3.ウイッチクラフト(魔女の創造物)
3.ウイッチクラフト(魔女の創造物)
これは、昨日までの俺の世界の話だ。俺が日常と定義していたありふれた世界では、もちろん魔法なんてものは存在していない。当然、中二病全開の二つ名を持った能力者もいなければ、魔女なんてただのオカルトマニアがいいところだ。
皆が皆、退屈極まりないと思いつつ、かつ刺激的な世界。もちろん俺自身にしたって特殊な力なんて持ち合わせていない……はずだ。あるとすれば、この毎度毎度訪れる不条理な世界の改変に巻き込まれやすい体質くらいではなかろうか。
まったく慣れとは恐ろしい。
そうそう、断っておくが、この時系列や、常識の類を変える力は、断じて俺の力などではない。少なくても俺はそう信じている。どこかの誰かさんが、毎回、面白おかしく俺の過去をいじってくださるおかげで、その度に、俺は右往左往の大忙しだ。
まったく誰の仕業なのだか……
話を戻そう、たしか魔法でポットが出てきたところだったな。
魔法で出てきたポット。そう、それは普通のポットだった。
――が、いかんせん型が古いポットだった。もしかして……とポット回しながら、製造年月日を確認する。日本製1989年ロットの商品だ。
これも、20数年前……
俺の反応に、彼女は少し首をかかげ、不思議そうにこちらを見ている。
何から聞くべきだろうか。
魔法のこと――一概に魔法と言っても、何が出来るものなのか? マジックポイントのような、ゲーム的な制約があるのか? 魔法を使うことによるリスクは存在するのか?
敵の存在――組織なのか、グループなのか? 人間なのか、化け物なのか? どうすれば勝ちなのか? 勝つための条件は何か?
この子と俺の関係――いつ知り合ったのか? どういう関係なのか? 肉親なのか他人なのか? 恋人なのか友達なのか?
俺のこと――この子と会って現在に至るまでの俺の行動も、もちろん確認しなくてはならない。また、その俺が現在の俺とどのくらいかけ離れているか……。
今回は、特に時間に制限があるかもしれない。ゲームオーバーが何を指すかわからない以上、短い時間の中、聞く順番にも細心の注意を払う必要がある。
しかし、まずそれらを聞く前に、しなくてはならない事がある。
今、俺の置かれている現状の説明だ。
自分が何も知らないという説明。
毎回の通過儀礼とはいえ、これだけは慣れそうにない。変人扱いされるだえけならまだしも、切迫した状態で、まったく話が進まない事もあり得るのだ。それは、今の状況を鑑みても、とても都合が悪い。
それに、今回は敵の危険度が不明な点から、あまり時間を掛ける訳にもいかない。ここは正直にすべてを話して、いち早く本題に移らなければいけないだろう。
まず、彼女から見て俺が記憶喪失に近いこと。
魔女や魔法についてまったく知識がないこと。
それらに関するその他諸々の事情、それを彼女に納得してもらう必要がある。
先延ばしにすることは出来ない、なんとなく口裏を合わす事には限界があることは、経験上身に染みている。
俺は慎重に、かつ時間をかけすぎないように、彼女にすべてを打ち明ける事にした。
数分後――
彼女は取りあえず黙って話を最後まで聞いてくれた。
――が、本当に取りあえずだった。正直彼女の顔を見る限り、どれくらい納得してもらえたかは想像もできない。『さっきまで君が会っていた俺と、今の俺は別人です』と言って何人の人間が信じるんだろう? 悪い冗談と思うだけでそんな事、信じられるはずがないのだ。
そう、俺だって信じない。
頭のおかしな奴と思われて終わりだ、彼女の今考えている事は分かりすぎるくらい解る。
しかし、これを認めてもらわないと物語が進まない。
それに、前の俺と今の俺、すべてが違うわけでもないのだ。
もちろん、まったく同じという訳でもない。ありえない設定や覚えのない交友関係などの追加部分は追加されているものの、基本的に俺という人間を構成する要素は変わらないはずだ。
例えば、何年も前から過去が改竄されていたとしても、同じ友達と仲良くなる事や、基本的な性格、ここ馬代アパートに住むことは変らない。
問題なのは、これら追加された要素や変更された交友関係ではなく、それらに関するすべての記憶が現在の俺に『無い』という事なのだ。
現状の確認――それは今最も必要とされる最優先事項であり、その為にはどうしても最低一人の協力者が必要である。もちろん、知ったからと言って昨日までの俺を完全に引き継げるわけではない。
今回なら、昨日までの俺が、たとえ彼女と同じ魔法を使えたとしても今の俺にはその能力は消えてしまっている――といった感じか。いや、最初から持ってないのだから正確には消えるわけではないのだが……
交友関係にしても『あなたに命を救われた』だの、『君のせいで僕の人生はめちゃくちゃだよ!』とか、覚えのない事を唐突にいわれたところで、なんとなく口裏を合わすのが精いっぱいだったりする。
しかし、今回の場合。知らない事は、罪だ。
状況から察するに、俺はこの子を保護している。前の俺が決めたこととはいえ、知らないで通し、彼女を見捨てることなど到底できない。
それに、経験上これら歪曲した現実が、事件の解決とともに元に戻るということは無い。
だからこそ、ここで俺という人間を続けていきたいなら、前の俺のやり残したことは、きちんと最後までやり遂げる必要がある。無茶苦茶な理屈だがそれが現実なのだから仕方ない。
もし、その全てを無視した場合、俺は最悪の形で孤立し、ものすごく、後味の悪い思いをすることになる。
そんなことは、真っ平御免だ。
俺がすべてを話し終わった後、彼女はしばらく俯いて何か考え事をしているようだった。
「…………」
「確かに、君に関することや、魔法に関する一部記憶をなくしてはいるが、俺という人間が変わってしまったわけではない。正直、俺には何の力もなく、君を助ける事ができるかどうか分からないけど、決して君を見捨てたい訳じゃない、面倒かもしれないけど、もう一度最初から、教えてほしいんだ……」
それは、敵から追われて急いでいるであろう彼女には、受け入れがたい提案だろう。
もし、俺が逆の立場なら、決して取り合ったりしない。
そんな提案に、彼女もどう対処していいかわからず、暫く呆然としていたが。
やがて……「信じられない」と一言だけつぶやいた。
そうだな、俺だって信じられない。
「じゃあ、一嵩さんは、もう魔法を使えないのですか?」
っウォう、これ以上変な設定を増やさないでくれよ。
まぁ魔女が頼ってくるくらいだから、それくらいの設定はあるかもしれないが……てか、魔法使えていたの? 俺。
「ちょっ、ちょっと待って、魔法とか言われても正直わからん、出会ったときのことから順序だてて教えてくれないか?」
「あっ、すみません。そうですね……じゃあ」
そうして、彼女は静かに、自分と魔法の事について語り始めた。
そして説明すること数分、長い話になるので、まずは結論から言おう。
どうも俺はすごい魔女だったらしい(男でも魔女らしいぞ)。そして、先ほど彼女自らが証明したように、彼女もやはり魔女で正解だった。正確にはインダストリアル・テクノウイッチという。魔法と呼び名であるインダストリアル (産業)を見る限り、テクノは音楽のテクノではなく、テクノロジーの略で正解だろう。《オセ》という日本人なのかどうかも謎な名前を持ち。スナークハントという魔物に追われ、つかまると異世界に閉じ込められてしまうという。
そして、オセが先ほど外出した時に遭遇した、『あいつら』とは、そのスナークハントであるらしい。
三週間前に初めて俺に会うずっと前、彼女はそれらに捕獲され、長い間、異世界に閉じ込められていたという。
かいつまんで説明したらこんな感じだろうか。
この中で、特に補足説明が必要な単語は3つ、《テクノウイッチ》と《スナークハント》、そして《異世界》か?
この部分については、彼女の説明を引用しよう。
まずは、テクノウイッチからだ。
AM6時45分、和室にて――
「……魔女の事ですか? うーん、そうですね」
さっきから俺の初心者丸出しの質問に、彼女は嫌がることなく説明してくれる。いや、それどころか少し楽しそうだ。人と話すことに飢えている……そんな気さえする。
「――私たちはテクノウイッチ、正式にはインダストリアル・テクノウイッチと呼ばれています。主に、人間の発明したテクノロジー(工業製品)を召喚する力を持っており、召喚できるテクノロジーは、魔女毎に違い、時代や場所毎にバリエーションが多数存在しています。
その強さは階級によって分類されていて、使い魔みたいな小者から、子爵や伯爵みたいな爵位持ち、王や王子などの王族などがいます。ちなみに私の階級は大総裁です」
――??
爵位や王族はわかるけど、大総裁ってのは役職名なのではないだろうか。
辞書で引いたらこんな感じか?
【総裁/そうさい】
1 政党・銀行・公社などの長として、全体を取りまとめる職務。また、その人。
それに大がつくくらいだから……
「大総裁ってどれくらいえらいの?」
「わかんにゃい」
ちょっと猫っぽくなった。
「ふむむ……」
話を続けよう。
「通常、階級が上がるとそれに応じて強い能力を持ちます、特に魔王級と呼ばれる別格の――っと、これは後にしましょうか」
「えっ、ああ――後か、それも気になるが、魔女の位の高低がどう影響するかを教えてくれないか?」
彼女は質問されることが余程うれしいのか、弾むような口調で答えてくれる。
「はい、単純に規模や魔法の強さ(付加能力)に違いが出でます」
「先ほども軽く触れましたが、魔女は各個人で召喚できる文明や能力に色々な個体差があります、私の場合は、バブル(高度経済成長期日本)のテクノウイッチで、付加能力は大規模召喚…と言う具合です」
大規模召喚?
いや、なるほど――これでいくつかの謎が解けた。
なるほど……
そうして、俺はオセに魔法について、さらにいくつかの質問をした後、考えをまとめる。
バブル経済……だからオセの召喚アイテムは1987年から1990年代の前半。長くても92年ころまでの家電や商品に限られるわけだ。魔法の杖が巨大モンキーレンチなのもうなずける。あの缶飲料もそういう理屈で……まぁシャーペンと飲み物のセンスは理解不能だが、大体つじつまが合う。
オセは、俺の考察が一通り考え終わるのを待ってくれてから、話を続けてくれる。
「つぎに《異世界》というのは、ある魔女によって人為的に作られた世界の事を指します、この世界は……」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って、たびたび中断して悪いが人為的に世界を作る?」
当然の疑問だ、さっきの話とまるで違う、科学技術と世界の創造に何の接点がある?
「さっきの説明だと魔女の力は工業製品の召喚だろ……世界を作る技術だなんて、どんな未来の技術なんだ」
彼女はしばらくキョトンとしていたが、すぐに追加説明をしてくれる。
「そうですね……ウイッチクラフト(魔女の創造物)と呼ばれる魔女達の魔法ですが。その本質は工業製品ではなく、現実・非現実を問わない、人間が作り出したテクノロジーを指し示します。世界を創るほどの大魔法は確かに、未来の技術の可能性もありますが、この場合は非現実、特に魔王級と呼ばれる特別な魔女の仕業と見て間違いありません」
「魔王級? さっき話そうとしていた別格の魔女か」
「はい、その通りです。魔女の魔法は、通常《ウイッチクラフト[魔女の創造物]》の召喚と《認識共有》がメインなのですけど、魔王級と呼ばれる人達のそれは、すべてが大きく逸脱しているのです」
大きく逸脱?
「ありえない召喚内容や、曲解した共有認識、とんでもない付加能力と、どれをとっても通常の枠に収まらない、そんな不思議な魔法を使うことができるのが魔王たちの能力なのです」
むむっ、また新しい用語が……。
「まってくれ、また知らない単語が出た、その認識共有って何だ」
「あっ、ごめんなさい、えっと簡単に言ったら、強制的な常識の共有です」
……まだ意味が解らない。
「えっと、それはどう言う……」
オセは少し考え込む。
「んー、赤信号なら止まる。常識ですよね。では、時代背景が中世だとしたら?」
「そりゃあ、赤信号なんて、見たこともないし解るはずがない」
もちろん、その時代に存在してないんだから当たり前のことだ。
「そうです、しかし、その魔法を見た対象はそれがなにかを理解できる。その――持っているはずのない常識を、無理やり共有し理解する能力が認識共有能力なのです。能力の発動条件は、召喚されたものを五感いずれかで認識する事。なので、目の見えない人には信号機は無意味ですが、盲人用の音の出るタイプなら有効と言うことになります」
……なるほど、少しだけわかってきた。
「じゃあ、もし、その魔法の影響下の人間が信号機とわかって、あえて無視した場合はどうなるんだ?」
「はい、そこが肝です! テストにも出ますよ」
えっ何そのノリ……。
そして、オセは得意げに指を立てて、少しだけ待ってから。
「解りませんか? では答え! 車に轢かれます」
???
当然、俺の頭には疑問符が並ぶ。
「だって、車なんか……」
オセは遮るように指を左右に振り。
「認識とペナルティ――それが認識共有能力の本質です。魔女が召喚したウイッチクラフト(魔女の創造物)には、必ずそれ相応のペナルティが付随してきます。信号無視には交通事故、踏切なら人身事故――など、ルールと罰則がそろって初めて、魔法はその力を発揮するのです」
認識とペナルティ、ルールと罰則か……
ふむむ、なるほど。魔女や魔法と言うからには、4大元素とかオカルト的な話になると思いきや、実際には召喚魔法に近いわけだ。――召喚物とルールの付与、これが彼女らの言う魔法らしい。
ともあれ、これで《売家》の謎も解けたわけだ。目的と用途が合致しない限り意識を向けさせないようにする魔法……。これなら、このアパートに、意図的に部屋を探しに来ない限り、部屋の中は無人と識別される訳で……いや、間違えているぞ!
ここ、分譲じゃねーし、売家ってアパートには使わねぇよな? まずい、なんか不安になってきた。やっぱり後で剥がしておこう。
「……ええっと、聞いていますか?」
「ああ――すまない、なんだっけ」
「つぎは《異世界》の説明でしたね。でも、異世界の説明をする前に、魔王級――特別な力を持つ魔女の説明をします。先ほども述べたように、このクラスの魔女は召喚・認識の他に、とんでもない付加能力をもっています。その力は、どれも凄まじく、単独でも世界に多大な影響を与えることが可能とさえ言われています」
「世界って……」
「誇張ではありません、この強大な力を持った魔女は、私の知っている限りで4人――。
《蒸気文明のテクノウイッチ》
《銀河戦争期のテクノウイッチ》
《都市伝説のテクノウイッチ》
そして……最強と噂高い
《神話文明(エイジ オブ ミソロジー)のテクノウイッチ》です」
……確かに名前を聞くだけで、その異質が浮き上がる。――と言うか蒸気文明は、小説や漫画の世界なのでは? そんなのもありなのか。
まあ、非現実とも言っていたからな……
「これらは、その固有文明名を聞いただけでもその特異性は感じますが、実は、本当に特異なのは召喚した物自体よりも、その、強力な付加能力なのです」
ここでオセは一呼吸、頭を整理するように少し間をおいてから。
「そうですね……蒸気文明、スチームパンクのテクノウイッチの場合、彼女の呼び出す10メートルを超える、巨大蒸気機関ロボ……実際現実世界のそれは、力学上、立つことはもちろん、動くことすら出来ない代物だと聞いています。しかし、彼女の持つ上位認識共有は、通常生物のみを対象とするはずの認識共有能力を空間にまで拡張し、さらに、物理法則に介入して重力定数gを数学的に書き換えることで、なかば強引に、その存在を成立させてしまうのです。」
「…………」
自身の存在を成立させるために、物理法則の方を書き換える魔法か……。
「それは……すごすぎるな」
空想科学読本もびっくりの設定だ。
「そんなこともないと思います――だって実際、私の知っている、魔王級の魔女のうち、2人はあの空間から出ることすら、出来ないのですから」
2人? 一体誰と誰だ? いや、それよりも先にこれを聞かないと。
「その、異世界を作った魔女は、どうしてそんなものを作ったんだ? もし君が知っていたら……」
「それは……」
それを聞いて、オセは少しだけ逡巡してから、
「はい、知っています。魔女の間ではとても有名な話ですから」
「それも認識共有で?」
「いえ、これは噂です。魔女たちの間で囁かれているとても信憑性の高い噂です」
噂?
「いえ、実際には諸説紛々いろいろありますけど、多分、あの魔女が異世界を作った理由は、自身が作り出した、史上最悪なウイッチクラフトを封印するためだと言われています」
――史上最悪なウイッチクラフト?
「あの魔女? 犯人についても詳しそうだけど? そっちも話してもらえる?」
「はい、その……私も噂だけなのですけど……、ただ、すごく有名な話ですから」
また噂か。
そこで、オセは言葉に詰まる……何かよくない考えが頭をよぎったのか、一瞬表情を曇らせ、しかし、数秒後には意を決したように話を続けた。
「彼女の名前は、ホイッツ・アスモダイ。都市伝説を司る魔王級のテクノウイッチです」
ホイッツ? 何圏の名前だ?
「彼女は数いる魔女の中でも、最も禍々しく、最も罪深いと言われている魔王です。彼女の行動こそが、人間と魔女の歴史において、最も深い軋轢を生み、犯した罪は魔女にとっても人にとっても許されるものではない。史上最悪の魔女とされています」
都市伝説が史上最悪の魔女? その名前からはそんなに凄い能力には見えないのだけど……
むしろ今挙げた4人の中では最弱の部類に入るのではないだろうか?
とても強そうには思えない、とそう思いながらも、俺は話の続きを聞いていた。
「話がそれましたね、あの異世界の中に、魔女と共に封印されているもの……それは、彼女自身が1999年に作り出したといわれる前世紀最悪の都市伝説《恐怖の大王》……そう呼ばれている『何か』です」
んっ? ちょっと待て?
「恐怖の大王って、もしかして、あのノストラダムスの?」
ずいぶん古い話だが、前に本で読んだことがある。
「はい、その大王です」
「まてまてまて、それこそ都市伝説……世迷言だ、そんな事がいちいち現実になっていたら、世界は何回終わっているかわからんぞ」
「いえ、ノストラダムスの予言書に端を発する、人類を滅亡させるほどの厄災。それは誇張でも何でもなく本当に世界を滅ぼします。先ほどもいいましたが、認識共有能力は、認識した対象に絶大的で不可避な影響を与える事が出来るのです。もし、世界の終わりを意味する認識共有があるとするなら、それは実際に人類の滅亡を意味するとして間違いないことなのです」
いや、さすがにそれは……そう思うがすぐに考え直す。いや、でもそうなるのか? 信号機とはスケールそのものが違う。
「何度も言うように、召喚された恐怖の大王を世界の終りと認識することによって、滅亡する未来は確定してします。もし、その結果から逃れようとしたとしても、魔法のペナルティによって滅亡相当の罰則が与えられる。
なので、一度認識してしまうと、どのような防御手段を講じようと、滅亡というルートからは逃られなくなる訳です」
認識するだけで人類が滅びてしまう魔法……しかし、それを聞いても俺は少しだけ疑問が残る。それは、ある程度ノストラダムスの大予言を知る者なら、先ほどの彼女の説明の中に、いくつかの矛盾点を発見することができるからだ。
『1999年、第7の月。空から恐怖の大王が来るだろう、アンゴルモアの大王を蘇らせ、その前後マルスは幸福な統治をする』
訳と解釈はいろいろあるが、大体こんな感じだろう。
これを見ると、そもそも《恐怖の大王》はアンゴルモアの大王を蘇らせるとしか書かれていないし、そのアンゴルモアの大王さえも世界を滅ぼすとは一言も書かれていない。
しかし、これが、こと都市伝説だけの観点となると、当時流行ったそのままの語句を引用して《1999年7の月、人類は恐怖の大王によって滅亡する》で済んでしまうのかもしれない。
それはそれで恐ろしい、そんなアバウトな解釈と噂で本当に人類が滅んでしまうものなのか?
「全人類だなんていくらなんでも…………」
「そんなことはありません、先ほども言いましたが、魔女の持つ認識共有能力とは、どのような常識も肯定する事にあります。漫画やSF小説などのありえない世界観や価値観でも、皆一律にそれを現実の常識として共有してしまう。そしてこの能力の恐ろしい所は、実際に目で見なくても、その情報が正確に(多少歪んでいても)伝わりさえすれば、その効果を発現してしまうという事なのです」
オセは、何か言いにくそうに話を続ける。
「実際と信じるに足りる情報ならそれで十分。そういうものがあるらしい……とか、それだけの情報でも、信心深い人なら影響下に入ります。ましてや、その恐怖の具現化たる大王が実際にメディアを通して大々的に報道されたり、写真に収められたりした場合、いったいどれだけの混乱が起こるか予想もつきません」
「まて――まてまて、それは、二次的な媒体を通しても効果はあるのか?」
オセは、俺の目を強く見つめてから深く頷く。
「二次媒体どころか、伝達による情報の変質で、さらにその凶悪性を増すこともあります」
「まさに都市伝説か……」
「はい、そんな世界を滅ぼす大王と、すべての厄災から皆を隔離する為に、あの魔女は《異世界》をつくったと言われています」
オセは、そこまで話すと、俺の様子を伺うようにこちらを見る。
彼女が話しあぐねていた理由が分かったのだ。二次媒体(口伝による影響)を恐れたのだ。
しかし、そんな事なら当時、ノストラダムスを信じていた人たちは全員死んでいる事になる、やはり、現在その魔法の発動には決定的な何かが足りないのだ、そして、それが異世界の中にある。
彼女の話にもちろん嘘があるとは思えないが、それでも俺の中で何かが引っ掛かるている。
恐怖の大王は、もともと自分自身が召喚したモノなんだろ? とか、出したものなら消すことだって出来るんじゃないのか? とか、そもそもそんなもの召喚しなければいいだけの話じゃないか? などの考えが頭をよぎる。が――俺はそう思いながらも、うすうすその違和感に気づいている。その考えは間違っている、何故だかそう思うのだ。
俺はオセの言った事を反芻してみる――そう、ヒントは既にあったのだ。
オセのもつ召喚能力の付加効果が《大規模召喚》だと言うことを覚えているだろうか。これは、先にオセにも確認した事なのだが、どうやら召喚規模を大きくすることらしい。
――が、なぜ規模を大きくすることが特殊能力なのか? それについて考えるとすぐに答えが出る。
そう、先ほどのポットを召喚する事を例として上げよう。うん、これは普通の召喚だ。
では、規模をあげてみよう。取りあえず、たくさんのポットを召喚してみる。――しかし、これではただの大量召喚にしかならない、『規模』という言葉を使うなら、『個数』ではなく『空間的』に広げるべきだろう。そう、ポットに関連付るなら、化粧箱か陳列棚、もう少し広げて工場か店、もっと規模が大きければ、大型複合店や工場のラインすべて。下手すると街の一区画か、はたまた、街そのものを召喚するという可能性すらある。仮にも大規模と名乗るなら、ここまで言ってこその大規模召喚だ。
この事項については、すでにオセの確認も取っており概ね正解。
そして、このことは、暗にもう一つの可能性を物語っている……
召喚された店や町は無個性な規格品か、固有名詞の存在する実際の場所なのか?
結論から言うと、もちろん無個性な規格品ではありえない。それでは、魔女の能力である、時代や場所の縛りも意味をなさなくなる。
もちろんポットも日本では有名なメーカー製だった。
では、その召喚物はどこかにある物から召喚したのか?
それなら召喚された後、その固有の物はその時代から消えてしまうのか?
俺はバブル期の日本で、当時、唐突に建物や商品が消えたという噂は聞いたことが無い。これに関しては、俺の記憶が改竄されている可能性もあるので、オセにも確認したところ、可能性は少ないとの事だ。だとすると、魔女達の召喚しているもの全ては、複製品ということにならないだろうか。
つまり、俺が何が言いたいのかと言うと、魔女には、複製品を自由に操れる力はあるが、オリジナルをどうこうする力は無い、と言うことになる。
都市伝説の魔女が、異世界を作ってまで封印するしかできなかった理由……それは、封印する対象の都市伝説(恐怖の大王)が、魔女の作った複製品ではなく、オリジナル――そういうことにはならないか。
ということは、都市伝説の魔女がいる以上、凶悪な噂は実在を伴ったオリジナルとして自動生成され、魔女本人が望む望まないに関わらず世界各地に広がっていく。
「史上最悪の魔女と言われる所以か――」
まったく、救いのない話だ。
この魔女も相当可哀想な境遇だが、今はその事は触れないようにしよう。
俺はすぐに思考を切り替え、彼女に質問を続ける。
「そういえば、君は何年くらいあの異世界に?」
「私は、かなり初期の頃なので10年くらい前でしょうか?」
「……10年?」一瞬固まる……
何を言っているんだろう? 彼女は彼女で俺が何を驚いているのが分からないらしく。
「えっ、はい。多分それ位だと……」
えっと……
彼女、どう見ても中学生くらいにしか見えないのだが。
オセはキョトンとして、暫くこちらを見ている。
「えっと、十年前って、そんな小さなときに?」
「えっ、あー……」
意外そうなリアクションだ。しかしすぐに。
「魔女は歳をとらないのですよ」
と、続ける。
「!? なっ」平然と言う! 歳をとらない?
そんなことが現実世界的に可能なのか、魔法だけでも驚きなのに。
「一嵩さんも、そのうち思い出しますよ」
――そうか、俺も魔女だったな。
あ、いやいや歳とりますよ、俺……多分。
オセは構わず、
「あたし、バブルと呼ばれる1987年から1992年、さらに2000年頃までの間、日本各地を旅して回っていたのです。それまでは、北イタリアからシリアのあたりをブラブラとしていたのですが、この時期だけはここに来ようとずっと昔から決めていました」
「えっ? ずっと日本にいた訳じゃないんだ」
「はい、ホームと呼べる場所はありませんでしたが、やはりヨーロッパが私の故郷です」
ふむむ、外見はどう見ても日本人なのだが、やはり、オセと言うだけあって、外国の人なのだろうか?
「そして、日本で調べることも概ね終わって、そろそろ本国(北イタリア)に戻ろうと思ったその時、あの魔女の創った怪物によって異世界に連れ去られてしまったという訳です」
「それが10年前」
「はい、今は確か……」オセは部屋にかかったカレンダーを見る。
2012年――既に12年が経過している。
「少し、聞いていいか?」
「はい、何でも」
「もちろん嫌なら話さなくていいのだが……」ここまで言ったはいいが、どうにも聞きにくい話題で後が続かない。
「日本で、調べたモノについて――ですか?」
「えっいや……」
図星だ。
「一嵩さんも魔女なら、当然気になる疑問です。解りました……でも、何から話しましょうか? ……そうですね、私の魔法が実在する時代をモチーフにデザインされている事に、おぼろげに気づいた150年前から始めましょう」
「150……」人の最高寿命を超える数字、正直想像できない。
「当時、私がいたヨーロッパと、私の魔法(バブル期の日本)は、科学技術においても文字などの文化においても離れすぎて、まさか、これが今と地続きな未来の物とは想像もつきませんでした。日本は長いこと鎖国状態にありましたし、恥ずかしながらそのころまで、日本という名前すら聞いたことが無かったのです」
「じゃあ、それまで君は何も分からずに魔法を?」
「いえ、認識共有と魔法の性質上、用途と意味は分かるので、それは問題ありません、それに日本語も読めましたから……そして、西暦で書かれた商品の製造年月日が、グレゴリオ暦と同一のものであると気づくまでがさらに10年。召喚した電柱や標識に書かれた住所が実在するとまで思い至ったのは、第二次世界大戦も終わった、1955年の事でした。」
「1955年……それで、すぐ日本に?」
「いえ、1987年になるまでは一度も……変な先入観を持ちたくなかったので日本という国の情報すら集めませんでした」
「なるほど……」賢明な判断だ。
「そうして、ようやくたどり着いた1987年の日本。そう――そこはまるで、私にとっての魔法の国でした。今まで魔法としか認識していなかったものが、当たり前のようにそこにある、とても不思議な感覚です。でも、初めて見るものは少ないのに全然懐かしくなかった……そう、まるではじめて見るような感覚でした」
「初めて?」
「はい、懐かしくなくてはいけないのに……その景色は他人を見るように私を拒絶してくるのです。そして13年の放浪で、私が出す事のできた唯一の答えは、私は《ココ》にいなかった……それだけです」
それは、とてもおかしな結論だった。認識共有とは、自分の持っている常識を他者と共有する事である。なのに、自分がその常識のソースである原風景を知らない矛盾。
――認識共有という魔法の性質上、自分だけはその景色を、その常識を、知っていなければいけないのに……彼女はそれを知らなかった。それどころかバブル期の日本を懐かしくとも思っていない。だったら、彼女の魔法を支える認識も、常識も、もはや彼女のものではない可能性がある。
考えてみたら、オセという名前もあきらかにおかしい。彼女の髪の毛も瞳も、黒に近いダークブラウン、顔だちまで考慮に入れると、ヨーロッパ系と言うよりは、日本人に近い特徴を備えている。ならばなおの事、その名前は不自然だ。
以上の要素を踏まえて、彼女の探し物を想像するならば、答えは一つしか思いつかない。
魔法はすべて複製品である、歳を取らない魔女達もあるいは……
「もしかして、探し物と言うのは…………本物の……」
俺もあえて最後まで言わなかったが、オセもあえて答えを語らなかった。
ただ薄く微笑んだだけ。
しかし、俺にはそれで十分だった。
彼女の探し物は多分オリジナルの自分だ……。しかし、彼女がもし本物の自分を見つけられたら、どうする気なのだろう。と、ふと考える。ドイツの民話にあるように、本物を見つけた偽物が、本物を殺してしまうのだろうか。それとも……
自分が『偽物』である――それはどんな気分だろう。
彼女の表情からはそれは読み取れない。
「一嵩さんの想像は大体あっていますよ、まあ、結局、見つからなかったのですけどね」
「…………」
彼女は極力明るく言おうとしたのだろうが、残念ながらそうは伝わらなかった。
本物が見つからなくてよかった、逆にそう思えてしまう。
「話がそれましたね、えっと、どこまで話しました?」
「異世界には、恐怖の大王が封印されているってとこまでかな」
話を切り替えてくれたことが、逆にありがたった。
「そうでしたね、そう――あの当時、ああゆう噂(終末思想)が立ってしまった以上、その悲劇を止める方法は、そういくつもありませんでした。だから、彼女のとった方法に関しては文句を言ういわれなどありません。だけど、その方法は、私たち魔女にとっての本当の悲劇の始まりだったのです」
本当の悲劇?
「一嵩さん、異世界に魔女を連れ去る化け物の名前を覚えていますか?」
「あぁ……たしかスナークハント、だっけ……」
「はい、どこかの小説か童話からの引用で、不思議な生き物を狩るハンターの話だそうです」
「ああ、それなら知っている。不思議の国のアリスで有名な、ルイス・キャロルの書いたノンセンス叙事詩の傑作だ、もちろんこの本棚に単行本もある」
後ろの本棚を指さす。
「えっ、そうなのですか? すみません、私、そこまで詳しくないかも……まあ、その叙事詩? をベースに、彼女は恐怖の大王を封印するための都市伝説を自ら構築し、実際に、異世界に封印することに成功したのです」
――都市伝説を封じる都市伝説を、意図的に構築したのか? なるほど。
「今のところ問題なさそうに聞こえるけど」
「はい、そこまでなら魔女にとって、なんの問題もありません」
オセの顔が一層険しくなる
「しかし……あの魔女は欲をかいて、そこから一歩踏み出し、自分が召喚した都市伝説全てを、その世界に閉じ込めようとしたのです」
「全て? 都市伝説全部か?」
オセは静かに肯く。
「一嵩さんは、都市伝説が広まるとき、たいていの場合、その対抗手段となる抜け道も一緒に広まるのをご存じでしょうか? 舟幽霊には底の抜けた柄杓的な……」
言い回しがいちいち古いが、まあ、それは置いておいて。
「ああ……よくある話だ」
「彼女が追加したのは、その対抗手段なのです。それも、全ての都市伝説に対して、限りなく万能な……」
「万能――」
「そうです、彼女が意図的に広めたそれは、極めてシンプル――対処不能な都市伝説に遭遇したときに、それらを指さし『スナークはココだ!』と3回叫ぶ。たったそれだけです」
「えっ」
「はい、そうすればスナークハント達がやってきて、悪い都市伝説を持ち去ってくれる……、そういう話です」
確かに万能だ、しかも、無作為、安易な上、お手軽な手段だ。
「すべては――そう、全部うまくいくように見えました。しかし、いつの世にも都市伝説とは一人歩きするもの。その対処法も同様に多くの世間を渡る間で、徐々にいびつな形に変容し、あるべき姿を失っていったのです」
オセは淡々と話を続ける。
「対処法は万能であるがゆえに、拡大解釈され、実際に無害なネッシーやツチノコ、、妖怪までもがそのカテゴリに含まれるようになり、挙句の果ては私達、魔女や魔女の魔法まで、その対象になりました」
「…………」
まあ、そのルールなら遅かれ早かれそうなっていただろう。
しかし、都市伝説を専門とする魔女なら、その程度の事は織り込み済みのような気がする。
――だとしたら何かが変だ。
強い違和感が体を駆け抜ける。
しかし、まだ違和感の正体はわからない、情報が足りないのだ。
オセは話を続ける。
「――次々と不思議なものが連れ去られてゆき。異世界の住民が徐々に増えてゆく……すると、連れ去られた一部の有識者の中で、こんな不安を抱き始めたの者がいました。
『スナーク狩りの舞台となる島(異世界)は、ジャバウォックが退治された島とおなじと聞いたことがある、ならばきっとここは、あの世界とも繋がっているのではないか? そう、あのルイス・キャロルの代表作、鏡の国のアリスの鏡面世界に………』――と、実際には、そのような設定は何もなかったのですが……一嵩さんは、もう気づいています?」
「ああ、都市伝説……」
確かにその二つの世界には共通項がある。しかし、そんな事は差し置いたとして、その世界でそんな噂が流れたら……
「そうです、彼らは都市伝説によって生まれた異世界という特殊な環境の中で、新たな都市伝説を生むという愚をおかし、自分達に不利なルールとペナルティを追加していくという過ちを繰り返していったのです。――そして、その異世界は、新たに生まれた都市伝説を巻き込みながらも成長し、さらに巨大な一つの世界となるも、そのウイッチクラフト (魔女の創造物)の本質を失わず、その世界を知覚する者に、等しく認識とペナルティの悪夢を見続ける効果を与え続けていきました。そうして、そこは、あらゆる都市伝説を内包する理不尽と狂気渦巻く暗黒の世界成り果てていったのです」
俺は説明を聞きながら絶句していた。
説明を聞けば聞くほど、何をどうしたらいいのか解らなくなるのだ。
解決の糸口などまったく見えないし、おれ自身も他人事ではない。もちろん、俺は不老不死でも、魔女でもないと思うが、それはこれまでの事であって、これからずっとそうであるかと言う確証はどこにもない。
しかし、もし、自分の事がなかったとしても、もちろん、そんな気の狂った所に女の子を帰す訳にはいかない。これは、必ず解かないといけない難問なのだ。
しかし、話を聞けば聞くほど、俺に何ができるのか疑問になってきた。
魔王級の魔女や、人類を滅ぼす恐怖の大王ですら勝つことのできない化け物を倒すのはもちろん、俺には、それらから逃げ切ることさえ難しい事ように思える。
さらに、異世界を解除する方法があったとしても、恐怖の大王の存在がその方法を否定する。これは、どうする事も出来ないのではないか?
そう思いつつ、俺はこの問題を一時保留することに決めた。
こんなこと一個人でどうにかなる話ではない。だがそうも言ってられない。
仕方なく俺は、まだ残っている疑問についてオセに質問することにした。
もう、俺が知らない過去の事で彼女に質問できることは、これが最後の一つになってしまった。正直、これで何の糸口もつかめなければ、間違いなくお手上げということになる。
ちらりと時計を見るが、もう、かなり時間もたってしまっていた。せめて、全てのピースが出揃うまで、情報を集められたらいいのだが……