自由に出入りできる力も、期待しないほうがいい。
そうして、ネガティブな考えだけが、俺の思考を支配していく……
オセが平常心を取り戻しつつある。
もう、いくらも時間が残っているわけではない。この状況をオセにどう伝えればよいのか、見当もつかない。もちろん、伝えなければパニックは避けられない。
そんなことになれば残り少ない希望が、すべて吹き飛んでしまうに違いない。
しかし、依然、俺には逃げる以外の選択肢は思いつかなかった。
あせりと不安が思考を支配し、早鐘を打つ心音がとんでもないことになっている。
――スナークハントは動かない。
たっぷり値踏みされているように、彼はこちらを見据えている。
何か考えなければいけない、しかし、何も浮かばない。
いつの間にかオセの頭を撫でていた手は硬直し、じんわり汗ばんでいた。
「??」
さすがに俺の異常に気づいたのか、オセは俺の視線の先、窓のほうに目を向けようとする。
そこからはスローモーションのように時間が進んだ、
早く何か言わなくてはいけない――しかし何も思い浮かばない。
狼狽し、うろたえる俺を見透かしたように、スナークハントはいまだこちらを見つめている。そして、少しだけ彼の相好が崩れる。
『笑った?』
その直後、スナークハントは窓枠の外に向けて、1歩、2歩と、歩みを進めていった。
「…………」
オセが完全に振り返ったときには、もう、窓の外には何もいなかった。
助かった…………のか?
スナークハントの去り際の表情がいまだ脳裏に焼きついている。
確かに、それは笑っているように見えた。実際に、笑っていたのかもしれない。
オセは釈然としないのか、不思議そうに首を傾げている。
「何か……あったのですか??」
もちろん言える訳がない、俺はたっぷり二呼吸ほど溜めてから答える。
「…………いや、何も………」
俺は、彼女に気づかせまいと、出来るだけ平静を装い返事をしてみたものの、実に不自然な返事をしてしまった。
見逃してくれたのか……
それともまだ、様子を見る必要があったのか。
どちらにしても、少しだけ時間が生まれたことになる。
今はそれを喜ぶべきだろう。
俺がそんなことを考えているとオセはいつの間にか、俺の手を振りほどき壁際まで移動していた。
さっきまでの抱擁がいまさら恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして変な体勢でモジモジしている。
そしてしばらく俯いていたのだが、やがて意を決したように
「あのっ……すみません、私、取り乱してしまって……」
「あっいや……俺も不用意だった、すまない……」
「やぁ……いっ 一嵩さんは全然……、あたしが………」
彼女はひたすら照れているようだったが、俺にはその理由が良くわからなかった。
数百年生きているのに、いまさらこんなことで?
彼女に関しては本当に謎が多い。これではまるで、何年か毎に記憶も感情もリセットされているようにも見える。しかし、彼女の口からは何百年も前の話が頻繁に登場する。
それも、今回解かなくてはならない謎に含まれているのだろうか?
俺は少しだけ考えてから思考を止めた。今は別の事を考えるべきだ。
「《あがり》については、俺も出来るだけ尽力するよう約束するよ、ただ今は……」
それだけ言うと、オセは力強くうなずいた。
「わかっています、スナークハントの事ですね」
「うん、だけどその前にさっきの話の続きをしていいかな?」
「えっ、あっ……はい、えっと……さっきって??」
「このマジックツールの話だ、君はさっき複製や製造、譲渡は出来ないと言っていたけど」 彼女は頭の中を整理するように「うーん……」といいながら、
「はい、理論上は――の話です」
「例外を除くすべての文明の魔女に、この杖を作るテクノロジーはありません」
「例外と言うのは?」
「私がまだ知らない魔王級の魔女です、これならどんな不思議なことでも説明できます」
「なるほど。じゃあ、複製品みたいなものはこの世界に一つもないのか?」
「いえ、粗悪なもの――そう、劣化コピーのような物なら譲渡も複製も可能かもしれません。
でも、それは本当に少ない能力しか持たないと、聞いています」
「少なからす、存在はしているんだ」
オセは消え入るような声で「いえ……」とつぶやいた後、
「それも、あの魔女狩りの時代にすべて破壊、淘汰されたと……」
絞り出すようにそう答えた。
魔女狩り……14世紀から17世紀末にかけてのほぼ4世紀に渡って、ヨーロッパ全土で行われた、キリスト教会による徹底した魔女の弾圧。彼女ら魔女にとっては、最も思い出したくない過去の一つであろう。
確かに、この話題には触れない方がよさそうだ。
「このノギスがその残りであるという事は?」
「……いえ、あなたのそれは、とても強力な能力を持っていました。少なくともレベルA以上。レプリカと言う前提で、私達通常のテクノウイッチが使うレベルC以上の能力なんて、とても信じられません。事実上存在しない……と思うのが普通と思いますけど……」
最後のほうは自信なさげだったが、俺もおおむね俺も同意見だ。
「だから、てっきりあたし、一嵩さんは魔王級の一人とばかり……」
「……」
魔王級? 俺が? もしそんな力が使えたら便利なんだろうけど……たぶん使えない、たとい、このマジックツールが本物であったとしても、無理なような気がする。
しかしだ、少しだけだが興味はある。
「ちなみに、俺はどんな魔法を使っていたんだ?」
彼女は、少し難しい顔をして、うんうんと考え始めた。
そんなに難しい質問だったのだろうか?
「なんというか……あたしを助けてくれたときは、輪胴式拳銃に――こう、充電式の乾電池を詰めて撃っていました」
「スタンガンとか言っていましたけど……」
なんと。
ふむ、確かに時代も能力も読めない、じゃあ、あれか? 黒マンガンだったり赤マンガンだったりすると威力が弱かったりするのだろうか?
時間があれば、考察にすごく時間を掛けたいテーマだが、なにぶん今は時間が無い。断腸の思いで思考を止めることにした。
「じゃあ、それを召喚してみよう」
首から下げているノギスを取り出し
「スタンガン召喚――とかでいいの」
と言うと、彼女はすぐに補足・訂正してくれる
「いえ、商品名は、本来必要ではありません。認可団体(マークや記号)と認可番号、非認識の場合はそれもつけて、時間の設定もその時に同時に、忘れると延々とマナを吸われる事になります、付加機能がある場合は、前後に説明が入るときがありますけど……基本はそんな感じです。準備が整った後で、マジックツールで召喚ポイントをノックすればウイッチクラフトの召喚術式は完成となります」
えっと……認可団体に認可番号ね。うんっ、さっぱりわからん!
「もちろん番号管理されていない時代や空想の産物などは、違う法則下で召喚されるようですが、そちらのほうはわたしも詳しくありません」
「なるほど、お手上げだ」
「本来は、体が知っているはずなのですけど……私なんか、千数百年前からいるわけですし、そのころは電気を使った商品なんて当然無かったわけですから――」
「骨に刻むというやつだな」
「はい」
「しかし使えないものは仕方が無い、これは戦力として除外して考えるしかないようだ」
「それで、スナークハントのことについてだけど、一つ、君の意見も聞かせてくれないだろうか」
オセは突然の質問に背筋を正す。
「あっ……はい、何についてですか?」
彼女はまじめな顔で、俺の次の言葉を待っている。
この、彼女生来の生真面目さと言うか、折り目正しいところがなんとも好感が持てる。
きっと、この子のほうが何千年も長生きしているのに……擦れてないと言うか、なんだか年下のようにも見えてくるから不思議だ。
俺はコホンと咳払いをして、
「スナークハントが標的を発見しているのに襲わない。そういう事があるとしたら、その理由が何なのか解るかい?」
「発見しているのに襲わないんですか??」
「ああ、魔女としての意見を聞かせて欲しい」
うーん、と実際声をあげて考えている。
その仕草が、ちょっとかわいい。
「あっ、簡単ですよ」
彼女は満面の笑みをもって答える。
「え!? 解る?」
「はい、きっとですね……」
オセはもったいぶったように、たっぷりと溜めてから
「うん……」
「……」
「それはですねー」
「……」俺は息をのむ。
「標的を、発見できなかったんですよ!」
彼女は自信満々にそう答えた。
――とっても残念な回答いただきました。
「いやいや、そもそも発見できなかったらこの話は成り立ってないわけで……」
「えっ……いや」
オセは真っ赤になって、テンパリながら必死に反論する。
「えっ、でもでもウイッチクラフト(魔女の創造物)も標的な訳だし……魔法があるってことは近くに魔女もいるって事でしょ」
オセの、その一言で目からうろこが落ちる。
確かに、魔法だけ回収しても非効率極まりない、と言うことは
「魔女を発見できなかったって事か?」
なるほど――いや、でもそんな事があるのか?
俺はすぐさま情報を整理する。
オセは一度つかまっている、だったら彼らもあそこまで近づいておいて、見つからなかったは無いだろう。
だとすると、やはり条件が足りていなかった?
前の状況と違うところ、この部屋に二人いて、どちらが魔女かを特定できなかった?
いや、どちらもマジックツールを持っている『二人とも』と言うことがあってもおかしくないはずだ。
では、やつらこちらが魔法を使うのを待っているとか?
それだと、オセは一度魔法を使ってしまっている。
オセが彼らを発見してから30分後……微妙なところだ。
しかも、入ってきて早々結界を張ったりもしている。状況から考えても30分後はかなりの危険域だ。そうなれば、一網打尽にするために、俺が魔法を使うのを待っている?
いや、そもそも俺は、彼らから除外対象扱いを受けているはずだ、可能性としては薄い。
……振り出しに戻る。
やはり、まだ少し情報が足りていない。
しかし、『魔女を発見できなかった』は、いまだ迷いはあるものの、この問題の正鵠を射ている……。そんな気がしてならない。
前の俺は、ブージャムになることこそすべての問題の解決だと示した。
そもそも、前回の俺はブージャムの正体にこだわりすぎていたのではないだろうか?
それに、ブージャムの属性付与が、前の俺の魔法に依存するなら。どちらにせよ、その回答は実行不可能だ。
そう、結果的に問題の解答はブージャムにおちつくかもしれないが、それは導き出した答えが、イコールで結ばれるに過ぎない。
この足がかりは、正体不明なものを探すより、よっぽど手がかりになるかもしれない。
一縷の光明が見えたような気がした。
「いけるかもしれない……」
俺はオセのほうを見る、一瞬目が合う、彼女の顔が瞬間的に赤くなった
「オセえらい!!」
そして数歩の距離を一気につめ、俺は彼女に抱きついた
「ひゃぁん!」
「あぁぁぁああの……一嵩さぁん!」
オセは顔を真っ赤にして何かしゃべっているようだけど
そんなことは気にしないで、少し体を離してから肩に手をのせる。
「オセ、もう一度状況を整理したい、いいかい?」
「ひゃ……はぁい」
オセはそれどころじゃなさそうだったけど俺は気にしなかった。
「彼らスナークハントの捕縛対象だけど――
1.初期設定の、人に悪い影響を与える都市伝説。
2.その派生として拡大解釈された、魔女と妖怪……。
と、言うことだったね」
オセは真っ赤になった状態から回復していなかったが、なんとか冷静に答えようと、
「はい、そのひゃず……」
噛んだ、しかし、内容は理解できる。かまわず続ける。
「派生した部分に関しては、すべて『スナークはここだ!』と3回唱える例のあれで捕縛された」
「えっ――えっと、たっ たぶん全部じゃないです!」
「全部じゃない?」どういうことだ?
「すっ 少なくとも、それだと魔女はともかく、ウイッチクラフトが回収対象になるはずがありません……」
ふむ、確かにそのとおりだ。ポットや信号機を見て、その言葉を使うとも思えない。
彼女は少しずつ冷静さを取り戻しながら
「魔女や魔女の魔法に関しての噂は、魔法が発動して、ずいぶん経ってから……それもすごく不自然な方法で追加されたと記憶しています」
「――と、いう事は、悪い都市伝説の捕縛は必然に、無害な都市伝説と妖怪は偶然に、魔女とウイッチクラフトは、不自然に追加される形で――と言うわけか」
魔女と魔法は後から不自然に付け加えられた……
少しずつ異世界のほころびが見え始めた。
都市伝説の魔女、ホイッツさんといったか……確かに、その魔法で人々に多大な被害が出ているのは間違いない。しかし、俺にはどうしても彼女自身が意図的に悪いことをしているようには見えないのだ。
都市伝説……とどのつまり、彼女の魔法は社会不安そのものだ。それを無意識に作ること……それが彼女の罪だというのなら、それは冤罪以外の何者でもないような気がする、むしろ、彼女ら魔女を生み出したシステム自体が悪なのではないだろうか?
オセが言うには、魔女は嫌われ者で……迫害されるのが当たり前だという。
魔女にかかわるもの全てが不幸になるとも………
そして、それ自体を都市伝説と捉えるならば。もしかしたら魔女狩りも、魔女の生み出す不幸すらも都市伝説の魔女ホイッツ・アスモダイの生み出した魔法と言うことになる。
恐ろしく業の深い話である、そんなものを一人の人間が背負えるものだろうか。
おそらく……彼女は、それら全ての悲劇を自覚している。
彼女が原因で、魔女や関係のない人たちが、次々と拷問や火やぶりに掛けられていく。それを彼女はどんな思いで見届けたのだろう。
そして、今回の『恐怖の大王』の一件。
話を聞く限り、彼女は自らが生み出す悲劇を、必死に食い止めようとしているようにすら見受けられる。それは、今回に限らず何時だってそうしてきたに違いないだろう。
そんな彼女が、同族を陥れるような制約を、わざわざ後で付け加えた……
何か不自然だ。きっと何か重要な意味があるはずに違いない。いや、そもそも彼女は魔女を捕獲対象にいれるつもりは無かった? しかし、ある条件を満たしたときに捕獲対象になってしまう……いや、それだとウイッチクラフトを対象に入れた意味が解らない。
スナークハントが何をもって魔女を魔女と認識しているか? やはりそこから考えなくてはいけないか?
単純に考えて、目しか持っていない彼らの取れる唯一の索敵方法は目視による確認のみである。ただし、通常の可視光領域とは限らないかもしれない。
魔力だけをみる、つまり、魔法さえ使わなければオセの事を魔女と認識できないのではないか?
しかし、それではおかしい、オセはここにきて魔法を2度も使っている。一度目の魔法で位置を知られ、30分後に使った召喚で確実に王手のはずだ、4時間も観察する理由が見当たらない。
ダメ押しに確認しておくか?
「オセ、前にスナーク狩りにつかまった時、直前に魔法を使っていなかったか?
どんな小さな魔法でもかまわない、俺の留守中に魔法を使ったかどうか教えてくれ?」
「えっ それは……使わなかったと思いますけど……」
「マナを使わない物も含めて?」
「一嵩さんに止められたのです、魔法は使わないほうがいいって」
「そうか……」
「すみません、それ……言うのを忘れていました、こちらに戻ってきた時、一嵩さんに同じことを聞かれて「使ってない」って答えたら、じゃあそれは、あまり関係ないかもしれないなって、そう言っていたから…………ゴっ…ゴメンナサイ」
「いや、謝らなくてもいい、なるほど、良くわかったよ」
どういうことだろう、スナークハント達が眼を使って目標を確認していないのは正解か? しかし、目を使うなら2度目の時、オセはすぐにでも回収されたはず。
まして、魔法や召喚現場ですらないとすると、一体何をもって彼らは魔女を魔女と認識しているのだろうか?
視覚以外の何か、もしくは超能力的なものがあるのだろうか?
だとすると、ここまで時間が掛かる訳がない。
――きっと、見落としがある。
一度、最初から確認してみよう。
俺はおもむろに立ち上がると、玄関のほうに向かう。
もう発見されているのだ、コソコソする必要はない。
オセは一瞬不安そうな顔をしたが、俺の行動を止めはしなかった。
ガチャ
扉が開く。その刹那、木立や石灯籠、建物の影に黒い物体がとっさに隠れる。
スナークハントだ。
4、5、6、7……すごい数だ。もうどれくらいいるか見当もつかない。
そして――俺は完全に外に出て、ドアを見た。
「!?」
俺は自分の目を疑った。そこにあるはずのものがなくなっている。
「《結界》が……」
そう、確かにそこには『売家』の広告が張ってあるはずだった。
しかし今は何も貼り付いてはいない。
どういうことだ?
スナークハントが剥がした?
そんなはずはない、そんなことをするくらいならコソコソ隠れるはずもない。
だったら……
「ちょっとあんた!」
いきなり後ろ――たぶん階段の下から声を掛けられ、ビクッと硬直した
しかも、この声の主は聞き覚えがある……俺は恐る恐る振り返った。
そこには、ウェーブのかかった癖のある髪を胸の辺りまで伸ばした、可愛い女の子が立っていたのだった。
やっぱり、例の中学生巫女さんだ。しかし、今は巫女服を着ていない。
フリルとリボンの付いたオフホワイトのキャミソールと、白のキャミソールを2枚重ね着して、花の刺繍の入ったデニムのショートパンツと、同じく花飾りの付いた黒のミュールを履いている。
普段着の彼女も、かなりかわいい。
「ミコちゃん……」
「へんな名前で呼ぶな!!」
「あとちゃんづけもやめて、馴れ馴れしい」
「だって、俺、君の名前知らないし……」
「名前で呼ぶ気だったの? 超キモイんですけど!」
相変わらずパワフルな罵倒だ。
「大家の娘なんだから苗字くらい知っているでしょ」
なるほど……
「じゃあ馬代、何の用だい」
俺はなんとなく、年上で余裕あるしゃべり方を実践してみた。
「なお、悪いわぁ!」
何か紙くずみたいなものを思いっきり投げつけられた。
「あいた!」
彼女は怒りで真っ赤になっている。
即時に脳内変換。
いきなり呼び捨てにされたから、照れちゃったのかな。
「まったく照れ屋さんめ」
「誰が!」
カンカンとけたたましく足音を響かせ、彼女は階段を駆け上がってくる。
「あんた! どういうつもり!!」
彼女は階段を上りきるや否や威勢よく啖呵を切った。
「えっ、どういうって、馬代さんだと大家さんとかぶるし……」
「誰が名前のこといっているのよ!」
「えっ、じゃあ何?」
いや、マジでわからんのだが……
「その紙くずよ!」
そう言ってさっき投げつけてきた紙くずにビシッと指差した。
「ん?」
よくよく見ると、その紙くずはどこか見覚えがある。
まさか……
よく見るとそれは、今朝、玄関に張られていてはずの《売家》と書かれた広告だった。
「これ……」
「あんたが張ったんでしょ、ちゃんと見てたんだからね」
見てた? ああ……掃除か。今日、ミコちゃんだったんだ。
「もちろんすぐに剥がしてやったわ、何のいたずらかは知らないけど、止めてよね!」
えっと……どういうことなんだ?
一瞬、俺の頭は真っ白になった。
たしかこの魔法、この部屋を買いに来るか、この部屋自体に興味がないと、ここを人が住んでいる場所と知覚できなくなる魔法だったよな。
大家さんの娘――発動した魔法の無効化対象か……
なるほど……
「君がこれを?」
「そうよ、おあいにく様」
「でもね、感謝しなさいよね――お父さんがこれをみたら、だだじ……」
結果、彼女はそのセリフを最後まで言うことが出来なかった。
なぜなら、俺が感極まって彼女をハグしていたのだから。
――彼女の話が本当ならば、俺達は彼女に助けられたことになる。
認識阻害魔法はずっとソコにあったわけではなく、一瞬だけ発動してすぐに、彼女によってもちださられていたのだった。しかも、彼女がずっと持ち歩いていたことによって、注意がそちらに向かっていた。
これによって、スナークハント達が二度目の召喚を見ていないと言う選択肢が、現実味を帯びたものになってきた。
この事実があると無いとでは、仮説の組み方に大きな違いが出てくる。
ミコちゃんには感謝してもし足りない、なんていい子なんだ!
そんなことを思っている間、とうのミコちゃんはと言うと、ハグ直後から直立不動で固まって微動だにしない。
少し時間がたち、直立不動状態から少しずつ回復しても、彼女の抵抗はばたばたと力なく手を動かしている程度に留まり。俺はそんな彼女のささやかな抵抗を嬉しさのあまり気づかずに、彼女を離さないようにさらに強くハグしていたりしていた。
「や……ちょっ……マジなにして…………」
「マジキモ……や………はなし…て……」
ミコちゃんは顔を真っ赤にして何かモゴモゴ言っていたが、俺の耳には届いてこなかった、やがて力なく俺の胸を押しながら弱弱しく、
「やだぁ……もう…………」
「や……ちょっ……ほんとうに…………」
「っっ………」
「お母さんに怒られちゃう……」
その言葉に俺は、ふと我に返る。
「あっごめんミコちゃ……」
「ゴボァアアァァ!」
マグナムみたいな正拳突きが、水月に突き刺さっている。
水月と言うのは人間の急所の一つだ、だからものすごく痛い、良いこのみんなは真似してはいけない!……あー もとい、
「はぁはぁ、こっ このぉ……」
「変っ態……野郎がぁぁ…………」
そう言い放つと、彼女は体の中心に刺さる正拳を静かに抜き取った
漫画的表現を用いるなら、きっと拳から煙が上がっていただろう。
ドサッ
俺はあまりの激痛にそのまま倒れこんでしまう。
そして彼女は、地面にうずくまる俺を、汚物でも見るような眼差しで見下しながら。
「い……いきなり抱きつくなって、この間言いましたよね……」
「かはっ……ゴブッ!」
俺は、まだまともにしゃべることが出来ない
「ご……ごめ……」
それでも、何とか声を出そうとしていたところで、
「ぎゃあぁぁ!」
こっこの女、ミュールの踵で指を踏みやがった!
「3度目の警告、今度やったらマジ殺す!」
氷点下まで冷え切った氷の瞳が、俺を芯から振るいあがらせる。
「解った?」
俺は無言で何度も首をたてに振った。
滅茶苦茶こわかった、ちょっとだけちびってしまったかもしれない。
彼女は、俺から視線を外し、軽くため息をつく。
「――ふぅ…………」
そして、自身の怒りを静めるように一度だけ深い深呼吸してあたりを見渡した。
その時、オセは扉の隙間から小動物のように震えながらこちらを見ていた。
その視線とミコちゃんの視線が、一瞬交差する。
「ひゃぃぃ!」
「あんた――コイツの彼女?」
「い……いいいいえ、ちっ違います」
オセは、もうそれだけで泣きそうだった。
ミコちゃんは、それだけ確認すると、もう興味はなさそうに。
「……そうっ」
とだけ告げて、再び俺のほうを見る
「そうそう――このあいだあんたのお父様が見えられた時、あんたと一時、一緒に住んでいた妹の話をしたんだけどね……」
ギクッ
まずい、悪い予感しかしない……
「本当はあんたに、妹なんていないそうじゃない……」
「あっいや……それは――えっと……」
俺は、何で彼女に言い訳しているみたいに説明してるんだ?
「サイッテー!」
彼女は俺の説明を最後まで聞かず、冷たくそう言い放つ――そして。
ゴブッ!
まだ痛みで転がっている俺をわざわざ踏みつけてから、悠然と階段を下りていく。
その途中、ミコちゃんはふっと思い出したかのように、いきなり立ち止まると、振り返ってオセに、
「あんたも気を付けなさい、そいつ、あんたより3つくらい年下の女の子に、『おにいちゃん』って呼ばせている変態だから」
「ちょっ……ミコちゃ――」
ギロッ
恐ろしい視線が俺に突き刺さる。
それ以上は何もいえませんでした……ホント、まじパネェ。
台風のような女の子だ。
「大丈夫ですか……? 一嵩さん」
オセがおそるおそるドアを開け、心配そうに声を掛けてきた。
「ああ……大丈夫だ、慣れている」
「えっ慣れ……??えっ??」
彼女の動揺の意味に気づかずに、俺は何とか立ち上がり、ズボンの埃を払う。
「いててて……そんなことより、とりあえず中に入ろうか?」
オセは微妙な表情をしていたが、とりあえずうなずくと、釈然としない表情でドアを開けた。