プロローグ
「マジックノギス」
大野 いそら
プロローグ
それは、いつもと同じ朝の光景だった。
俺は控えめに鳴り続ける目覚まし時計を止め、寝ぼけまなこで自分の部屋を見渡した。
今はまだ夢と現実の区別がつかない。
そして、もう少しだけ意識の覚醒を待ってから、いつもの日課を始める。
いつもの日課――それは、記憶の中にある昨日までの世界と現在の世界との違いを探す。ただそれだけの行為だ。
そう、それはいつから始めたのか、毎朝の日課になっていた。
いや『いつ』と言う言葉は、こと俺に関しては不適切な表現かもしれない。
なぜなら、普通の人間なら当たり前のように連続するはずの日常や常識と呼ばれるすべては、俺の場合ある前ぶれをきっかけに、いとも簡単に改竄されてしまうからだ。
そのせいで毎日が連続しているという当たり前のことでさえ断言することができなくなってしまっている。だから、俺はこの間違いさがしのような作業に毎日時間を費やすのだ。
慎重にならなくてはいけない。
細かい部屋の異変も見落としてはならない。
それは、これから始まる事件の前兆を示すものであり、なんの心構えもなしにそれに臨むのはあまりにも危険で、かつ無謀と言えるからだ。
そして俺は瞼を閉じ前日の部屋を思い返しつつ、細部に至るまで注意深く見渡した。
物の位置から本のタイトル、カレンダーで西暦を確認、世界地図で国名、大陸の増減すら綿密にチェックする。
――大丈夫、日本が分割統治されたり、世界が統一されたりもしていない。
こんなこと大袈裟だと思うかもしれないが、俺を中心とする世界の改竄劇を舐めてはいけない、本当の本当になんだって起きてしまうのだ。
パッと見部屋はいつも通り。しかし、いま俺の視界に入った一点の違和感の塊が、この世界が昨日までの世界と決別した事を予感させる。
俺は、半ばやけくそ気味に机に横たわるその違和感のもと……俺が《異変》と呼ぶ、昨日までは存在していなかった世界改竄の兆を眺めながら、諦めたように独り言をつぶやいた。
「やれやれ……」